いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(異ファ)田舎で幻獣トリミング店を始めた私。捨てられた「ヘドロ」を洗ったら国宝級の聖獣でした

第二話 幻獣白龍と洗濯物の汚れ

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 地面に広がる真っ黒なヘドロ。
 それは、ただの泥ではなかった。
 恨み、辛み、絶望。あらゆる負の感情が魔力と混ざり合い、発酵したような「魔力の澱」。

 高名な魔術師が見れば「致死性の呪い」と叫んで逃げ出すような代物だ。

 けれど、私の目には違って見えた。

「……信じられない。あんなに香水をつけて身なりを整えているのに、ゴミの分別もできないなんて」

 私はサラザールが去った方向を、冷めた目で見つめた。
 接収だの停止だのという言葉より先に、私の脳内を占めたのは「汚れへの怒り」だった。

 こんな頑固そうな油汚れを放置するなんて、可哀想に。

「モップ、ごめんね。少しだけ待っていて。……これは、急いで洗わないと落ちなくなっちゃうわ」

 私はバケツを取り出し、その「ヘドロの塊」を丁寧に掬い上げた。
 指先に触れる感覚は、冷たくて、重い。
 けれどその奥底、真っ黒な闇の核に、微かな「きらめき」が見えた。

「大丈夫。今、綺麗にしてあげるからね」

 私はヘドロを洗い場へと運び、特製の「強力重曹ブレンド・聖水仕立て」の洗剤を投入した。

 生活魔法。
 それはかつて私が地下で磨き続けた、ただ一つの武器。

「うわあ……これはひどい。何層にも重なったこの呪い、まるで換気扇の裏の油汚れみたい」

 私はブラシを手に取り、無心で擦り始めた。
 普通なら魂を侵食されるはずの呪詛が、私の生活魔法の前では「しつこい黒ずみ」として落ちていく。

 シュワシュワと白い泡が立ち、黒い汁が排水溝へと流れていく。
 その汁が流れるたび、山奥の森に清涼な空気が戻ってきた。

「あら。この子、実はこんなに可愛い形をしていたのね」

 汚れが落ちるにつれ、ヘドロの中から「形」が現れてきた。
 それは細い足、しなやかな体、そして頭にある二本の小さな角。
 真っ黒だったそれは、洗剤の泡に包まれて、少しずつ、本来の色を取り戻していく。

「あともう少し。最後は、この特製ホワイトニング・リンスで仕上げよっか」

 私は慈しむように、その小さな体を泡で包み込んだ。



 一方、装甲車の中で優雅にティータイムを楽しんでいたサラザールは、苛立ちを隠せずにいた。
 接収を命じた部下たちが、なぜか作業を進められないでいるのだ。

「何をしている! さっさとあの女を追い出せ!」
「は、監査官。それが……その、周りの『幻獣』どもが、我々を睨んで一歩も通してくれないのです……」

 部下が指差す先には、巨大なドラゴンやフェニックスが、低い唸り声を上げて壁を作っていた。
 彼らはミヤコが「トリミングの邪魔」をされることを何より嫌っているのを知っている。

「ええい、無能め! こうなれば私の真の力を見せてやる!」

 サラザールは車から飛び降り、腰に下げた宝玉を掲げた。
 まばゆい光と共に現れたのは、全身が純白の鱗に包まれた、気高い姿の白龍だった。

「見よ! これこそが我が一族に伝わる守護幻獣、高潔なる白龍だ! 貴様らのような汚らわしい野良どもとは格が違うのだよ!」

 白龍が咆哮を上げる。
 けれど、その声を聞いたモップは、面倒くさそうに片方の耳をピクリと動かしただけだった。
 私の目には、その白龍の異変がありありと見えていた。

「……あの、サラザールさんでしたっけ」

 私は洗い場から顔を出し、手に持ったブラシを向けた。

「その龍、ひどい状態ですよ。無理な強化魔法バフを何度も重ねがけして、毛穴……じゃなくて鱗の隙間が魔力のカスで詰まってます。それに、その真っ白な色は天然じゃなくて、強い漂白剤か何かで無理やり白く見せてるだけですよね? 中身の魔力が澱んで、どす黒くなってますよ」

 一瞬の沈黙。
 サラザールの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。

「……貴様、何を知った風なことを! これは我が一族の誇り! 高潔の証だ!」

「そのままじゃその子、魔力循環不全で死んじゃいますよ。一度、徹底的に洗浄クレンジング』しないと」

「黙れぇ! 下賎な獣の飼育屋が私の龍を侮辱するか! 白龍よ、この不潔な店ごと吹き飛ばせ! 『聖光のブレス』!!」

 白龍が口を開け、膨大なエネルギーを溜め込む。
 光の奔流が放たれようとした、その瞬間。

「ワンッ!」

 モップが短く、鋭く吠えた。
 それだけで、放たれかけたブレスは空間ごと「消失」した。
 モップの能力。それは次元を喰らい、虚無へと還す力。
 サラザールの自慢の攻撃は、塵一つ残さず消え去った。

 けれど。

「……あ」

 消しきれなかった微かな煤が、風に乗って、私が干していたばかりの「モップ用のタオル」に付着した。

「…………」

 私は、静かにブラシを置いた。
 私の周囲の温度が、一気に氷点下まで下がったような錯覚を覚える。

「……あなた。今、私の洗濯物を汚しましたね?」

 私の背後に、怒りの黒いオーラが立ち上る。
 モップも、主人の怒りを察して、その巨大な影をさらに大きく広げた。


「洗濯の邪魔をする不潔な人は……お仕置きです」
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