いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(異ファ)『呼吸をした:経験値+100』『瞬きをした:スキル獲得』

最終話 そして世界は、俺を甘やかす牢獄になった

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 翌日、アレンの住む森のボロ小屋の前には、異様な光景が広がっていた。
 王国の紋章が入った豪華絢爛な馬車。煌びやかな法衣をまとった教皇。そして、重厚な王冠を戴く国王その人。
 彼らが、アレンの家の泥だらけの玄関前で、一斉に土下座をしていたのである。

「救国の英雄、アレン殿! どうか、どうかこの愚かな我らをお許しください!」

 国王の声が震えている。

 アレンは寝巻きのまま、ボリボリと頭をかきながら扉を開けた。

「あー……朝早いっすね。何の用?」

「国を救っていただいた礼を! 貴方様には『公爵』の位と、王都の一等地にある屋敷を……いや、いっそ我が娘を嫁がせ、次期国王として――」
「いらない」

 アレンは即答した。

「公爵とか面倒くさい。王様とかもっと無理。仕事増えるじゃん」

 国王たちが絶句する。
 アレンはあくびを噛み殺しながら、条件を突きつけた。

「俺が欲しいのは、『一生働かずに、食って寝て暮らせる権利』。あと、誰も俺に干渉しないこと。それだけでいい」

「……そ、それだけでよろしいのですか!?」
「うん。確約してくれるなら、また何かあった時に手助けしてやらんでもない」
(※意訳:布団から出る気分になったら考える)

「おお……なんと慈悲深い! 直ちに手配いたしましょう! 国庫を開き、最高級の寝具と食事を永遠に提供することを誓います!」

 わぁっと歓声が上がる。
 その最前列にいたセラフィナが、うっとりとした瞳でアレンを見つめていた。

「素晴らしいです、アレン様……。その無欲さこそ、真の王の証……」

 彼女の瞳にはハイライトがなかった。どこか、焦点が合っていないような、ガラス玉のような瞳。
 だが、早く二度寝したいアレンは、そんな違和感など気にも留めなかった。

 †

 その夜。
 アレンは最高級の羽毛布団の上で、勝利の美酒(甘いフルーツ牛乳)をあおっていた。

「ぷはーっ! 勝った! 俺の人生、完全勝利!」


『ザザッ……』

 不意に、視界のシステムウィンドウにノイズが走った。
 いつもなら「実績解除」のファンファーレが鳴るはずの場面だ。だが、今の音は違った。湿った肉を叩くような、不快な音。

「ん? バグか?」

 アレンが眉をひそめると、青色だったウィンドウが、どす黒い赤色へと変色していく。
 まるで、血管が浮き出るように。

『ザザ……愛……確認……同調率……400%……』
『条件タっ成……封印カイ除……』

 文字化けしたログが、滝のように流れ落ちる。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ❤❤ 実績解除:【 私の愛を受け入れた 】 ❤❤
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ▷ 貴方は何もシなかっタ。
 ▷ ただそこに在るだけで、私を満たしてクレた。
 ▷ 報酬:【 世界の半分 】 ……いヤ、全部アげル❤
 ▷ ボーナス:【 永 遠 の 愛 】

「……は?」

 アレンの手からグラスが滑り落ちた。
 ウィンドウの向こう側から、粘着質な「何か」が滲み出してくる気配がする。
 無機質だったシステムの声(テキスト)が、艶めかしい女の声として脳内に直接響いた。

『ああ、アレン。私のかわいい宿主(ベイビー)。ついに気づいてくれたのね』
『私は【怠惰】と【愛】を司る邪神。かつて神々に封印され、概念(システム)に貶められた存在』

 ウィンドウが脈動する。

『私の封印を解く鍵は、極限の「怠惰」。努力せず、行動せず、ただ享楽のみを貪る魂。貴方は完璧だったわ。呼吸するだけで褒め称え、瞬きするだけで神格化する……そんな狂った世界を、貴方は疑問も持たずに受け入れてくれた』

「え、ちょ、おま……邪神?」
 アレンはようやく事態を飲み込んだ。
 このチートシステムは、アレンを最強にするためのものではなかった。
 アレンを「ダメ人間」として完成させ、邪神の糧にするための養殖装置だったのだ。

『もう逃さない。貴方が望むなら、世界を書き換えましょう』

 バリンッ、と窓ガラスが割れる音がした。
 いや、割れたのは「風景」だった。
 窓の外に見えていた夜空が剥がれ落ち、そこには――毒々しいピンク色の空と、無数の「目玉」が浮かんでいた。
 そして、家の外に立っていた護衛の騎士たちが、セラフィナが、一斉にこちらを向いた。
 全員、顔に張り付いたような笑顔。
 そして口々にこう呟いている。

「アレン様、寝ましょう」「永遠に」「何もせず」「我々が全てやります」「排泄の世話も」「食事の咀嚼も」「貴方様はただ、そこにいるだけでいい」

 思考停止。
 狂信。
 世界そのものが、アレンを甘やかし、廃人にするための「揺り籠」へと作り変えられていた。

「……うっわ、ホラーじゃん」

 普通なら、ここで絶叫して逃げ出す場面だ。
 あるいは、剣を取って邪神と戦うラストバトルが始まる場面だ。

 だが。
 アレンは、落ちていたグラスを拾い上げ、ふぅと息を吐いた。

「でもまあ、いっか」

『……え?』
 脳内の邪神が、素っ頓狂な声を上げた。

「だって、要するに『一生何もしなくていい』ってことだろ? 世界がどうなろうと、俺の布団がフカフカならそれでいいし。周りが狂信者でも、害がないなら便利な家政婦だし」

 アレンは、どす黒く変色したウィンドウに向かって、ニヤリと笑いかけた。

「おい邪神。俺を飼うつもりなら、徹底的に甘やかせよ? 中途半端なサービスなら、アンインストールするからな」

 一瞬の沈黙。
 そして、システムウィンドウが、歓喜に打ち震えるように激しく明滅した。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ❤❤ 契 約 更 新 : 【 共 依 存 】 ❤❤
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ▷ あアあッ! 素敵! 最高! 一生離サなイ!
 ▷ 今から貴方は、この世界の 【 苗床(アイドル) 】 です!

『愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛大好き♡』

 視界を埋め尽くす「愛」の文字。
 アレンは満足げに頷くと、異界と化した風景を無視して、柔らかいベッドへとダイブした。

「おやすみ、世界。……ざまぁみろ、俺はもう二度と働かないぞ」

 瞼を閉じる。
 闇の中で、青白いシステムログだけが、心臓の鼓動のように妖しく光り続けていた。

 この世界は終わったのかもしれない。
 だが、アレンにとっては、ここからが本当の「楽園」の始まりだった。


(了)
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