幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾

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ミヤコのその後の物語

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『田舎で幻獣トリミング店を始めた私。捨てられた「ヘドロ」を洗ったら国宝級の聖獣でした。~今さら返せと泣きついても、国の悪徳役人には渡せません~』


 標高の高いこの山奥には、朝露に濡れた森の香りと、透き通った水のせせらぎが満ちている。

 かつて地下の廃棄処理場で「欠陥品」と蔑まれていた私、ミヤコの新しい職場は、この爽やかな風が吹き抜ける小さな平屋だ。
 軒先には『ミヤコ幻獣トリミング』と書かれた手作りの看板。
 そしてその前には、およそ人里離れた山中とは思えないような、異様な光景が広がっていた。

「はい、お次はケルベロスちゃん。左の頭、耳の裏に脂が溜まってますよ?」

「クゥゥ……」

 三つの頭を持つ巨大な地獄の番犬が、私の前で借りてきた猫のように小さくなっている。
 普通の人なら腰を抜かすような凶悪な牙も、今の私にとっては「磨き甲斐のある歯」でしかない。
 私は特製の低刺激シャンプーを泡立て、三つの首を順番にゴシゴシと洗っていく。

 背後では、看板犬のモップ――その正体は世界を喰らう終焉の獣フェンリル・ヴォイド――が、どっしりと座って行列を監視していた。
 並んでいるのは、雲を突くような巨体のワイバーンや、全身から炎を噴き出すフレイムフェニックス。
 彼らはモップの静かな眼光に射抜かれ、震え上がりながら「お座り」と「待ち」を完璧にこなしている。

「うん! 毛並みがふわふわになったわね。お疲れ様。はい、これ、ご褒美のジャーキー」

「ワフッ!」

 三つの頭が同時にジャーキーを頬張り、嬉しそうに尻尾を振って帰っていく。
 その様子を眺めていた次の客、古龍のグラン龍神が「次はワシの番かのう」と首を伸ばした、その時だった。

 静かな森の空気を切り裂くように、けたたましい轟音が響き渡る。
 現れたのは、銀色に輝く最新鋭の魔導装甲車。
 そこから降りてきたのは、真っ白な軍服に身を包み、嫌なほどツンとした香水の匂いを漂わせた男だった。

「ふん。こんな肥溜めのような場所に、不届き者が潜んでいるとはな」

 男は周囲に並ぶ伝説級の幻獣たちを「野良の雑種」を見るような冷淡な目で見下した。
 彼は手にした鑑定モノクル片眼鏡を指先で弄びながら、私の方へと歩み寄ってくる。

「私は王都幻獣管理本部、特級監査官のサラザールだ。ミヤコ。貴様の営業は未認可であるとの通報を受けた。直ちにこの土地を接収し、営業を停止せよ」

 サラザールと名乗った男は、私の返事も待たずに部下たちへ合図を送る。
 部下たちが手際よく、トリミング用の桶やブラシを足蹴にしていく。
 私は怒りで指先が震えるのを感じた。

「営業停止ですって? ここは私有地です。それに、認可なら旧センターが壊滅した際に特例で受けたはずですが」

「あのようなゴミ捨て場の言い分など通用せんよ。特級監査官である私の言葉が法だ。……それよりも」

 サラザールの視線が、私の隣で欠伸をしていたモップに止まった。
 彼の瞳に、隠しきれない強欲の色が混じる。

「その銀狼。なかなかの器だ。管理不届きの罰として、本国で没収させてもらう」

「モップは私の家族です。没収なんてさせません」

「黙れ。平民が。……ああ、そうだ。廃棄処理係だったお前に、おあつらえ向きの『仕事』を恵んでやろう」

 サラザールは装甲車の後部座席から、一つの小さな檻を取り出した。
 その中に入っていたのは、生き物かどうかも判別できない、どろどろとしたヘドロの塊だった。

 悪臭が鼻を突き、周囲の木々がその気配だけで枯れていくような、禍々しい呪いの波動。

「王宮を巣食っていたゴミだ。鑑定不能、生存価値なし。本来ならその場で焼却するのだが、王宮内で殺生はご法度だからな。せっかくだ。廃棄係らしく、これを廃棄するのがお前の最後の仕事だ」

 サラザールは笑いながら、檻の底に溜まっていた「汚物」を私の店の前にぶちまけた。
 地面に広がった黒い粘液は、じりじりと土を焼き、異様な音を立てている。

「さあ、せいぜいその汚物と仲良くするがいい。接収の手続きが済むまでにな」

 彼は優雅に背を向け、装甲車の中へと消えていった。



 地面に広がる真っ黒なヘドロ。
 それは、ただの泥ではなかった。
 恨み、辛み、絶望。あらゆる負の感情が魔力と混ざり合い、発酵したような「魔力の澱」。

 高名な魔術師が見れば「致死性の呪い」と叫んで逃げ出すような代物だ。

 けれど、私の目には違って見えた。

「……信じられない。あんなに香水をつけて身なりを整えているのに、ゴミの分別もできないなんて」

 私はサラザールが去った方向を、冷めた目で見つめた。
 接収だの停止だのという言葉より先に、私の脳内を占めたのは「汚れへの怒り」だった。

 こんな頑固そうな油汚れを放置するなんて、可哀想に。

「モップ、ごめんね。少しだけ待っていて。……これは、急いで洗わないと落ちなくなっちゃうわ」

 私はバケツを取り出し、その「ヘドロの塊」を丁寧に掬い上げた。
 指先に触れる感覚は、冷たくて、重い。
 けれどその奥底、真っ黒な闇の核に、微かな「きらめき」が見えた。

「大丈夫。今、綺麗にしてあげるからね」

 私はヘドロを洗い場へと運び、特製の「強力重曹ブレンド・聖水仕立て」の洗剤を投入した。

 生活魔法。
 それはかつて私が地下で磨き続けた、ただ一つの武器。

「うわあ……これはひどい。何層にも重なったこの呪い、まるで換気扇の裏の油汚れみたい」

 私はブラシを手に取り、無心で擦り始めた。
 普通なら魂を侵食されるはずの呪詛が、私の生活魔法の前では「しつこい黒ずみ」として落ちていく。

 シュワシュワと白い泡が立ち、黒い汁が排水溝へと流れていく。
 その汁が流れるたび、山奥の森に清涼な空気が戻ってきた。

「あら。この子、実はこんなに可愛い形をしていたのね」

 汚れが落ちるにつれ、ヘドロの中から「形」が現れてきた。
 それは細い足、しなやかな体、そして頭にある二本の小さな角。
 真っ黒だったそれは、洗剤の泡に包まれて、少しずつ、本来の色を取り戻していく。

「あともう少し。最後は、この特製ホワイトニング・リンスで仕上げよっか」

 私は慈しむように、その小さな体を泡で包み込んだ。



 一方、装甲車の中で優雅にティータイムを楽しんでいたサラザールは、苛立ちを隠せずにいた。
 接収を命じた部下たちが、なぜか作業を進められないでいるのだ。

「何をしている! さっさとあの女を追い出せ!」
「は、監査官。それが……その、周りの『幻獣』どもが、我々を睨んで一歩も通してくれないのです……」

 部下が指差す先には、巨大なドラゴンやフェニックスが、低い唸り声を上げて壁を作っていた。
 彼らはミヤコが「トリミングの邪魔」をされることを何より嫌っているのを知っている。

「ええい、無能め! こうなれば私の真の力を見せてやる!」

 サラザールは車から飛び降り、腰に下げた宝玉を掲げた。
 まばゆい光と共に現れたのは、全身が純白の鱗に包まれた、気高い姿の白龍だった。

「見よ! これこそが我が一族に伝わる守護幻獣、高潔なる白龍だ! 貴様らのような汚らわしい野良どもとは格が違うのだよ!」

 白龍が咆哮を上げる。
 けれど、その声を聞いたモップは、面倒くさそうに片方の耳をピクリと動かしただけだった。
 私の目には、その白龍の異変がありありと見えていた。

「……あの、サラザールさんでしたっけ」

 私は洗い場から顔を出し、手に持ったブラシを向けた。

「その龍、ひどい状態ですよ。無理な強化魔法バフを何度も重ねがけして、毛穴……じゃなくて鱗の隙間が魔力のカスで詰まってます。それに、その真っ白な色は天然じゃなくて、強い漂白剤か何かで無理やり白く見せてるだけですよね? 中身の魔力が澱んで、どす黒くなってますよ」

 一瞬の沈黙。
 サラザールの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。

「……貴様、何を知った風なことを! これは我が一族の誇り! 高潔の証だ!」

「そのままじゃその子、魔力循環不全で死んじゃいますよ。一度、徹底的に洗浄クレンジング』しないと」

「黙れぇ! 下賎な獣の飼育屋が私の龍を侮辱するか! 白龍よ、この不潔な店ごと吹き飛ばせ! 『聖光のブレス』!!」

 白龍が口を開け、膨大なエネルギーを溜め込む。
 光の奔流が放たれようとした、その瞬間。

「ワンッ!」

 モップが短く、鋭く吠えた。
 それだけで、放たれかけたブレスは空間ごと「消失」した。
 モップの能力。それは次元を喰らい、虚無へと還す力。
 サラザールの自慢の攻撃は、塵一つ残さず消え去った。

 けれど。

「……あ」

 消しきれなかった微かな煤が、風に乗って、私が干していたばかりの「モップ用のタオル」に付着した。

「…………」

 私は、静かにブラシを置いた。
 私の周囲の温度が、一気に氷点下まで下がったような錯覚を覚える。

「……あなた。今、私の洗濯物を汚しましたね?」

 私の背後に、怒りの黒いオーラが立ち上る。
 モップも、主人の怒りを察して、その巨大な影をさらに大きく広げた。

「洗濯の邪魔をする不潔な人は……お仕置きです」



「な、なんだこの威圧感は……! 怯むな、白龍! 攻撃を続けろ!」

 サラザールが叫ぶが、白龍はすでに恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた。
 その時。
 私の後ろの洗い場から、とてつもない量の「光」が溢れ出した。

「メェェェ……」

 響き渡ったのは、澄んだ風鈴の音のような鳴き声。
 私が今まで洗っていた「ヘドロの塊」――呪いを落としきった「その子」が、天に向かって嘶いた。

 現れたのは、雪のように白い毛並み。
 金色の炎のようなたてがみ。
 そして、五色の光を放つ二本の角。

 それは、この国の神話において王家の守護者とされる、伝説の聖獣。

「……き、麒麟……!? 天幻の、麒麟だと……!?」

 サラザールのモノクルが地面に落ち、粉々に砕けた。
 彼の顔からは完全に血気が失せている。

「なぜだ……! それは王家から行方不明になっていた、我が国最高の至宝……! まさか、私があの時捨てた、あの汚物が……!?」

 なるほど。
 聖獣はあまりに強大な魔力を持つがゆえに、外敵からの呪いを受けやすく、そのストレスで体表に「魔力の汚れ」を溜め込みやすい性質がある。

 それを放置すれば、やがてヘドロのような姿になり、その本質を隠してしまう。
 サラザールは、外面の美しさだけを信奉するあまり、汚れた聖獣を「ゴミ」と判断して捨てたのだ。

「メェッ!!」

 麒麟――私は「タオル」という仮名を付けていたが――は、私にスリスリと甘えてきた。
 洗いたての毛並みは、触れるだけで心が洗われるような極上の手触り。
 そして次の瞬間、麒麟はサラザールに向けて、軽蔑に満ちた眼差しを向けた。

「あああ、待ってくれ! 私だ! 私が君を拾ったサラザールだ! さあ、我が元へ戻るのだ!」

 サラザールが必死に手を伸ばすが、麒麟が小さく鼻を鳴らすと、そこから「浄化の波動」が放たれた。

 その光はサラザールの白龍を包み込み、蓄積していた無理な強化魔法を、強引に剥ぎ取っていった。

「グアァァッ……!」

 白龍の体が縮んでいく。
 真っ白だった鱗は剥がれ落ち、下から現れたのは、ガリガリに痩せ細った、元は灰色だったであろう小さな龍の姿。

 薬品と魔法で無理やり着飾らされていた「飾り物」の化けの皮が、完全に剥がされたのだ。

「ひっ、私の白龍が……こんな、みすぼらしい姿に……!」

 サラザールは絶叫した。
 けれど、自由になったその小さな龍は、主人の元へ戻るどころか、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。

 虐待に近い強化を繰り返してきた飼い主に、もはや忠誠など欠片も残っていなかったのである。



 静けさが戻った森の中で、サラザールだけが地面に這いつくばっていた。
 周囲の伝説級幻獣たちが、一歩、また一歩と彼を囲むように距離を詰める。
 彼らの瞳には、自分たちの憩いの場を汚した侵入者への、冷徹な怒りが宿っていた。

「グルルル……」

「モ、モップ、待って。食べちゃダメよ。そんな香水臭いの食べたら、絶対にお腹壊すから」

 私がなだめると、モップは「ちぇっ」という顔をして口を閉じた。
 けれど、その巨大な前足が、サラザールの目の前にドスンと振り下ろされる。
 地響きと共に、彼が乗ってきた魔導装甲車が、飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。

「ひいいいぃっ! 助けてくれ! 悪かった、私が間違っていた!」

「ええ、本当に間違っていましたね」

 私はエプロンのポケットから、一枚の紙を取り出した。

「はい、これ。今回の『臨時トリミング代金』および『洗濯物汚損に対する精神的慰謝料』の請求書です」

 サラザールの前に差し出された紙には、彼が一生かけても払いきれないような天文学的な数字が並んでいた。

「な、なんだこの額は……! 払えるわけがないだろう!」

「払えないなら、あちらの方々に相談してください。……ちょうど、良いタイミングで来てくれましたね」

 森の入り口から、馬の嘶きが聞こえる。
 現れたのは、王宮直属の騎士団。
 その先頭に立つ団長は、私の店の常連であるグリフォンを連れていた。

「ミヤコ殿、通報に感謝する。……サラザール監査官。貴様には、王家の至宝である麒麟を隠匿し、あまつさえ『汚物』として廃棄しようとした不敬罪、および公金横領の容疑がかかっている。王都へ同行願おうか」

「そ、そんな……! 私は、私はただ……!」

 サラザールは抵抗する気力もなく、騎士たちによって連行されていった。
 王家にとって、麒麟を捨てたという事実は、死罪に値する大罪だ。
 彼が再び華やかな王都の舞台に戻ることは、二度とないだろう。

 夕暮れ時。
 騒がしかった森に、再び平和な時間が流れる。

 騎士団から「ぜひお城で麒麟様をお預かりしたい」という打診があったが、当の麒麟本人が私の足元から離れようとしなかったため、しばらくは私の店で「店番」をすることになった。

「はい、タオル。お水のおかわりよ」
「メェッ!」

 すっかり真っ白ふわふわになった麒麟は、モップの背中の上に乗って楽しそうに遊んでいる。

 世界を喰らう獣と、世界を守護する聖獣。
 そんなとんでもない組み合わせが、私の小さなトリミング店で仲良くお昼寝をしている。

「もう……可愛いなぁ。明日も朝から予約がいっぱいなんだから。二人とも、しっかり寝ておいてね」

 私は洗いたてのタオルの香りに包まれながら、幸せな溜息をついた。
 どんなに禍々しい呪いも、どんなに絶望的な汚れも。
 私のブラシと生活魔法があれば、きっとまた、明日には真っ白に輝くはずだ。

 さあ、明日はどの子を洗ってあげようかな。

(完)
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