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(異ファ)幻獣保護センター・廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」は「終焉の獣」だった
第二話 銀色の狼
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私は、汚れと一緒に剥がれ落ちる黒い術式の残滓を、「しつこい泥」として排水溝へ流した。
汚れが落ちるたび、その子の姿は変貌を遂げていった。
漆黒の闇だと思っていたそれは、実は、光を吸い込むほどに純粋な、銀の輝き。
泥にまみれた短い脚だと思っていたのは、しなやかで力強い、獣の四肢。
三時間に及ぶ「洗濯」が終わったとき。
そこには、私の膝の高さほどもある、一頭の美しい幼狼が座っていた。
月光を織り上げたような、透き通る銀色の毛並み。その美しさに、私は思わず息を呑んだ。
「……綺麗。あなた、本当はこんなに美しかったのね」
濡れた毛を生活魔法の温風でふわふわに乾かしてあげると、その子は不思議そうに自分の前足を見つめていた。
そして、私の手のひらに、濡れた鼻先をそっと押し当ててきた。
ざらりとした舌の感触。
私は、カバンの中に忍ばせておいた鶏の唐揚げを取り出した。
「お腹、空いてるでしょ? はい、これ。私の夜食だけど、半分こしましょう」
銀色の狼――私は彼を「モップ」と名付けた――は、唐揚げを一口で頬張ると、金色の瞳を細めて、初めて幸せそうに目を細めた。
それからの数日間、私とモップだけの秘密の時間が続いた。
地下の廃棄エリアは、誰も来ない。
私はモップをこっそり広いケージに移し、毎日ブラッシングをして、美味しいものを食べさせた。
モップは私にだけは、お腹を見せて「クゥン」と甘えるようになった。
けれど、一度だけ、掃除に来た別の職員が私を突き飛ばしたことがあった。その時、モップが放った一瞬の気配を、私は忘れない。
背後の空気が、絶対的な零度まで冷えたような感覚。
突き飛ばした職員は、悲鳴すら上げられず、その場に崩れ落ちて失禁した。
私は慌てて彼を介抱したが、モップは澄ました顔で、自分の尻尾を毛繕いしていた。
「もう、モップ。驚いたじゃない!」
私が叱ると、彼は少しだけ申し訳なさそうに、耳を伏せるのだった。
平穏は、突然の爆音と共に破られた。
地下三階の重い扉が蹴り開けられ、何人もの靴音が響き渡る。
「おい、ゴミ清掃員! どこだ!」
現れたのは、ゴンダセンター長だった。
その後ろには、武装した警備隊と、数人のバイヤーらしき男たちが控えている。ゴンダの顔は、焦燥と苛立ちで赤黒く充血していた。
「センター長? 一体何事ですか」
「黙れ! 裏取引のSランク幻獣が、移送中に死にやがった。代わりの『商品』が今すぐ必要なんだ。どこかに見栄えのいい珍種はいなかったか!」
ゴンダは血走った眼で廃棄エリアを見渡した。
そして、彼の視線が、私の足元でくつろいでいたモップに止まった。
「……ほう。なんだ、その獣は」
ゴンダの目が、卑屈な輝きを帯びた。
ブラッシングと栄養満点の食事によって、今のモップは神々しいまでの美しさを放っている。その銀色の毛並みは、地下の貧相な明かりの下でも、自ら発光しているかのように見えた。
「これは……測定不能だったはずのゴミか? まさか、化けたのか。ミヤコ、貴様、こっそり隠し持っていたな!」
「隠していたわけではありません。処分の前に、せめて綺麗にしてあげようと思っただけで……」
「黙れ! この美しさなら、金持ちの貴族に高値で売れる。おい、その犬をこっちへ渡せ」
ゴンダが強引に、私が紐で作った簡易的なモップの首輪を掴もうとした。
その瞬間、モップの喉から、これまで聞いたこともないような不気味な低音が漏れた。
空気そのものが、びりびりと震える。
「……グルアァ……」
「ひっ! な、なんだ、この威圧感は……!?」
ゴンダがたじろぐ。
けれど、彼はすぐに強気を取り戻し、懐から「強制従属の杖」を取り出した。幻獣に苦痛を与えて無理やり従わせる、悪趣味な道具だ。
「生意気な獣だ! 躾が必要だな!」
「やめてください!」
私は咄嗟にモップを抱き寄せ、その前に立ちはだかった。
ゴンダの杖から放たれた電撃のような衝撃が、私の肩を打つ。
熱い痛みが走った。けれど、私は退かなかった。
「この子は、商品じゃありません。意思を持った、ひとつの命です。まだブラッシングの途中なんです。終わっていないのに、連れて行くなんて許しません!」
「この、穀潰しがぁ!」
ゴンダが逆上した。
彼は私を蹴り飛ばすと、部下たちに命じた。
「その獣を捕らえろ! あまりに狂暴なら、もういい。焼却処分してやる」
警備員たちが一斉に襲いかかる。
私は床に這いつくばりながら、必死に手を伸ばした。
けれど、モップは冷たい鉄の網を被せられ、無理やり焼却炉の入り口へと引きずられていく。
私の視界が、怒りと悲しみで赤く染まった。
なぜ。
なぜ、この人たちは、こんなに「不潔」なのだろう。
心も、やり方も、言葉も。すべてがドブ川の泥よりも汚れている。
そんな汚い手で、私のモップに触れないで。
私の大切なモップを、これ以上、汚さないで――。
「モップ……っ! 逃げて……!」
叫び声と同時に、モップが焼却炉の燃え盛る炎の中へと放り込まれた。
ゴンダが下劣な笑い声を上げる。
その瞬間。
世界から、音が消えた。
汚れが落ちるたび、その子の姿は変貌を遂げていった。
漆黒の闇だと思っていたそれは、実は、光を吸い込むほどに純粋な、銀の輝き。
泥にまみれた短い脚だと思っていたのは、しなやかで力強い、獣の四肢。
三時間に及ぶ「洗濯」が終わったとき。
そこには、私の膝の高さほどもある、一頭の美しい幼狼が座っていた。
月光を織り上げたような、透き通る銀色の毛並み。その美しさに、私は思わず息を呑んだ。
「……綺麗。あなた、本当はこんなに美しかったのね」
濡れた毛を生活魔法の温風でふわふわに乾かしてあげると、その子は不思議そうに自分の前足を見つめていた。
そして、私の手のひらに、濡れた鼻先をそっと押し当ててきた。
ざらりとした舌の感触。
私は、カバンの中に忍ばせておいた鶏の唐揚げを取り出した。
「お腹、空いてるでしょ? はい、これ。私の夜食だけど、半分こしましょう」
銀色の狼――私は彼を「モップ」と名付けた――は、唐揚げを一口で頬張ると、金色の瞳を細めて、初めて幸せそうに目を細めた。
それからの数日間、私とモップだけの秘密の時間が続いた。
地下の廃棄エリアは、誰も来ない。
私はモップをこっそり広いケージに移し、毎日ブラッシングをして、美味しいものを食べさせた。
モップは私にだけは、お腹を見せて「クゥン」と甘えるようになった。
けれど、一度だけ、掃除に来た別の職員が私を突き飛ばしたことがあった。その時、モップが放った一瞬の気配を、私は忘れない。
背後の空気が、絶対的な零度まで冷えたような感覚。
突き飛ばした職員は、悲鳴すら上げられず、その場に崩れ落ちて失禁した。
私は慌てて彼を介抱したが、モップは澄ました顔で、自分の尻尾を毛繕いしていた。
「もう、モップ。驚いたじゃない!」
私が叱ると、彼は少しだけ申し訳なさそうに、耳を伏せるのだった。
平穏は、突然の爆音と共に破られた。
地下三階の重い扉が蹴り開けられ、何人もの靴音が響き渡る。
「おい、ゴミ清掃員! どこだ!」
現れたのは、ゴンダセンター長だった。
その後ろには、武装した警備隊と、数人のバイヤーらしき男たちが控えている。ゴンダの顔は、焦燥と苛立ちで赤黒く充血していた。
「センター長? 一体何事ですか」
「黙れ! 裏取引のSランク幻獣が、移送中に死にやがった。代わりの『商品』が今すぐ必要なんだ。どこかに見栄えのいい珍種はいなかったか!」
ゴンダは血走った眼で廃棄エリアを見渡した。
そして、彼の視線が、私の足元でくつろいでいたモップに止まった。
「……ほう。なんだ、その獣は」
ゴンダの目が、卑屈な輝きを帯びた。
ブラッシングと栄養満点の食事によって、今のモップは神々しいまでの美しさを放っている。その銀色の毛並みは、地下の貧相な明かりの下でも、自ら発光しているかのように見えた。
「これは……測定不能だったはずのゴミか? まさか、化けたのか。ミヤコ、貴様、こっそり隠し持っていたな!」
「隠していたわけではありません。処分の前に、せめて綺麗にしてあげようと思っただけで……」
「黙れ! この美しさなら、金持ちの貴族に高値で売れる。おい、その犬をこっちへ渡せ」
ゴンダが強引に、私が紐で作った簡易的なモップの首輪を掴もうとした。
その瞬間、モップの喉から、これまで聞いたこともないような不気味な低音が漏れた。
空気そのものが、びりびりと震える。
「……グルアァ……」
「ひっ! な、なんだ、この威圧感は……!?」
ゴンダがたじろぐ。
けれど、彼はすぐに強気を取り戻し、懐から「強制従属の杖」を取り出した。幻獣に苦痛を与えて無理やり従わせる、悪趣味な道具だ。
「生意気な獣だ! 躾が必要だな!」
「やめてください!」
私は咄嗟にモップを抱き寄せ、その前に立ちはだかった。
ゴンダの杖から放たれた電撃のような衝撃が、私の肩を打つ。
熱い痛みが走った。けれど、私は退かなかった。
「この子は、商品じゃありません。意思を持った、ひとつの命です。まだブラッシングの途中なんです。終わっていないのに、連れて行くなんて許しません!」
「この、穀潰しがぁ!」
ゴンダが逆上した。
彼は私を蹴り飛ばすと、部下たちに命じた。
「その獣を捕らえろ! あまりに狂暴なら、もういい。焼却処分してやる」
警備員たちが一斉に襲いかかる。
私は床に這いつくばりながら、必死に手を伸ばした。
けれど、モップは冷たい鉄の網を被せられ、無理やり焼却炉の入り口へと引きずられていく。
私の視界が、怒りと悲しみで赤く染まった。
なぜ。
なぜ、この人たちは、こんなに「不潔」なのだろう。
心も、やり方も、言葉も。すべてがドブ川の泥よりも汚れている。
そんな汚い手で、私のモップに触れないで。
私の大切なモップを、これ以上、汚さないで――。
「モップ……っ! 逃げて……!」
叫び声と同時に、モップが焼却炉の燃え盛る炎の中へと放り込まれた。
ゴンダが下劣な笑い声を上げる。
その瞬間。
世界から、音が消えた。
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