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ミヤコ幻獣トリミングの、あわあわな一日
第4章:湯上がりのミルクと夕暮れの約束
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夕方の柔らかな陽光がリビングの床に長い影を落とし、窓の外では森の木々が黄金色に縁取られ始めている。
キッチンでは、薪ストーブの上に乗せた小鍋から、甘く懐かしい香りが立ち上っていた。
「さあ、二人とも。お待たせ。焼き立ての熱々よ」
私が運んできたのは、たっぷり注いだ温かなヤギミルクと、蜂蜜を隠し味に練り込んだ星型のバタークッキー。
お風呂上がりで鑑のように輝くカーバンクルは、期待に満ちた瞳で私の手元を見上げている。
「わふんっ」
その隣で、モップが「俺の分はまだか」と言いたげに吠えた。
私が二つの平皿にミルクを分けると、カーバンクルは最初こそモップの巨体に怯えていたけれど、モップが「先に飲めよ」とに鼻先で皿を押し出すと、安心したようにペロペロとミルクを飲み始めた。
「ふふ、仲良くできそうね。綺麗になると、おやつも一段と美味しく感じるでしょう? 汚れと一緒に、嫌な思い出も全部流してしまったんだから」
私は二匹の背中を、交互にゆっくりと撫でる。
モップの毛並みはしっとりと重厚な手触り。対して、カーバンクルの鱗は周りの景色が反射するほどの輝きだ。
(さっきまでの禍々しさが嘘のよう。お風呂上がりのお客さんは、みんなこんなに無垢で、可愛らしい瞳をしている。この瞬間があるから、トリマーはやめられないのよね)
サクサク、とクッキーを噛む小気味よい音が響く。
甘いミルクの湯気が鼻先をくすぐり、戦場のようだったバスルームの喧騒は、遠い昔のことのように感じられた。
太陽が山の端に隠れ、辺りが深い藍色に染まり始めた頃。
突如として、店の空気がぴんと張り詰めた。
ドォン、という重厚な地鳴りとともに、裏庭へ山のような巨大な影が降り立つ。
「あら。こんな時間にお客さんかしら」
私がドアを開けると、そこには言葉を失うほどに荘厳な姿があった。
そこにいたのは、成体の宝石竜。
その鱗の一枚一枚が夕闇の中で虹色に煌めき、吐息には星屑のような魔力の欠片が混じっている。一体で街一つを地図から消し去ると言われる、古の龍だ。
親竜は、伝説の終焉獣であるモップの気配を感じ取り、一瞬だけ鋭い眼光を向けた。
だけれど、私の腕の中でピカピカに磨き上げられ、額のルビーを誇らしげに輝かせる我が子を見て、その殺気は一瞬で霧散した。
古龍は巨大な頭を低く下げ、私に対して深々と礼を示した。
言葉はなくとも、伝わってくる。
大切な宝物を救ってくれたことへの、心の底からの敬意。
「ふふ、気をつけて帰るのよ。また泥んこ遊びをしたら、いつでもいらっしゃいね。次はもっと素敵な香りの泡を用意しておくから」
「きゅうっ!」
カーバンクルは名残惜しそうに私の指を一度だけペロリと舐めると、親竜の背中へと軽やかに飛び乗った。
虹色の光の尾を引いて、二匹の宝石竜は満天の星空へと溶けていく。
その去り際、夜風に乗って、清らかな花の香りがふわりと届いた。
完全に閉店した後の、しんと静まり返ったリビング。
私はランプの淡い光の下で、ラグの上に座り、心地よい疲れに身を任せていた。
王都にあった「幻獣保護センターの廃棄物処理係」として働いていた頃、私の手はいつも油汚れや錆で真っ黒だった。
そこでは、汚れたものは「不要なゴミ」として捨てられる運命だった。
洗えばまだ使えるはずの道具も、病んで毛並みが荒れた幻獣も、効率の名の下に切り捨てられていた。
けれど、今は違う。
この手で、みんなを「本来の輝き」に戻してあげられる。
「ふう、今日も一日、よく洗ったわねえ。モップ、お疲れ様。あなたが協力してくれたおかげで、あの子も助かったわ」
「くぅん……」
モップが寄り添ってきて、私の膝の上に大きな頭を乗せた。
耳の後ろを優しく掻いてあげると、彼は幸せそうに目を細めて喉を鳴らす。
(かつては『不浄』と呼ばれたこの手。けれど今は、誰かを笑顔にするための『清浄』の手。……うん、明日も頑張りましょう)
窓の外には、零れ落ちそうなほどの星々が瞬いている。
明日もまた、どんな「汚れ」を持ったお客様がやってくるだろうか。
どんなに頑固な汚れでも、温かなお湯とたっぷりの泡があれば、きっと道は開けるはず。
「いい匂いね、モップ。お日様と、洗いたての石鹸の匂い。……明日もまた、たくさんのお客様が来るといいね」
「わふっ」
モップが私の頬を、慈しむように一度だけペロリと舐めた。
愛おしい相棒の温もりを感じながら、私は幸せな微睡みの中へと、ゆっくりと沈んでいった。
「不潔なものは許しません。どんな汚れも、どんな呪いも……私が全部、綺麗にしてあげるから」
小さな独白を夜風に預け、私は静かに、今日の最後の一灯を消した。
(完)
ミヤコとモップのどんな物語が読みたいですか?
・街に買い物に行く物語
・お店をお休みして、ちょっと小旅行
など、リクエストを感想コメントで聞かせてくれると嬉しいです。
キッチンでは、薪ストーブの上に乗せた小鍋から、甘く懐かしい香りが立ち上っていた。
「さあ、二人とも。お待たせ。焼き立ての熱々よ」
私が運んできたのは、たっぷり注いだ温かなヤギミルクと、蜂蜜を隠し味に練り込んだ星型のバタークッキー。
お風呂上がりで鑑のように輝くカーバンクルは、期待に満ちた瞳で私の手元を見上げている。
「わふんっ」
その隣で、モップが「俺の分はまだか」と言いたげに吠えた。
私が二つの平皿にミルクを分けると、カーバンクルは最初こそモップの巨体に怯えていたけれど、モップが「先に飲めよ」とに鼻先で皿を押し出すと、安心したようにペロペロとミルクを飲み始めた。
「ふふ、仲良くできそうね。綺麗になると、おやつも一段と美味しく感じるでしょう? 汚れと一緒に、嫌な思い出も全部流してしまったんだから」
私は二匹の背中を、交互にゆっくりと撫でる。
モップの毛並みはしっとりと重厚な手触り。対して、カーバンクルの鱗は周りの景色が反射するほどの輝きだ。
(さっきまでの禍々しさが嘘のよう。お風呂上がりのお客さんは、みんなこんなに無垢で、可愛らしい瞳をしている。この瞬間があるから、トリマーはやめられないのよね)
サクサク、とクッキーを噛む小気味よい音が響く。
甘いミルクの湯気が鼻先をくすぐり、戦場のようだったバスルームの喧騒は、遠い昔のことのように感じられた。
太陽が山の端に隠れ、辺りが深い藍色に染まり始めた頃。
突如として、店の空気がぴんと張り詰めた。
ドォン、という重厚な地鳴りとともに、裏庭へ山のような巨大な影が降り立つ。
「あら。こんな時間にお客さんかしら」
私がドアを開けると、そこには言葉を失うほどに荘厳な姿があった。
そこにいたのは、成体の宝石竜。
その鱗の一枚一枚が夕闇の中で虹色に煌めき、吐息には星屑のような魔力の欠片が混じっている。一体で街一つを地図から消し去ると言われる、古の龍だ。
親竜は、伝説の終焉獣であるモップの気配を感じ取り、一瞬だけ鋭い眼光を向けた。
だけれど、私の腕の中でピカピカに磨き上げられ、額のルビーを誇らしげに輝かせる我が子を見て、その殺気は一瞬で霧散した。
古龍は巨大な頭を低く下げ、私に対して深々と礼を示した。
言葉はなくとも、伝わってくる。
大切な宝物を救ってくれたことへの、心の底からの敬意。
「ふふ、気をつけて帰るのよ。また泥んこ遊びをしたら、いつでもいらっしゃいね。次はもっと素敵な香りの泡を用意しておくから」
「きゅうっ!」
カーバンクルは名残惜しそうに私の指を一度だけペロリと舐めると、親竜の背中へと軽やかに飛び乗った。
虹色の光の尾を引いて、二匹の宝石竜は満天の星空へと溶けていく。
その去り際、夜風に乗って、清らかな花の香りがふわりと届いた。
完全に閉店した後の、しんと静まり返ったリビング。
私はランプの淡い光の下で、ラグの上に座り、心地よい疲れに身を任せていた。
王都にあった「幻獣保護センターの廃棄物処理係」として働いていた頃、私の手はいつも油汚れや錆で真っ黒だった。
そこでは、汚れたものは「不要なゴミ」として捨てられる運命だった。
洗えばまだ使えるはずの道具も、病んで毛並みが荒れた幻獣も、効率の名の下に切り捨てられていた。
けれど、今は違う。
この手で、みんなを「本来の輝き」に戻してあげられる。
「ふう、今日も一日、よく洗ったわねえ。モップ、お疲れ様。あなたが協力してくれたおかげで、あの子も助かったわ」
「くぅん……」
モップが寄り添ってきて、私の膝の上に大きな頭を乗せた。
耳の後ろを優しく掻いてあげると、彼は幸せそうに目を細めて喉を鳴らす。
(かつては『不浄』と呼ばれたこの手。けれど今は、誰かを笑顔にするための『清浄』の手。……うん、明日も頑張りましょう)
窓の外には、零れ落ちそうなほどの星々が瞬いている。
明日もまた、どんな「汚れ」を持ったお客様がやってくるだろうか。
どんなに頑固な汚れでも、温かなお湯とたっぷりの泡があれば、きっと道は開けるはず。
「いい匂いね、モップ。お日様と、洗いたての石鹸の匂い。……明日もまた、たくさんのお客様が来るといいね」
「わふっ」
モップが私の頬を、慈しむように一度だけペロリと舐めた。
愛おしい相棒の温もりを感じながら、私は幸せな微睡みの中へと、ゆっくりと沈んでいった。
「不潔なものは許しません。どんな汚れも、どんな呪いも……私が全部、綺麗にしてあげるから」
小さな独白を夜風に預け、私は静かに、今日の最後の一灯を消した。
(完)
ミヤコとモップのどんな物語が読みたいですか?
・街に買い物に行く物語
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など、リクエストを感想コメントで聞かせてくれると嬉しいです。
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