『あなた次第』 【本編は完結】

君影 ルナ

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4章 初めての女友達

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「明日からゴールデンウィークが始まります。宿題もしっかり出しましたので計画的に進めていってください。それと、羽目を外しすぎないように。それでは今日は終わりです。良いゴールデンウィークを。」

 ホームルームで榊先生の話も終わり、それぞれ帰り支度を始める。

「花蘇芳さん、帰りましょう。」
「はい。……あ、明日外出したいのですが、どうすればいいですか?」
「外出ですね。届の紙が寮にありますから、それに必要なことを記入して私に渡してください。」
「分かりました。」

 そろそろマスターのところに顔を出しに行こうかと思う。話したいことはたくさんあるからね。

「ねー、宿題まじ多い。あの太郎め!」

 支度を終えた藤さんが私達の方に来たが、どこか恨めしそうにしている。というか太郎誰よ。

 そんなことを考えていると藤さんの背後に静かに榊先生が仁王立ちした。口角は上がっているんだけど、目が全く笑っていない。

「酸漿? 何か言ったか?」

 殺気も出ているのでは? 気のせいかな。

「……ナ、ナンデモナイデス。」

 しかし藤さんもそれを背中で感じ取ったようで片言の受け答えをする。目も泳いでいる。

「酸漿は宿題二倍がいいのかな? 分かった、そうしよう。」
「いや無理やめて! ごめんなさい!」
「榊先生は名前がコンプレックスらしいんです。だから……」

 山吹さんは私にこっそりと教えてくれた。成程、だからあんなに怒っていたのか。

 でも何故そこまで自分の名前がコンプレックスなんだろう。サカキ 太郎タロウ、いい名前だと思うけど。というか担任の先生の名前今知ったわ。花学に来て一ヶ月は経ったのに。コンプレックスだから隠していたのかな。

「さて、藤は置いて帰りましょう。あれはもう少しかかりそうですし。」
「え、あ、はい。」

 置いていってもいいのかとも考えたが、まあ、山吹さんがそう言ってるからそれでいいのだろう。まだ榊先生と話している藤さんを置いて一年生組と待ち合わせている階段まで歩みを進める。





 置いていかれた藤は藍達がいないことに気がつき「置いていかれたあー!」などと叫んでいたのを、教室に残っていたクラスメイト達は聞いて驚いていた。

 クラスメイト達が彼らに抱いていた印象は酸漿 藤も山吹 竜胆もどちらかというと冷静沈着で、叫ぶなんてことはしない。

 そんな風に印象を決めつけ、疑わなかった。それなのに置いていかれたことで叫んでいた藤を見てしまったのだ。驚くしかないのだろう。

 叫び声を聞いていたクラスメイト達は、せっかくのゴールデンウィークなのに数日間動揺したまま過ごすのだった。








 さて、ゴールデンウィーク初日。マスターのところに顔を出しにいこうではないか。花学に来てからまだ一度もあの場所に行っていないからね。外出届も昨日出したし、準備万端。

 私は普段着ないようなくすんだ赤色のワンピースを着て、音霧の皆さんにバレてから寮では外していたカラコンもしっかりと付ける。黒髪黒目の私の完成。

 一応寮長の山吹さんには外出すると一言言っておいた方がいいだろう。ということで山吹さんの部屋の扉をノックしてみるとカチャリと扉が開いた。

「どうされましたか?」

 眼鏡を外しながら出てきた山吹さん。珍しくカラコンを外していた。やっぱり綺麗な目だなあ。

「今から出掛けてきますと一応報告を。」
「……ああ、そういえば昨日外出届出してましたね。分かりました、いってらっしゃい。」
「行ってきます。」

 山吹さんに見送られ、私は寮を出た。さて、隣町まで行きますか!










 電車に揺られ、隣町まで来た。花学に来る前まで私が暮らしていたこの街に、マスターがいる喫茶 ストレリチアがある。

 電車を降り、ストレリチアまで歩く。今日は晴れているので気分も晴れやかになる。

「懐かしいなあ……」

 つい一ヶ月前まではここにいたのに、もう懐かしく感じる。花学での生活に馴染んだのだろう。

 最近、今までにないくらい幸せすぎて逆に怖いと思うようになった。いつかこの幸せに終わりが来てしまうのではないか、もしそうなってしまったら私はどうすればいいのだろう、と。

「ん?」

 そう頭の中でぐるぐる考えながら歩いていたら、十メートル程先に困り顔の女の人がいた。その手前には二人の男の人の背中が見える。

 何があったんだろう。もう少し近づいてみようかな。

「──やめてください。私は忙しいんです。」
「いいじゃないか、ちょっとお茶にでも付き合えよ。」

 女の人、嫌がってるじゃん。周りの人は見て見ぬふりをしている。しかし私はそんなこと出来ず。ううむ、どうすれば確実に救出出来るだろうか。

 ……ああするか。一つ思いついた方法を試してみようではないか。

 そう決めたのならば行動あるのみ、と男の人の足元を視界に入れて能力を使い、動かないように固定した。これで追いかけられることもない。女の人に気を取られていて私が能力を使ったことに全く気がつかないでいるようだ。

 これでよし、と走って女の人の腕を掴む。その人にしか聞こえない音量で「走るよ。」と呟き、一緒に走る。女の人はふわふわなジャンスカを着ているのであまり早く走れないだろうと少しゆっくりめで走る。

 ちゃんと着いてこれているのを見て一安心。背後から男の人のギャーギャー騒いでいる声が聞こえるが知らぬ振りをして走る。



 角を二回ほど曲がったところで能力を解除した。さすがにここまで来れば追いかけては来ないだろう。私達が通った道以外にも幾つか道が分かれていたので、ドンピシャでここの場所を特定されることはないと思いたい。

「はあ、はあ……大丈夫ですか?」

 運動不足なのが明らかな息遣いで女の人に問う。ゆっくり走ったはずなのに……うう、桃さんと一緒にランニングした方がいいかな。

「だ、いじょうぶです。助かりました。ありがとうございます、花蘇芳 藍さん。」
「よかった……」

 私がしたことは間違いではなかったようだ。そのことに安堵し……あれ?

「……今、私の名前……」

 私、この女の人知らないんだけど……どこかで会っただろうか。自分の記憶を引き摺り出してみるが、やはり知らない。どういうこと?

「私、あなたと同じ花学ですから。」

 混乱した私に、鞄から取り出した花学の生徒手帳を見せられる。もちろん私も同じものを持っている。

「わあ、そうなんですか!」

 ……あれ、でも花学は一学年六クラスあり、それが中高合わせて六学年ある。相当な人数の生徒がいる花学で、何故私を知っていたのだろう。

 その疑問を感じ取ったかのように女の人は答えてくれた。

「音霧の転入生、花蘇芳 藍。有名ですよ?」
「え、」

 その発言に驚く。え、私有名なの? 確かに周りからの視線は毎日のように感じてたけど、まさか有名になっていたなんて……

「私目立ちたくないのに!」

 私が転入生だから? それとも音霧寮だから?

 ううむ、今から挽回出来ないだろうかと頭を抱える。

「……ふっ、あはははは!」
「……へ?」

 いきなり笑い出したよ。私、何かおかしいこと言ったっけ。目立ちたくないと言っただけなんだけど……

「面白い! 音霧寮に入ったって言うからどんな冷徹な人なのかと思ってたのに! こんなに面白い子だったのね!」

 あはは、と笑い続ける女の人。

「あの……?」
「ははっ、……ああ、すみません。申し遅れました、私は空木 いちご。高等部二年F組です。」

 空木さんは私と同い年だったようだ。腰まである綺麗な黒髪を揺らし、満面の笑みで自己紹介してくれた。

「ええと、ご存知かとは思いますが、私は高等部二年A組の花蘇芳 藍です。」

 向こうは私を知っているようだけど一応自己紹介する。それを聞いた空木さんは私の手を掴み握手する。

「これも何かの縁、ってことで友達になろ!」

 今まで私が喉から手が出る程渇望してきた友達になるお誘い。しかしすごく嬉しいその反面、少し怖かったりする。本当の私を知ったら嫌われるのではないかと。

「わ、私なんかでいいんですか……?」
「もちろん! 藍ちゃんがいい! よろしく、藍ちゃん!」

 私『が』いいと言ってくれたのは空木さんが初めてだ。……信じてみてはいけないだろうか。

 あんなに人間を信じまいと思っていたのに今そう感じられるのはきっと……

 本当の私を知られるまでの期限付きかもしれないけど、それでも友達という存在が出来るのは純粋に嬉しい。

「……っ、はい!」









「……そういえば空木さんは今日どこかに寄る予定だったんですか?」
「いちごでいいしタメ口でいいよ。……うーん、今日はテキトーに街をブラブラ歩く予定しか立ててないからなあ。藍ちゃんは予定あった?」

 タメ口、か。そういえば音霧の皆さんにもタメ口でいいと言われたのに、そのことをすっかり忘れていつもの敬語口調に戻っていたことに気がついた。頑張ると言った記憶もある……直さないと、だよね。頑張らなきゃ。

「私はちょっと喫茶店に行こうかと思いまし……思って。」
「喫茶店! 私も行っていい?」
「もちろん。喫茶 ストレリチアってところなんだけど、知ってま……知ってる?」
「うーん、知らない、かな。」
「そっか。ちょっと大通りから外れたところにあるから、行こうと思わないとあまり辿り着けないかもね。」
「隠れ家的な感じかな? うわあ、楽しみ! 早く行こ! どっち?」

 左右に分かれた道を交互に指差しどちらか問ういちごさん。その動作も可愛いです。

 今多分あの辺りにいると思うからストレリチアまでは……この分かれ道を右だね。走った時にそう遠くまで来ていなかったようでほっと胸を撫で下ろす。

「こっち。」

 ストレリチアまで二人歩き出した。
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