生贄少女とヴァンパイア

秋ノ桜

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虚無

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sideルシアス


怪我が治るまでかなり時間がかかった。


さらにはフラフラして、家に帰るのも時間ががかかった。


妙に治りが遅かったが、本当に俺は何があった?


あぁ、それより仕事か。


とりあえず準備して行くか。


と、その前に…


「飯作っといてやらねぇとな。」




………誰に?


俺は本当にどうしたんだ?


今朝からおかしなことばっかりだ。


おかしな事と言えば…


「……。」


この左手の指輪、本当にどう処理する?


別に外せばいいだけの話なのに、何故か外す気にならない。


付けていたいと思ってしまう。



おかしすぎるだろ。


こんな指輪、見たこともないのに。




あー、考えるのやめた。



別に外す理由がねぇからこのままにしておくか。



本当、朝から散々だ。


まぁいい…


仕事に行くか。













「団長ー。」


仕事場に行けば、いつものようにキジャがいる。


お前もいつも通り、気怠げだな。


「全員集まったか?」


「まさか。まだ俺だけですよ。」


いつも通り…だよな?


「なぁ、これ何か知ってるか?」


もしかしたらキジャなら昨日なにがあったのか知っているかもしれない。


「え?結婚したんですか???」


こりゃダメだ。なにも知らない顔してる。


「知らん。」


この反応を見るに、俺は昨日キジャといたわけではないな。


じゃあ誰とどこにいたんだ?


「え、知らんって……団長、病んでます?」

キジャはドン引きしていた。


「病んでるのはお前だろうが、墓に入れ。」

「いやー、そこは普通病院とかでしょう?俺は死に急ぎ野郎じゃないんで。」



これが日常だよな。




日常………だよな?



なんだ?


この違和感は。



足りないような、忘れているような気がしてならない。












「はぁ……。」


家に帰ってきて出たのはため息だった。


仕事終わって帰ってきたのに何故か嬉しいと思わない。


何か足りない、その思いに駆られて一日中上の空だった。


適当になんか食って寝るか。


特にしたいこともないしな。


俺、前までこんなだったか?


それからこの家、こんな静かだったか?



いや…ずっと1人で住んでいたからうるさかったら逆に怖い。


もう自分が怖い。


「疲れてんだな。」


こんなものは寝れば治る。


さっさと風呂入るか。



風呂に入ってわかったことが一つ。



「あ?」


首の後ろ側に変な模様が入ってる。


「なんだこれ?」


俺はタトゥーを入れる趣味はない。


マジでなんだ?


まさか、昨日のうちにやらかしたか?


いやいや、何がどうなって首の後ろにタトゥー入れるんだよ、おかしいだろ。


おかしいことが多すぎる………


少し調べてみるか?


自分のことを?


そんな滑稽なことあるか?


むしろ知らなくてもいいかもしれない。


おかしなことをやらかして、首にタトゥーを入れたくらいだ。


きっとロクなものが出てこない。

そうだ、この世には知らなくていいことがいくつもある。


昨日の俺はまさにその一例だ。


とりあえず当たり障りなく毎日過ごしていたらいつもの調子も戻るだろう。



と、思っていたが………




風呂を出ても、どこからか虚無感が湧き上がる。



なんだ、本当に。



今日は全てがおかしいが、特におかしいのはこれだ。



「あ?」


誰の匂いだ?


甘い花のような匂いがする。


知らない匂いなのに、心底安心している自分がいる。


何なんだ、一体。


もっとおかしいのは…


「は?」


涙が沸き上がってくるところだ。


なにが悲しいか分からない。


それでも涙は溢れて、胸が締め付けられるように痛い。



曖昧な記憶に、知らない匂い、さらにはこの涙。


昨日の記憶がほぼないのもかなりおかしい。


ただ、それが意味する事は一つ。


誰かに記憶をいじられたって事だ。


俺に大怪我を負わせてさらには記憶を弄るなんて…


とんでもない奴と戦ったらしい。


あんな状況にまで追い込んで何故俺を殺さなかったんだ?


敵なら俺は殺されていたはず。


……ただ記憶をいじるだけが目的だったのか?

それにしては殺意高めだったな……。


分からない事だらけだ。


それにしてもいい加減止まってくれよ。


なにがそんなに悲しいんだ?


この喪失感はどこから来る?


俺は一体、何を失ったんだろうか。


涙を拭った時、左手の指輪が目に当たる。


何を、じゃないな。

だ。


そうか、なるほどな。


俺は昨日まで愛して止まない誰かがいたらしい。


記憶を弄られ殺されかけても、体はその存在を忘れていない。
 

この止まらない涙を見る限り…


「死ぬほど愛していたんだろうな……」

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