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(異ファ)幻獣保護センター・廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」は「終焉の獣」だった
第一話 地下の掃き溜めと「汚れた毛玉」
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地下三階の空気は、いつも湿った土と、どこか獣の脂が混じったような重苦しい匂いに満ちている。
カビの生えたコンクリートの壁を、頼りない裸電球がオレンジ色に照らしていた。私の職場は、ここ「幻獣保護センター」の最下層にある廃棄処理エリア。
世間では「幻獣を救う聖域」などと謳われているこの施設も、その実態は、美しく価値のある獣だけを選別し、残りを「ゴミ」として処分する冷徹な工場に過ぎない。
「おい、ぐずぐずするな。この役立たずの穀潰しが」
背後から飛んできたのは、私の名前を呼ぶ声ではなく、石ころを投げるような無機質な罵倒だった。
振り返ると、そこには脂ぎった顔を歪めた上司のゴンダが立っていた。センター長という肩書きを持ちながら、彼の瞳には命への慈しみなど欠片も宿っていない。あるのは、その幻獣がいくらで売れるかという、下卑た勘定だけだ。
「……申し訳ありません、ゴンダセンター長。すぐに終わらせます」
私は静かに頭を下げた。
私は、魔力が極端に低い。この国で幻獣と契約し、その力を引き出すためには高い魔力指数が必須とされる。魔力がない私は、幻獣を操ることも、その意思を読み取ることもできない「欠陥品」として、この地下に追いやられた。
けれど、私には譲れないものがある。
「ふん。お似合いだな。ゴミがゴミを掃除する姿は」
ゴンダは鼻で笑い、高級な革靴を鳴らして去っていった。
彼の去った後、私は手にしたブラシを握り直す。
確かに私には魔力がない。けれど、この手には長年培ってきた「清掃」と「手入れ」の技術がある。たとえ魔力がなくても、道具を愛し、手順を重んじ、細部まで磨き上げる生活魔法の応用は、誰にも負けない自信があった。
その時だった。
廃棄エリアの入り口にある、重い鋼鉄の扉が開いた。
運び込まれてきたのは、一台の無骨な檻。その中に転がされていたのは、一目見ただけでは生き物かどうかも判別できない「塊」だった。
「……ひどい」
私は思わず絶句した。
それは、真っ黒なヘドロと凝固した油にまみれた、巨大なボロ雑巾のようだった。毛並みは汚れで固まり、あちこちに呪術的な封印の術式が焼き付いたような、赤黒い痣が見える。
檻に添えられた鑑定票には、冷淡な文字が並んでいた。
【個体識別:未確認。鑑定ランク:測定不能(廃棄推奨)。処分理由:魔力反応皆無、外見著しく不潔につき商品価値なし】
ゴミ。
それが、この子が世界から下された審判だった。
誰からも顧みられず、汚れにまみれたまま焼却炉へ放り込まれるのを待つだけの存在。
その境遇が、あまりにも自分と重なって見えた。
ふと、汚れの隙間から、一筋の光が私を射抜いた。
それは、深くて静かな、夜の海のような色をした瞳だった。
その瞳は悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもなかった。ただ、世界のすべてを諦めたような、凍てつくほどの静寂を湛えていた。
その瞬間、私の中の「清掃魂」が激しく火を吹いた。
「汚い……。これは、絶対に許せないわ」
汚れは、命の輝きを曇らせる悪だ。
たとえ明日、この子が処分される運命にあるとしても。せめて最後くらい、本来の姿でいさせてあげたい。
私は業務用の強力な洗剤と、特注の馬毛ブラシを手に取った。
生活魔法。それは戦闘には使えない、お茶を淹れたり埃を払ったりするためだけの、つつましい術。けれど、心を込めて編み上げられたその術は、時に高名な魔術師の結界さえも、優しく解きほぐすことがある。
「大丈夫だよ。今、綺麗にしてあげるからね」
私は檻を開け、その汚れた塊に手を伸ばした。
バケツに汲んだぬるま湯に、私特製の洗浄魔法を溶かす。
ほのかにラベンダーの香りが広がり、地下の澱んだ空気がわずかに和らいだ。
私は、その「汚れた毛玉」に、ゆっくりと魔法を乗せた水をかけていく。
「グルル……」
喉の奥で、地鳴りのような低い音が響いた。威嚇、というよりは、あまりの未知の感触に対する戸惑いのようだ。
私は気にせず、ゴシゴシとブラシを動かした。
「ここ、油汚れがひどいわね。どんな生活をしていたら、こんなに毛玉になっちゃうの? 痛かったでしょう、これ。皮膚が引っ張られてかわいそうに」
私は独り言を言いながら、丹念に汚れを落としていく。
普通の職員が見れば、ただのゴミを洗う狂人の姿に映っただろう。事実、通りがかった同僚たちは、クスクスと指を差して笑っていた。
「おい、ミヤコ。そんなドブネズミを洗って何になるんだ? 焼却炉が汚れるだけだぞ」
「魔力がないと、時間の使い道まで無駄になるんだな。滑稽だよ」
彼らの言葉は、私の耳には届かない。
私の集中力は、今、この子の毛の一本一本に向けられていた。
不思議なことが起きたのは、洗い始めてから三十分が経過した頃だった。
頑固な黒いヘドロの下から、パキリ、と何かが割れるような音がしたのだ。
それは、この子を縛り付けていた「呪いの封印」だった。
本来、解封師が何日もかけて儀式を行わなければ解けないはずの極悪な呪詛。それが、私の「油汚れを落とす」という純粋な意図を込めた生活魔法によって、あろうことか『不純物』として分解され、洗い流されていく。
「あら、意外と素直な毛質ね。トリートメント、多めに使いましょうか」
カビの生えたコンクリートの壁を、頼りない裸電球がオレンジ色に照らしていた。私の職場は、ここ「幻獣保護センター」の最下層にある廃棄処理エリア。
世間では「幻獣を救う聖域」などと謳われているこの施設も、その実態は、美しく価値のある獣だけを選別し、残りを「ゴミ」として処分する冷徹な工場に過ぎない。
「おい、ぐずぐずするな。この役立たずの穀潰しが」
背後から飛んできたのは、私の名前を呼ぶ声ではなく、石ころを投げるような無機質な罵倒だった。
振り返ると、そこには脂ぎった顔を歪めた上司のゴンダが立っていた。センター長という肩書きを持ちながら、彼の瞳には命への慈しみなど欠片も宿っていない。あるのは、その幻獣がいくらで売れるかという、下卑た勘定だけだ。
「……申し訳ありません、ゴンダセンター長。すぐに終わらせます」
私は静かに頭を下げた。
私は、魔力が極端に低い。この国で幻獣と契約し、その力を引き出すためには高い魔力指数が必須とされる。魔力がない私は、幻獣を操ることも、その意思を読み取ることもできない「欠陥品」として、この地下に追いやられた。
けれど、私には譲れないものがある。
「ふん。お似合いだな。ゴミがゴミを掃除する姿は」
ゴンダは鼻で笑い、高級な革靴を鳴らして去っていった。
彼の去った後、私は手にしたブラシを握り直す。
確かに私には魔力がない。けれど、この手には長年培ってきた「清掃」と「手入れ」の技術がある。たとえ魔力がなくても、道具を愛し、手順を重んじ、細部まで磨き上げる生活魔法の応用は、誰にも負けない自信があった。
その時だった。
廃棄エリアの入り口にある、重い鋼鉄の扉が開いた。
運び込まれてきたのは、一台の無骨な檻。その中に転がされていたのは、一目見ただけでは生き物かどうかも判別できない「塊」だった。
「……ひどい」
私は思わず絶句した。
それは、真っ黒なヘドロと凝固した油にまみれた、巨大なボロ雑巾のようだった。毛並みは汚れで固まり、あちこちに呪術的な封印の術式が焼き付いたような、赤黒い痣が見える。
檻に添えられた鑑定票には、冷淡な文字が並んでいた。
【個体識別:未確認。鑑定ランク:測定不能(廃棄推奨)。処分理由:魔力反応皆無、外見著しく不潔につき商品価値なし】
ゴミ。
それが、この子が世界から下された審判だった。
誰からも顧みられず、汚れにまみれたまま焼却炉へ放り込まれるのを待つだけの存在。
その境遇が、あまりにも自分と重なって見えた。
ふと、汚れの隙間から、一筋の光が私を射抜いた。
それは、深くて静かな、夜の海のような色をした瞳だった。
その瞳は悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもなかった。ただ、世界のすべてを諦めたような、凍てつくほどの静寂を湛えていた。
その瞬間、私の中の「清掃魂」が激しく火を吹いた。
「汚い……。これは、絶対に許せないわ」
汚れは、命の輝きを曇らせる悪だ。
たとえ明日、この子が処分される運命にあるとしても。せめて最後くらい、本来の姿でいさせてあげたい。
私は業務用の強力な洗剤と、特注の馬毛ブラシを手に取った。
生活魔法。それは戦闘には使えない、お茶を淹れたり埃を払ったりするためだけの、つつましい術。けれど、心を込めて編み上げられたその術は、時に高名な魔術師の結界さえも、優しく解きほぐすことがある。
「大丈夫だよ。今、綺麗にしてあげるからね」
私は檻を開け、その汚れた塊に手を伸ばした。
バケツに汲んだぬるま湯に、私特製の洗浄魔法を溶かす。
ほのかにラベンダーの香りが広がり、地下の澱んだ空気がわずかに和らいだ。
私は、その「汚れた毛玉」に、ゆっくりと魔法を乗せた水をかけていく。
「グルル……」
喉の奥で、地鳴りのような低い音が響いた。威嚇、というよりは、あまりの未知の感触に対する戸惑いのようだ。
私は気にせず、ゴシゴシとブラシを動かした。
「ここ、油汚れがひどいわね。どんな生活をしていたら、こんなに毛玉になっちゃうの? 痛かったでしょう、これ。皮膚が引っ張られてかわいそうに」
私は独り言を言いながら、丹念に汚れを落としていく。
普通の職員が見れば、ただのゴミを洗う狂人の姿に映っただろう。事実、通りがかった同僚たちは、クスクスと指を差して笑っていた。
「おい、ミヤコ。そんなドブネズミを洗って何になるんだ? 焼却炉が汚れるだけだぞ」
「魔力がないと、時間の使い道まで無駄になるんだな。滑稽だよ」
彼らの言葉は、私の耳には届かない。
私の集中力は、今、この子の毛の一本一本に向けられていた。
不思議なことが起きたのは、洗い始めてから三十分が経過した頃だった。
頑固な黒いヘドロの下から、パキリ、と何かが割れるような音がしたのだ。
それは、この子を縛り付けていた「呪いの封印」だった。
本来、解封師が何日もかけて儀式を行わなければ解けないはずの極悪な呪詛。それが、私の「油汚れを落とす」という純粋な意図を込めた生活魔法によって、あろうことか『不純物』として分解され、洗い流されていく。
「あら、意外と素直な毛質ね。トリートメント、多めに使いましょうか」
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