いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(異ファ)幻獣保護センター・廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」は「終焉の獣」だった

第三話 終焉の獣

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 ドォォォォォォン!!

 爆発ではなかった。
 それは、存在そのものが空間を押し広げるような衝撃。
 焼却炉の鉄扉が、まるで紙細工のように弾け飛んだ。
 噴き出したのは、炎ではない。
 すべてを無に帰す、純粋な「虚無」の黒い霧。

「な、なんだ……!? 何が起きている!」

 ゴンダの悲鳴が響く。
 霧の中から現れたのは、小さな幼狼ではなかった。

 天井を突き破り、地下三階から地上の獣舎、さらには遥か上空の雲までを貫く、巨大な銀色の影。
 ビルよりも巨大なその狼は、四本の脚でこの腐った施設を文字通り踏み潰していた。

 周囲の壁が、風圧だけで粉々に砕け散る。
 警備員たちの魔力銃も、防壁魔法も、その巨大な存在の前では羽虫の羽ばたきほどの影響も与えられない。

 銀狼の瞳は、今は燃えるような深紅に染まっていた。
 その背後には、次元の裂け目のような漆黒の穴がたゆたっている。

 それこそが、神話に語られる終焉の象徴。
 世界を喰らい、すべてを虚空へと導く災厄級幻獣――「フェンリル・ヴォイド」。

「ば、馬鹿な……。伝説の……『終焉の獣』だと……!?」

 ゴンダは腰を抜かし、股間を濡らしながら震えていた。
 鑑定結果が「測定不能」だったのは、彼がゴミだったからではない。
 人類が作り出した鑑定システムという矮小な物差しでは、その強大すぎる力を測ることすらできなかったのだ。

 あまりの汚れのひどさに、誰もその本質に気づけなかった。
 ただ一人、それを「汚れ」として丹念に洗い流した、無才の少女を除いて。

『………………』

 銀狼が、ゆっくりと首を下げた。
 その巨大な口が開かれる。
 鋭い牙の一本一本が鋭く輝いている。
 ゴンダは死を悟り、真っ青な顔で天を仰いだ。

「助けて……助けてくれミヤコ! お前のペットだろう!? 止めろ! 止めてくれぇぇ!!」

 銀狼の喉が鳴る。
 すべての汚濁を飲み込み、この不潔な施設ごと消滅させようとする、破壊の咆哮が放たれようとしたその時。

「――こら! モップ!!」

 私の声が、破壊の静寂を切り裂いた。
 
 全員が、凍りついた。
 銀狼も、その動きをぴたりと止めた。
 私は立ち上がり、膝についた泥を払いながら、巨大な鼻先を指差した。

「ダメでしょ、そんな汚いものを口に入れようとしたら! お腹壊すよ!」

 私は一歩一歩、死の気配を撒き散らす獣へと歩み寄った。
 周囲の人間は「正気か」という目で私を見ている。けれど、私にはわかる。
 この子は、ただ怒っているだけなのだ。私を傷つけ、自分を蔑んだ不潔なものたちに。

「それに見て。せっかく綺麗にブラッシングしたのに、そんな大きい姿になったら毛が逆立ってボサボサじゃない。また毛玉になっちゃうよ? いいの?」

 銀狼――モップの瞳が、微かに揺れた。
 彼はしばし、私の顔と、怯えるゴンダを交互に見比べた。
 そして。

「クゥーン……」

 世界の終わりを告げるはずだった巨躯が、しゅるしゅると縮んでいく。
 光の粒子が舞う中で、彼は再び、あのふわふわの銀色の幼狼へと姿を変えた。
 そして私の足元に駆け寄り、ゴロンと横になって「お腹を撫でて」と甘え始めたのである。

「もう……。手がかかるんだから」

 私は溜息をつき、その柔らかい腹毛を優しく撫でた。
 その光景を、生き残った職員たちは、ただ呆然と見守るしかなかった。



 事件の後、幻獣保護センターの腐敗はすべて白日の下にさらされた。
 
「センター長。モップが『ここには不潔な証拠がいっぱいある』って教えてくれましたよ」

 私は、へたり込んだまま動けないゴンダを見下ろした。
 モップが「散歩」と称して地下の壁をいくつか破壊した際、そこから出てきたのは、裏取引の帳簿や、不正な魔力抽出の装置、そして犠牲になった幻獣たちの記録だった。

「助けてくれ、なんでもする! 金ならある! その化け物を遠ざけてくれ!」

「お断りします。私、不潔なものは消毒しなきゃいけないって、教わったんです」

 私は冷ややかに言い放ち、あらかじめ呼んでおいた監査局の人間たちに合図を送った。
 ゴンダは無様に引きずられていき、センターは即座に閉鎖が決まった。



 数ヶ月後。
 私は、王都から遠く離れた静かな山間の村にいた。
 
 窓を開ければ、澄んだ空気と、せせらぎの音が聞こえる。
 そこには、新しく建てた小さな平屋――「ミヤコ幻獣トリミングサロン」がある。

「はい、次の子。入っていいわよ」

 私が声をかけると、入り口から、おずおずと一頭の「魔獣」が入ってきた。
 それは、かつて一つの国を滅ぼしたと言われる「双頭の毒蛇――ヒュドラ」だった。けれど今の彼は、鱗の間に挟まった泥を気にして、ひどくしょんぼりしている。

「あらあら、沼地で遊んできたの? 鱗の間、しっかり磨かないと痒くなるわよ」

 ヒュドラは二つの頭を器用に下げて、私に「お願いします」と挨拶する。
 その足元では、看板犬(?)のモップが、威風堂々と他の待ち行列を監視していた。

 行列に並んでいるのは、どれもこれも「伝説級」や「災厄級」と呼ばれる、世界中から恐れられている魔物たちだ。


 彼らは知っている。
 ここには、どんな強力な魔法よりも心地よい「清潔さ」と、どんな秘薬よりも癒される「ブラッシング」があることを。

 そして何より、自分たちを一つの「命」として扱ってくれる、温かい手があることを。

「もう、みんな泥だらけにして……。順番に並んで! モップ、割り込みしようとした子を注意してあげて」

「ワンッ!」

 モップが誇らしげに吠える。
 私はブラシを手に取り、今日最初のお客さんの鱗を磨き始めた。

 世界を救うとか、滅ぼすとか。そんな大きなことは私にはわからない。
 けれど、目の前の大切な存在を綺麗にして、幸せそうな顔を見ること。
 それだけで、私の毎日は、この銀色の毛並みのようにきらきらと輝いている。

 ――さて、次はトリートメントの準備をしなくっちゃ。


(完)
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