いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(ラブコメ)皆の高嶺の花は、俺の脱ぎ捨てた服がないと息ができない

第二話 文化祭と駄犬

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 文化祭当日。
 学園内は熱気に包まれ、廊下には模擬店の活気ある声が響き渡っている。
 実行委員として多忙を極める真白は、後夜祭で披露される劇の主役として、特注のドレスを纏うことになっていた。

 俺はと言えば、いつものように目立たない裏方仕事として、備品の運搬や片付けに従事していた。

 そんな俺のもとに、パニック状態の女子生徒が駆け込んできたのは、劇の開演三十分前のことだ。

「黒木くん! 大変なの! 白雪さんが……その、君じゃないとダメだって!」


 周囲にいた男子生徒たちから、鋭い棘のような視線が突き刺さる。

「なんであんな陰キャを?」「関係ないだろ」という囁きが聞こえてくるが、俺は肩をすくめて女子更衣室へと向かった。

 当然、中には真白一人しかいない。
 他の生徒をすべて追い出し、彼女は扉に鍵をかけて俺を待っていた。

「……遅いわよ、湊」

 部屋の隅、スポットライトのような午後の西日が差し込む場所で、彼女は立っていた。

 純白のドレスを半ばまで身に纏っているが、背中のファスナーが途中で噛み込み、露わになった肌が微かに震えている。
 更衣室特有の、埃っぽくて、どこか甘ったるい香水の残る密閉された空気。
 真白の背中は、まるで陶器のように白く、滑らかだった。
だが、その肌は今、羞恥と俺を呼んだことへの興奮で、火照るような赤みを帯びている。

「ファスナーが壊れたのか。無理に上げようとするからだ」

 俺は淡々と近づき、彼女の背後に立った。
 衣擦れの音が、静寂の中でやけに大きく響く。
 至近距離に寄ると、彼女の熱気がダイレクトに伝わってきた。細い肩が、俺の気配を感じてビクッと跳ねる。

「……他の誰かに、こんな姿見せられない……。湊じゃなきゃ、嫌……」

 潤んだ声で、彼女が訴える。
 俺は返事をせず、冷えた指先で彼女の背中に触れた。
 熱を帯びた彼女の肌に対して、俺の指先は驚くほど冷たい。
 その接触があった瞬間、彼女は「ひっ」と小さな、甘い悲鳴を漏らした。

「……あ。……湊の指、つめたい……。もっと、奥まで……直して……っ」

 誘うように、彼女が細い背中を反らせる。
 ドレスの重みで露わになったうなじには、玉のような汗が浮かび、彼女の熱い吐息が俺の首筋を撫でる。

 だが、俺の心は一向に揺れない。
 服飾職人のように、淡々と、噛み込んだ布を指先と針で外していく。
 その冷静さが、彼女にとっては最大の快楽なのだ。

「……動くなと言ったはずだ。針が刺さっても知らないぞ」

 低く、突き放すような声で命じる。
 真白は従順な奴隷のように、その場でぴたりと動きを止めた。

 背中越しに伝わってくるのは、彼女の激しい鼓動だ。
 彼女は俺に支配され、冷たく扱われることに、抗いがたい悦びを感じている。
 「女王」という厚い氷の膜の下には、誰かに管理されなければ自立することもできない、一匹のひ弱な生き物だ。

 俺がファスナーを引き上げ、彼女を「完璧な女王」へと復元してやる。
その瞬間、彼女は再び世界を拒絶する氷の女王に戻り、俺は再び、誰にも顧みられないモブへと戻る。

 この秘密の作業こそが、俺たちの歪な儀式だった。




 後夜祭。全校生徒が集まる体育館のボルテージは、最高潮に達していた。
 ステージ上には、先ほど俺がファスナーを直してやった、完璧な美しさを誇る白雪真白。
 そしてその隣には、この学園のスター、赤城が立っていた。

 赤城がマイクを握る。
その顔には、自分こそがこの場の主役であり、彼女の隣に立つのに相応しい唯一の男であるという、揺るぎない自信が溢れていた。

「白雪さん! ずっと言いたかったことがある! 俺なら、君を孤独から救い出せる。だから、俺と付き合ってくれ!」

 会場中から割れんばかりの歓声と、はやし立てる声が上がる。
 赤城は勝利を確信したような笑顔で、真白に手を差し出した。
 観客席の誰もが、世紀のカップル誕生を予感し、俺のことなど視界の端にも入れていなかった。

 だけど、マイクを受け取った真白の唇から漏れたのは、みんなの予想を裏切る返事だった。

「……死ぬほど不快だわ、赤城くん」

冷え切った、死の宣告。
マイクを通した彼女の声は、熱狂に沸く体育館を一瞬で極寒の地へと変えた。
真白は軽蔑しきった瞳で赤城を見据え、一歩、また一歩と彼を追い詰める。

「君が私を孤独から救い出せる? 笑わせないで。君のつけているその安っぽい香水の匂い、嗅いでいるだけで吐き気がするの。私の肺が、毒で汚されていく気がするわ」

 赤城の顔から血の気が引いていく。
 真白はステージの袖、暗がりに潜んでいた俺を指差した。
 そして、全校生徒の前で、隠すことのない「愛情」を爆発させた。

「湊! 早く来て! もう限界なの……君の匂いがないと、私、ここで倒れちゃいそう……っ!」

 彼女はステージから俺に駆け寄り、衆人環視の中で俺の腕にしがみついた。
 その瞬間、彼女の顔は「氷の女王」から、一人の狂おしいほどに恋い焦がれる「雌」へと変貌した。

 俺の腕に顔を擦り付け、必死に俺の体温を確かめる彼女。
 その瞳は情欲と依存に潤み、口元からは恍惚とした吐息が漏れている。

 赤城は、何が起きたのか理解できず、ただ口をパクパクと開閉させていた。
 自分がゴミのように見下していた陰キャが。
 自分が女神のように崇めていた少女を、デレさせて支配している。
 その残酷なまでの格差を、彼は最前線で見せつけられた。

「あ、ああ……」と情けない声を漏らす赤城。

「ぷっ、赤城くん、ダサ……」
 体育館のどこからか、女子の声が響いた。

 赤城のプライドが、音を立てて粉々に砕け散る。
 彼だけではない。体育館にいたすべての生徒が、そのあまりの衝撃に言葉を失った。
「完璧な女王」が、たった一人の「モブ」の前で、理性を失った獣のように服従している。




 騒然とする体育館を後にし、夕方の静けさが支配する校舎裏。
 俺はしがみついてくる真白を強引に引き剥がし、深いため息をついた。

「……やりすぎだ。明日から、俺まで注目されるじゃないか。迷惑なんだよ」

 その瞬間、真白の顔から、ついさっき赤城を黙らせた威厳が霧散した。
 捨てられた仔犬のような、今にも消えてしまいそうな顔になり、彼女は俺の制服の袖を震える指で掴んだ。

「ごめんなさい……! もう……我慢できなかったの。嫌わないで。捨てないで。言うこと聞くから、なんでもするからぁ……っ!」

 彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 俺は立ち止まり、その場に跪きそうな彼女を冷たく見下ろした。

 彼女は、俺が次の一言で自分を地獄に突き落とすことも、天国に連れて行くこともできると知っている。その支配される感覚に、彼女の頬は紅潮し、瞳はさらに深く潤んだ。

「……お手」

 俺は右手を、無造作に差し出した。
 真白は一瞬の躊躇もなく、自分の両手を重ねて、俺の掌の上に置いた。

 それは屈辱などではない。
「自分はこの人に飼育されている」という、絶対的な安心感と陶酔に満ちた表情だ。

「……わんっ!」

 夜の空気の中に、彼女の救われたようで嬉しそうな声が響いた。

 実は、俺もなんだ。俺も真白に依存されていることで救われている。
 潤んだ瞳で俺を見つめる彼女の頭を、あの日と同じように撫でてやる。


「……よし。帰るぞ」

「……はい、湊。私のこと、一生、飼ってね♡」


 俺たちは、一生このままだろう。
 俺は彼女を管理し続け、彼女は俺の匂いの中でだけ呼吸を続ける。


 (完)
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