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(異ファ)田舎で幻獣トリミング店を始めた私。捨てられた「ヘドロ」を洗ったら国宝級の聖獣でした
第三話 世界を喰らう獣と、世界を守護する聖獣
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「な、なんだこの威圧感は……! 怯むな、白龍! 攻撃を続けろ!」
サラザールが叫ぶが、白龍はすでに恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた。
その時。
私の後ろの洗い場から、とてつもない量の「光」が溢れ出した。
「メェェェ……」
響き渡ったのは、澄んだ風鈴の音のような鳴き声。
私が今まで洗っていた「ヘドロの塊」――呪いを落としきった「その子」が、天に向かって嘶いた。
現れたのは、雪のように白い毛並み。
金色の炎のようなたてがみ。
そして、五色の光を放つ二本の角。
それは、この国の神話において王家の守護者とされる、伝説の聖獣。
「……き、麒麟……!? 天幻の、麒麟だと……!?」
サラザールのモノクルが地面に落ち、粉々に砕けた。
彼の顔からは完全に血気が失せている。
「なぜだ……! それは王家から行方不明になっていた、我が国最高の至宝……! まさか、私があの時捨てた、あの汚物が……!?」
なるほど。
聖獣はあまりに強大な魔力を持つがゆえに、外敵からの呪いを受けやすく、そのストレスで体表に「魔力の汚れ」を溜め込みやすい性質がある。
それを放置すれば、やがてヘドロのような姿になり、その本質を隠してしまう。
サラザールは、外面の美しさだけを信奉するあまり、汚れた聖獣を「ゴミ」と判断して捨てたのだ。
「メェッ!!」
麒麟――私は「ゾーキン」という仮名を付けていたが――は、私にスリスリと甘えてきた。
洗いたての毛並みは、触れるだけで心が洗われるような極上の手触り。
そして次の瞬間、麒麟はサラザールに向けて、軽蔑に満ちた眼差しを向けた。
「あああ、待ってくれ! 私だ! 私が君を拾ったサラザールだ! さあ、我が元へ戻るのだ!」
サラザールが必死に手を伸ばすが、麒麟が小さく鼻を鳴らすと、そこから「浄化の波動」が放たれた。
その光はサラザールの白龍を包み込み、蓄積していた無理な強化魔法を、強引に剥ぎ取っていった。
「グアァァッ……!」
白龍の体が縮んでいく。
真っ白だった鱗は剥がれ落ち、下から現れたのは、ガリガリに痩せ細った、元は灰色だったであろう小さな龍の姿。
薬品と魔法で無理やり着飾らされていた「飾り物」の化けの皮が、完全に剥がされたのだ。
「ひっ、私の白龍が……こんな、みすぼらしい姿に……!」
サラザールは絶叫した。
けれど、自由になったその小さな龍は、主人の元へ戻るどころか、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
虐待に近い強化を繰り返してきた飼い主に、もはや忠誠など欠片も残っていなかったのである。
静けさが戻った森の中で、サラザールだけが地面に這いつくばっていた。
周囲の伝説級幻獣たちが、一歩、また一歩と彼を囲むように距離を詰める。
彼らの瞳には、自分たちの憩いの場を汚した侵入者への、冷徹な怒りが宿っていた。
「グルルル……」
「モ、モップ、待って。食べちゃダメよ。そんな香水臭いの食べたら、絶対にお腹壊すから」
私がなだめると、モップは「ちぇっ」という顔をして口を閉じた。
けれど、その巨大な前足が、サラザールの目の前にドスンと振り下ろされる。
地響きと共に、彼が乗ってきた魔導装甲車が、飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。
「ひいいいぃっ! 助けてくれ! 悪かった、私が間違っていた!」
「ええ、本当に間違っていましたね」
私はエプロンのポケットから、一枚の紙を取り出した。
「はい、これ。今回の『臨時トリミング代金』および『洗濯物汚損に対する精神的慰謝料』の請求書です」
サラザールの前に差し出された紙には、彼が一生かけても払いきれないような天文学的な数字が並んでいた。
「な、なんだこの額は……! 払えるわけがないだろう!」
「払えないなら、あちらの方々に相談してください。……ちょうど、良いタイミングで来てくれましたね」
森の入り口から、馬の嘶きが聞こえる。
現れたのは、王宮直属の騎士団。
その先頭に立つ団長は、私の店の常連であるグリフォンを連れていた。
「ミヤコ殿、通報に感謝する。……サラザール監査官。貴様には、王家の至宝である麒麟を隠匿し、あまつさえ『汚物』として廃棄しようとした不敬罪、および公金横領の容疑がかかっている。王都へ同行願おうか」
「そ、そんな……! 私は、私はただ……!」
サラザールは抵抗する気力もなく、騎士たちによって連行されていった。
王家にとって、麒麟を捨てたという事実は、死罪に値する大罪だ。
彼が再び華やかな王都の舞台に戻ることは、二度とないだろう。
夕暮れ時。
騒がしかった森に、再び平和な時間が流れる。
騎士団から「ぜひお城で麒麟様をお預かりしたい」という打診があったが、当の麒麟本人が私の足元から離れようとしなかったため、しばらくは私の店で「店番」をすることになった。
「はい、ゾーキン。お水のおかわりよ」
「メェッ!」
すっかり真っ白ふわふわになった麒麟は、モップの背中の上に乗って楽しそうに遊んでいる。
世界を喰らう獣と、世界を守護する聖獣。
そんなとんでもない組み合わせが、私の小さなトリミング店で仲良くお昼寝をしている。
「もう……可愛いなぁ。明日も朝から予約がいっぱいなんだから。二人とも、しっかり寝ておいてね」
私は洗いたてのタオルの香りに包まれながら、幸せな溜息をついた。
どんなに禍々しい呪いも、どんなに絶望的な汚れも。
私のブラシと生活魔法があれば、きっとまた、明日には真っ白に輝くはずだ。
さあ、明日はどの子を洗ってあげようかな。
(了)
サラザールが叫ぶが、白龍はすでに恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた。
その時。
私の後ろの洗い場から、とてつもない量の「光」が溢れ出した。
「メェェェ……」
響き渡ったのは、澄んだ風鈴の音のような鳴き声。
私が今まで洗っていた「ヘドロの塊」――呪いを落としきった「その子」が、天に向かって嘶いた。
現れたのは、雪のように白い毛並み。
金色の炎のようなたてがみ。
そして、五色の光を放つ二本の角。
それは、この国の神話において王家の守護者とされる、伝説の聖獣。
「……き、麒麟……!? 天幻の、麒麟だと……!?」
サラザールのモノクルが地面に落ち、粉々に砕けた。
彼の顔からは完全に血気が失せている。
「なぜだ……! それは王家から行方不明になっていた、我が国最高の至宝……! まさか、私があの時捨てた、あの汚物が……!?」
なるほど。
聖獣はあまりに強大な魔力を持つがゆえに、外敵からの呪いを受けやすく、そのストレスで体表に「魔力の汚れ」を溜め込みやすい性質がある。
それを放置すれば、やがてヘドロのような姿になり、その本質を隠してしまう。
サラザールは、外面の美しさだけを信奉するあまり、汚れた聖獣を「ゴミ」と判断して捨てたのだ。
「メェッ!!」
麒麟――私は「ゾーキン」という仮名を付けていたが――は、私にスリスリと甘えてきた。
洗いたての毛並みは、触れるだけで心が洗われるような極上の手触り。
そして次の瞬間、麒麟はサラザールに向けて、軽蔑に満ちた眼差しを向けた。
「あああ、待ってくれ! 私だ! 私が君を拾ったサラザールだ! さあ、我が元へ戻るのだ!」
サラザールが必死に手を伸ばすが、麒麟が小さく鼻を鳴らすと、そこから「浄化の波動」が放たれた。
その光はサラザールの白龍を包み込み、蓄積していた無理な強化魔法を、強引に剥ぎ取っていった。
「グアァァッ……!」
白龍の体が縮んでいく。
真っ白だった鱗は剥がれ落ち、下から現れたのは、ガリガリに痩せ細った、元は灰色だったであろう小さな龍の姿。
薬品と魔法で無理やり着飾らされていた「飾り物」の化けの皮が、完全に剥がされたのだ。
「ひっ、私の白龍が……こんな、みすぼらしい姿に……!」
サラザールは絶叫した。
けれど、自由になったその小さな龍は、主人の元へ戻るどころか、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
虐待に近い強化を繰り返してきた飼い主に、もはや忠誠など欠片も残っていなかったのである。
静けさが戻った森の中で、サラザールだけが地面に這いつくばっていた。
周囲の伝説級幻獣たちが、一歩、また一歩と彼を囲むように距離を詰める。
彼らの瞳には、自分たちの憩いの場を汚した侵入者への、冷徹な怒りが宿っていた。
「グルルル……」
「モ、モップ、待って。食べちゃダメよ。そんな香水臭いの食べたら、絶対にお腹壊すから」
私がなだめると、モップは「ちぇっ」という顔をして口を閉じた。
けれど、その巨大な前足が、サラザールの目の前にドスンと振り下ろされる。
地響きと共に、彼が乗ってきた魔導装甲車が、飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。
「ひいいいぃっ! 助けてくれ! 悪かった、私が間違っていた!」
「ええ、本当に間違っていましたね」
私はエプロンのポケットから、一枚の紙を取り出した。
「はい、これ。今回の『臨時トリミング代金』および『洗濯物汚損に対する精神的慰謝料』の請求書です」
サラザールの前に差し出された紙には、彼が一生かけても払いきれないような天文学的な数字が並んでいた。
「な、なんだこの額は……! 払えるわけがないだろう!」
「払えないなら、あちらの方々に相談してください。……ちょうど、良いタイミングで来てくれましたね」
森の入り口から、馬の嘶きが聞こえる。
現れたのは、王宮直属の騎士団。
その先頭に立つ団長は、私の店の常連であるグリフォンを連れていた。
「ミヤコ殿、通報に感謝する。……サラザール監査官。貴様には、王家の至宝である麒麟を隠匿し、あまつさえ『汚物』として廃棄しようとした不敬罪、および公金横領の容疑がかかっている。王都へ同行願おうか」
「そ、そんな……! 私は、私はただ……!」
サラザールは抵抗する気力もなく、騎士たちによって連行されていった。
王家にとって、麒麟を捨てたという事実は、死罪に値する大罪だ。
彼が再び華やかな王都の舞台に戻ることは、二度とないだろう。
夕暮れ時。
騒がしかった森に、再び平和な時間が流れる。
騎士団から「ぜひお城で麒麟様をお預かりしたい」という打診があったが、当の麒麟本人が私の足元から離れようとしなかったため、しばらくは私の店で「店番」をすることになった。
「はい、ゾーキン。お水のおかわりよ」
「メェッ!」
すっかり真っ白ふわふわになった麒麟は、モップの背中の上に乗って楽しそうに遊んでいる。
世界を喰らう獣と、世界を守護する聖獣。
そんなとんでもない組み合わせが、私の小さなトリミング店で仲良くお昼寝をしている。
「もう……可愛いなぁ。明日も朝から予約がいっぱいなんだから。二人とも、しっかり寝ておいてね」
私は洗いたてのタオルの香りに包まれながら、幸せな溜息をついた。
どんなに禍々しい呪いも、どんなに絶望的な汚れも。
私のブラシと生活魔法があれば、きっとまた、明日には真っ白に輝くはずだ。
さあ、明日はどの子を洗ってあげようかな。
(了)
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