生贄少女とヴァンパイア

秋ノ桜

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運命の日

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sideリラ


この日はすごく激しい雨だった。




私はゴミの中で空腹で横たわり、ぼーっと路地を眺めていた。




何か食べたい、温かいところで眠りたい。



お母さんとお父さんはどこへ行ったんだろう。



私を置いて何処かへ消えてしまった。



あれは、何年前のことだったかな。




何年かは忘れてしまったけど、私はずっと1人だった。



いつもと同じ光景だ、誰かが私の存在に気づく事もなく歩き去る。



私は歩く人たちの足を見るのが好き。



あの人たちはどこにいくんだろう、どこへ行って何を食べるんだろう?



そうやって想像の世界に浸るのが好きだった。





今日は寒い、それに歩いている他人のみんなは浮き足立ってる感じじゃない。




今日は寝ようかな。



もう夜だし、疲れてしまったし。




私が目を閉じた時、変な音がした。




コツ、コツ、コツ、と誰かがこちらへ向かってくる音。




誰だろう。




ゴミを捨てにきた人かな?




その中に食べ物が入っていたらいいなぁ…。



不思議な音は私の目の前で止まった。




私をみてびっくりしてるのかな?




きっとびっくりしてるよね、ゴミ捨て場で寝てるんだから。





「リラ。」




不意に呼ばれた名前に驚き目を開けた。




そこには世にも美しい男が1人。



空のように澄んだ青色の瞳、夜に紛れるような黒い髪の毛、整った顔。



人間離れしてる、美しさも気品も何もかも。





誰なの?



どうしてこんな人が私を知ってるの??




「リラ、君を何年も探したよ。僕とおいで。」





僕とおいで?




何を言ってるの?





「私は……あなたとはいけない……。」





ずっとここにいなくちゃいけないの。






「きっとね…お母さんとお父さんが帰ってくるから…私はここにいるの。」




私が必死に訴えると、男の人は優しく笑った。




「きっとここにはもう帰ってこない。その代わり僕が君のそばにいる。死ぬまでずっと、君を1人になんかしないから。」




受け入れたくない現実を、この人はあっさり私に告げる。




帰ってくるよ、絶対に。




「ごめんね、泣かせるつもりじゃなかったんだけど。」



こんなゴミだらけの汚い私の頭を撫でてくれる人はこの世にまだいたみたい。





「じゃあ、言い方を変えようかな。僕と一緒にお父さんとお母さんを探そう。それなら一緒に来てくれる?」




探してくれるの?




「ほんとに?約束してくれる?」




またお母さんとお父さんに会われせてくれるの?





「うん、約束する。ここにいるより、きっと会える可能性は高いよ。」




差し出された手が綺麗だった。



傷一つなくて、大きくて。



その手に触れてみたい。



そう思うと、図々しくも私をその手を取って彼に救い出される道を選んだ。



こんな汚い私を軽々と片手で抱き上げて、運んでくれる。


優しい人だ…。



誰かに触れたのは、触れられたのは何年振りだろう。


もう、思い出せないくらい昔の記憶だ。



その後、私は馬車に乗せられて知らない道を進んでいた。



道中、彼に言われたことは3つ。




まず1つ目は、彼の名前はライアス。



2つ目は彼がヴァンパイアだと言うこと。



私は彼が、ライアス様が何者でも構わない。



怪物でもヴァンパイアでも何も気にしなかった。



ライアス様が私を助けてくれた人で、私に触れてくれた人だから。



別にライアス様がどこの誰だろうがわたしにはどうでもいいこと。



だからきっと、3つ目に言われたことを聞いても何も思わなかった。




3つ目は、ライアス様がいつか私を食い殺すこと。




私がお父さんとお母さんを見つけて、十分な時を過ごし思い出を作ったら……




「僕は君を食い殺す。」




そう淡々と言われた。




戸惑わなかったと言えば嘘になってしまうけど、泣き喚いたり恐怖に慄いたりはしなかった。




だけど、どうしても想像ができない。



私はあなたのその手にかかって命を奪われる。



その実感も想像も何一つ湧かない。



あんなに優しい手が命を奪う?



こんなにも優しいライアス様が?



人は見かけによらないと誰かに聞いたことがある。



それがまさにこれだ。



そんな事を思いながら、私はひたすら馬車に揺られ窓から見える暗闇を見つめていた。




*********************************
6ヶ月後……





言うまでもなく、あの日から私の生活は一変した。




綺麗な環境に、温かい寝床、豪華な食事に、美しい服。



今までないものばかりを与えられて戸惑っていた。



変わったのは生活だけじゃない。



私自身も、たくさんの日々を過ごす中で変わっていた。




ほんの少しだけ、前向きになれた気がする。




それもこれも…




「あ!ライアス様!!」




あなたのおかげだよ。





私には日課がある。



「リラ、ただいま。」



仕事から帰ってきたライアス様に抱きつく事だ。




私がどんな角度からどんな勢いで飛びついてもライアス様はびくともしない。




「お帰りなさい!ライアス様!」




私の大好きなライアス様がようやく帰ってきた。




「ただいま、リラ。」



ライアス様は私に優しく微笑みかけてくれる。



本当に、私はライアス様が大好き。



優しくて格好良くて大人で、本当に好き。



ライアス様は私を片手で抱っこしたまま部屋へ連れて行ってくれる。



「ライアス様!もう今日でいいよ?ね?」
   


私は毎日のようにこの提案をしてる。




「ダメだよ、両親がまだ見つかっていないんだから。」




私の提案とは、ライアス様と初めて会った日に言われた例の3つ目の条件。




ライアス様が私を食い殺す件だ。




「もういいよ、そんな事。私ね、最近どんどんお母さんとお父さんの顔が思い出せない。」




不思議なことに、両親を思いやる気持ちですら薄れていっていた。




「そんなにも死にたい?」



ただ死にたいわけじゃないよ。




「私は、ライアス様の役に立ちたい。…ライアス様が大好きだから…。」



私が照れながら言っても、ライアス様は優しく笑うだけだった。



「焦らなくていいよ、その日は必ず来るんだから。もっと楽しんで今を生きてよ。」




この余裕をいつか壊してしまいたいけど、今はまだ無理そうね。



私がもっと大人っぽくならないと、ライアス様はきっと私を相手にしてくれない。




「じゃあ…ライアス様。今を楽しく生きるために私のお願い聞いて??」




ライアス様はさらに優しい顔をする。




「あのね…私ね……働きたいの。」



ここで半年間も居候させてもらってるのに私は何もしてない。



ぼーっとしてるか、お庭の花の手入れだけ。




「何か欲しいものでもあるの?」




それもあるし、何よりも一日中家は暇すぎる。




「うん!ほしいものがある!自分で働いて買いたいんだけど、ダメかな?」




お願い、ダメって言わないで?




「いいよ。でもあまり遠くには行かないでね。心配だから。」



心配、の言葉に心臓がくすぐられたように動く。



心配されるのが嬉しい、なんて頭おかしいのかな。



「うん、わかった!ありがとう、ライアス様!」




なにはともあれこれで働ける。




暇も潰せるし、ライアス様の誕生日プレゼントも買える!




早速明日から職探ししないと!




私が浮かれていて気づかなかったけど、ここはもうライアス様の部屋で、ライアス様は私を抱っこしたままベッドに座っていた。





「リラ……。」




ライアス様は私の名を呼んで、私の首筋にキスを落とす。



私はそれをされると本当に顔が真っ赤になって、心臓が跳ね上がる。




「ライアス…様…/////」



「ごめんね、リラ…。」




謝らなくてもいいのに。




だって、これは初めてじゃない。




もう何回もしていることだよ?


ライアス様は私をどう扱ってもいい。




だって、あなたが私を拾ったんだから。


ブツッ…!!!
「っ///」



皮膚が破れる音とともに痛みが襲ってくる。




「ライアス…様…」



痛みが体に馴染めば、次は快楽が血管を駆け巡り私を悶えさせる。




「あっ…/////」




これはヴァンパイア特有の毒らしい。




獲物を麻痺させ、暴れさせないための一種の本能。



相性が悪いとその毒によって激痛を伴うらしいけど、私はそんなこと一度もなかった。



むしろ……



「あっ…///ライアス様////」



頭がおかしくなりそうな程の快楽が駆け回る。




「ライアス様…////」





あぁ…ダメだ…またクラクラしてきた。




私はいつもこの快楽に耐えかねて眠ってしまう。




今日は起きていたい。




もっとライアス様とお話がしたいのに……





いつも眠りに落ちる時は一瞬だ。




フッと力を抜くと、闇に溶けるように堕ちていく。





「ご馳走様。…おやすみ、リラ。」




あなたの愛しい声を聞きながら、私は今日も眠りに落ちた。
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