幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾

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ミヤコはある日、森の中、熊の魔獣さんに出会った

第1章:銀色の背中と、オレンジの香り

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 朝の光が、キッチンの窓からこぼれ落ちていた。
 使い込まれた木のテーブルを淡く照らす光の中で、私は棚の奥に手を伸ばす。
 お気に入りの琥珀色の瓶を傾けてみたけれど、返ってきたのは、からん、スプーンと瓶が当たる、虚しい乾いた音だけだった。

「あら、大変。……お掃除用のオレンジオイル、もう空っぽだわ」

 思わず、小さいため息がこぼれた。
 私のお店――『ミヤコ幻獣トリミング』で欠かせないのは、市販の洗剤ではない。
 頑固な魔獣の脂汚れや、鱗の隙間にこびりついた魔力の澱を根こそぎ浮かせる、自家製の『オレンジ・クリーナー』だ。

 普通の汚れなら、街の雑貨屋さんに売っている石鹸で十分なのだけれど。
 この山奥に来るお客さんの汚れは、どの子も個性的すぎるほど個性的だ。

 地脈の汚れを吸い込んだクリスタル亀さんに、雷を纏ったサンダーバードさん。そんな彼らの「命の輝き」を曇らせる汚れを落とすには、裏山の奥深くに自生する「魔蜜オレンジ」の皮から抽出したオイルがどうしても必要なのだ。

(あのオレンジじゃないと、お得意さんのグリフォンちゃんの羽の付け根のベタつきが落ちないのよね……)

 皮にたっぷりと魔力を蓄えたその果実は、弾けるような酸っぱい香りと共に、どんなしつこい呪いや汚れも解きほぐす力を持っている。
 けれど、その実はとても傷みやすく、魔法で保存しても香りが飛びやすいのが難点。だから、必要になるたびに森へ摘みに行くのが私のルーティーンになっていた。

「わふっ?」

 足元で、銀色の大きな塊が揺れた。
 床で日向ぼっこを楽しんでいた看板犬のモップが、私の独り言に反応して顔を上げている。
 かつては「世界を喰らう終焉の獣」なんて恐ろしい名前で呼ばれていた伝説のフェンリルだけれど、今の彼は、ブラッシングを心待ちにする、ちょっと甘えん坊な私の家族だ。

「モップ、おはよう。ごめんなさいね、起こしちゃった? ……ねえ、今日はお散歩がてら、オレンジの収穫に行きましょうか」

「わふんっ!」

 モップは嬉しそうに立ち上がり、ちぎれんばかりに尻尾を振った。
 ドスドスと床を叩く心地よい振動が、家全体を揺らす。
 私は日よけの麦わら帽子を被り、丈夫な蔓で編んだバスケットを手に取った。

「そんなに張り切らなくても大丈夫よ。まずはあなたの朝ごはんが先。綺麗な体で食べないと、せっかくのヤギミルクに毛が入っちゃうでしょ?」

「くぅん(早く行こうよー)」

 不満げに鼻を鳴らすモップの首元をひと撫でして、私は今日の収穫リストを頭の中で整理した。オレンジの他にも、そろそろお茶にするハーブも補充しておきたい。
 瑞々しい一日の始まりに、私の心も弾んでいた。



 一歩外へ踏み出すと、森は生命の輝きに満ちていた。
 湿った土の清々しい香りと、青々とした葉が擦れ合う音が、耳に優しく届く。
 私はモップの広々とした背中に乗せてもらうことにした。

 よっこらしょ、と跨がった銀色の毛は、いつ触れても驚くほど滑らかだ。
 日だまりの温かさをぎゅっと蓄えたようなその感触は、最高級のシルクよりも心地よい。

「モップ、いつもありがとう。とっても助かるわ」

 私が耳の後ろを優しく掻いてあげると、モップは誇らしげに鼻息を鳴らし、森の獣道を軽やかに進み始めた。

 道中に生い茂る、鎌のように鋭い雑草や、行く手を阻む太い蔓。
 モップが尻尾を一振りするだけで、それらは綺麗に薙ぎ払われ、私のために平坦な道が作られていく。
 彼にとっては「お散歩のついで」の遊びかもしれないけれど、私にとってはこれ以上ない、最高に安全で快適な散歩道になる。

(本当に、モップがいてくれて良かったわ。一人だったら、この茂みを抜けるだけでお昼になっちゃうもの)

「あっ、あそこにあるのは……月見草ね。あとでお茶にしましょう。……あら、こっちには浄化のハーブ。摘んでおいて損はないわ」

 私はモップの背から身を乗り出し、道端の草花を摘んでバスケットに入れていく。
 宮廷の錬金術師たちが見れば「死の呪いを中和する貴重な薬草」として目の色を変えて奪い合うような植物も、私の目には「今日を少し豊かにしてくれる、美味しいお茶の材料」にしか映らない。

 生活魔法のコツは、どんなに強大な魔力を秘めたものも、身近な「生活の一部」として捉えること。
 そうすれば、魔法はもっと素直に、私たちの暮らしに馴染んでくれる。

「ねえモップ、見て。あっちの木に、小さな鳥さんが巣を作ってる。今日はとっても穏やかな日ね」

「わふっ(あるじが楽しそうなら、それでいい)」

 モップは短い鳴き声で答え、私の膝に大きな頭を一度だけ擦り寄せた。
 森の奥へ進むほど、空気は冷たさを増し、代わりに甘酸っぱい、弾けるような芳香が漂い始めた。

「さあ、見えてきたわ。『オレンジの楽園』が!」

 光の粒が舞う森の向こう側で、オレンジ色の果実たちが、お祭りの提灯のように輝いていた。


――――――ଘ(੭ˊウ​ˋ)੭✧あとがき✧――――――

今日、あと1話くらい投稿できるかなぁ。
頑張ります!
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