『あなた次第』 【本編は完結】

君影 ルナ

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9章 文化祭二日目

55 竜胆side

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 二日間の文化祭も終わり、寮に戻ってきた。もちろん小さい藍さんも一緒に。

 子供と言えば八時頃に寝るという偏見があるので、その通りに。藍さんを寝かしつけ、さて、と次の行動に移る。

「椿、貴方には話しておきますね。」
「……なんだ?」

 夕飯を食べた後はいつも皆それぞれ部屋に戻るということを熟知している私は、椿だけリビングに残るよう伝えた。

 私も椿もソファに座ったのを確認し、話し始める。

「……単刀直入に言いますが、藍さんが明日元に戻っても、『あーちゃん』の話をあまりしない方がいいと思います。」
「……何かあったのか?」

 今日A組で椿が小さい藍さんに向かって『あーちゃん』だと言っていた。それを聞いてハテナを頭に浮かべた藍さんを見て、とある確信に近いものを感じた。

「椿は昔会ったあーちゃんと今日の小さい藍さんの違いを感じたのではないですか?」
「……それは……確かに感じていた。一番そう感じたのは笑顔だ。あーちゃんは上手に笑えないのに、今日の花蘇芳は満面の笑みを浮かべていたから。」
「そうでしょう。推測の域を出ませんが、多分藍さんは……記憶がないのではないでしょうか。」

 私の推測を聞いた椿は一瞬瞠目し、記憶がないという言葉を自分の中に取り入れ納得した表情に。

「……記憶が、か。無い方が幸せだろうな。」
「そうかもしれませんね。」
「……もしかして、過去を見たのか?」
「少しだけ。小さい藍さんの昨日の出来事です。」
「……どんな?」
「……ヒステリックに叫ぶ母親らしき人物に引き摺られ、ベランダから二人で……」
「……二人で?」

 言い難い。右に左に目線を彷徨わせ、言ってしまうか考える。数秒考え込み、言う決断を下す。

「………………と、飛び降りました。」
「っ……!?」
「多分藍さんの頭に巻いてあった包帯はその時の傷を覆うため。そしてあーちゃんが椿を覚えていないのも、飛び降りた衝撃で忘れたためでしょう。」
「……そうか。じゃあ無理に思い出させることも無いな。」
「はい。」
「……そうか、そうか。じゃあぱったり来なくなったのもそれが原因か。」
「もしかしたらそうかもしれません。」
「……分かった。このことは黙っておくことにする。」
「ありがとうございます。」













 事情を話し終え、椿は部屋に戻って行った。私はもう少しここで一休みしていよう。ソファに体を沈める。

 するとカチャリとリビングに誰かが入ってきた。はて、誰でしょう。扉の方を見るとそこには猫のぬいぐるみを抱えた小さい藍さんが。

「どうされましたか?」

 目の前まで行き、目線を合わせるために屈む。小さい藍さんはまだ寝惚けているようで。目を擦りながら口を開いた。

「……こわいゆめみたの。」
「そうでしたか。しかし夢は現実になりませんから、安心してください。」
「うん……」
「あ、ホットミルクでも飲みますか? 温かいものを飲めば怖い思いも少し落ち着くかもしれませんよ?」
「……のむ。」
「では少し待っていてください。今ぱぱっと作ってしまいますから。ソファにでも座っていてください。」
「ん。」

 あっちにふらふら、こっちにふらふら。まだ寝惚けているのか足取りも覚束無い。大丈夫だろうか。

 無事ソファに座ったのを確認したのでホットミルクを作ってしまう。














「熱いので気をつけてくださいね。」
「ありがとござます。」

 受け取ったコップを持って、ふーふーと冷ましながらこくりと飲む藍さん。

「おいし。」
「それは良かったです。」

 少し表情が和らいだみたいで良かった。私もほっと一息つく。




 ホットミルクを飲み終えた藍さんはウトウトし始めた。そんな藍さんから空いたコップを受け取り、洗いに行く。

「んー……」

 とてとてと私の後を着いてくる藍さん。何かあったかな?

 コップを洗いながら藍さんの様子を伺う。すると私のズボンをぎゅっと握る。か……かわ……い……

 駄目だ、心臓に悪い。可愛いの暴力だ。可愛すぎる。……いやいや、平常心平常心。

 コップも洗い終えたので一度深呼吸し、屈んで藍さんに目線を合わせる。

「藍さん? どうされましたか?」
「ねむい。」

 確かにもう十一時なのだ。眠くなってもおかしくない。

「では部屋に戻りましょう?」
「……やー」
「……、」

 自分から動くのには何とも思わないが、行動を起こされるのには弱い私は、藍さんの行動に思考が停止する。

 ……よし、ゆっくり考えてみよう。まず今の状況だ。今藍さんは私に……だ、抱きついてきて……

 そう理解してじわじわと顔が熱くなる。抱きつかれたのなんて母親くらいしかいなかったし、と誰かに言い訳してみる。今の状況を打破する効果は全くなかった。

「あ、藍さん?」
「んー……」

 待てよ、このままだとここで寝てしまうのでは。それではしっかり眠れないだろうとすぐさま抱き上げて部屋へと向かう。顔は熱いまま。

 ピロン、とメールが入ったが後回しだ。どうせ茜だろうし。

 藍さんの部屋に入り、ベッドに寝かせる。が、私の服にしがみついた手が離れない。これでは部屋から出ることはおろか立ち上がることすら出来ない。さて、どうしようか。

「藍さーん、手、離してくださーい。」

 もう寝入ってしまっているので小声で話し掛けてみる。もちろん応答はない。

 ……無理矢理剥がすのも可哀想なのでこのままにするか。しかしこれは私がキツい。中腰プラス前屈みなのだ。長時間この体勢を維持するのは無理だ。もう少し鍛えていれば良かったのだろうか。

「どうしたものか……」

 まあ、そんなタラレバ言っても仕方がないので、なるべく自分も楽な姿勢に変えられるといいんだが……と思考を転換させる。

「……。」

 一つ思いついたが、さすがにそれは……いやしかし他に思いつくものもないし……

「今藍さんは小さい子供なんだ。だから仕方ないんだ。」

 敬語口調じゃないとか気にしてられない。とにかく心を落ち着かせなければ。

「……よし。」

 この部屋では私が落ち着けないので、藍さんをもう一度抱き上げて私自身の部屋へと移動する。藍さんが起きる気配はない。

 私の部屋にあるベッドに藍さんを寝かせ、その隣に私も横になる。今まで母親と茜くらいとしか一緒の布団で寝たことなどない私は、緊張やら恥ずかしさやらで目が冴える。

「……そういえばメールが来てたっけ。」

 ズボンのポケットに入れていた携帯を取り出し、メールを確認する。送り主はやはり茜。ええと、なになに……?

『おいロリコン、今日見た過去はなんだ?』

 ……私はロリコンではない。断言出来る。小さな子が可愛いだけ。それの何が悪い。

「ええと……『私はロリコンじゃないし、何も見てないよ』と。」

 藍さんの過去を知る人が増えれば、その分藍さんの耳に入る率も上がる。それは避けたいところ。

 そうやって朝まで色々考えたのだった。
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