幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾

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王都へお出かけ編

第2話:白銀の巨獣、王都の門を潜る

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 山あいの柔らかい土を踏み締める感覚から、硬く、冷ややかな感触へと変わった。
 白く磨き上げられた石畳の街道。そこには、王都ノザリアへ向かう数多の馬車や旅人たちの足音が、乾いたリズムを刻んでいる。
 
 遥か前方には、空を突くような白亜の外壁がそびえ立っていた。王都の正門――『黎明門』だ。
 陽光を跳ね返すその姿は、いつ見ても圧倒的な威容を誇っている。
 
(……ああ、やっぱり王都は、遠くから眺めるよりもずっと大きく感じるわね)
 
 風に乗って、幾重にも重なった匂いが届く。
 焼きたてのパンの香ばしさ、異国の香辛料の刺激的な香り。それらが、人の熱気と混ざり合い、一つの巨大な流れとなって押し寄せてくる。
 
「グルル……」
 
 私の下で、モップが喉の奥を鳴らした。
 中型犬サイズに抑えているとはいえ、その体躯は普通の狼よりも遥かに大きく、白銀の毛並みは街の喧騒の中で異様なほどに目立っている。
 モップは都会特有の雑多な魔力を感じ取り、不機嫌そうに耳を伏せた。
 
「ふふ、そんなに鼻の頭に皺を寄せないの、モップ。少しの間だけ我慢してね」
 
 私は身を乗り出し、彼の大きな頭を優しく撫でた。
 指先から伝わる彼の熱は、都会の無機質な空気の中で、何よりも私を安心させてくれる。
 
「お仕事が終わったら、奮発して市場で一番の串焼きを買ってあげるから。……ね? モップの大好きな、あのジューシーなお肉よ」
 
「わふん……」
 
 お肉という言葉に、モップの尻尾が一度だけ、バフッと石畳を叩いた。
 現金なところも可愛いわね、なんて思いながら、私は再び王都の門へと視線を向けた。



 黎明門が近づくにつれ、街道の空気は目に見えて強張っていった。
 
 本来なら通行許可証を検分するための列ができているはずなのに、私たちが近づくと、人々は波が引くように道を開けていく。
 その視線には、畏怖と戦慄が混じり合っていた。
 
「な、なんだ……あの幻獣は! 災害級……か!?」
 
 門の前に立っていた一人の若い門番が、裏返った声を上げた。
 彼は顔面を蒼白にし、震える手で槍を構えた。背後の警鐘へと手を伸ばそうとする彼の瞳には、死の恐怖が張り付いている。
 
「戦闘準備! 総員、戦闘準備――」
 
 彼の絶叫が響き渡ろうとしたその時。
 隣にいた髭面のベテラン門番が、無造作にその槍の穂先をぐい、と押し下げた。
 
「落ち着け。馬鹿野郎、槍を下げろ」
 
「な、何を言っているんですか先輩! あんな怪物が、娘を連れて……!」
 
「お前は今月から配属されたばかりだから知らんだろうが、あの方は宮廷幻獣飼育官、ミヤコ殿だぞ」
 
「ええ? あんなに若いのに……。幻獣、あの連れている幻獣は一体……」
 
 ベテラン門番は新人の言葉を遮り、私に向かって丁寧な会釈を返した。
 
「失礼いたしました、ミヤコ殿。今月の新人が少々騒がしくて。……さあ、通行証のご提示を」
 
「こんにちは、ご苦労様です。いえ、毎月のことですから気にしないでくださいね」
 
 私は微笑みながら、モップの背から降りた。
 新人の門番は、私のあまりに穏やかな挨拶と、その足元で欠伸をする白銀の巨獣の対比に、ただ口をパクパクとさせている。



 私は鞄の奥から、純銀の台座に金で縁取られたプレートを取り出した。
 それは、ノザリア王国の幻獣管理庁が発行する、特別な身分証。
 
「こちら、通行証です」
 
 差し出されたプレートを受け取った新人の門番が、二度見どころか三度見をして硬直した。
 プレートの表面には、複雑な魔導術式で描かれた紋章が、太陽の光を受けて眩しくまたたいている。
 
「こ、これは……アルドス大賢者様の、直印入りの……特例証……」
 
 新人の声が震えていた。
 このプレートは、ただの身分証ではない。王国における最上位の専門職であることを示し、あらゆる検問を無条件で通過できる、言わば国家の特権を持つものだ。
 
「あ、あの方があの……かつて幻獣保護センターの闇を暴き、この国を震撼させた『伝説の飼育官』……」
 
 新人の囁きが聞こえてくるけれど、私はそんな大げさな名前には少しだけ首を傾げる。
 私はただ、汚れている幻獣たちを洗ってあげていただけ。
 それがあの結果を招いただけなのに、王都の人たちはどうしてこうも、物事を難しく捉えたがるのかしら。
 
「はい、確かに確認いたしました。ミヤコ殿、どうぞお通りください! ……おい、お前も敬礼しろ!」
 
 ベテランに促され、新人の門番は崩れるように最敬礼を捧げた。
 
「も、申し訳ありませんでした! どうぞ、お気をつけて!」
 
「ふふ、ありがとうございます。お仕事、頑張ってくださいね」
 
 私は再びモップの背に跨がり、ゆっくりと門の中へと足を踏み入れた。
 背後で新人の門番が「あの銀色の毛……近くで見ただけで意識が飛びそうでした……」とふらついているが聞こえたけれど、私は聞こえなかったふりをして、都の喧騒へと飛び込んでいった。



 門を潜った瞬間、音と色の暴力が私を襲った。
 
 立ち並ぶ極彩色の露店、空を飛び交う伝書幻獣の羽音。
 そして何より、石畳を埋め尽くす人、人、人。
 
 王都ノザリア。
 かつては私を「欠陥品」として追いやったこの都も、今では私の「研修」を心待ちにする人々で溢れている。
 
「グルゥ……」
 
 モップの尻尾が、これ以上ないほど下がっていた。
 行き交う人々の視線、騒音、そして何より不潔な人間の欲望や感情が入り混じる都会の空気が、彼の鋭すぎる感覚を酷く苛立たせている。
 
「ごめんね、モップ。ちょっとうるさいわね」
 
 私は身を乗り出し、彼の大きな首筋に指を沈めた。
 生活魔法の微かな温もりを、指先から流し込む。
 
「でも、私がついているから、大丈夫よ。ほら、深呼吸して。山で摘んだオレンジの香りを思い出して?」
 
 私の指先から伝わる安らぎが、モップの心を少しずつ解きほぐしていく。
 モップは一度だけ、信頼を込めて小さく「わふっ」と応え、再び誇らしげに顔を上げた。
 
 都会の波の中、白銀の光を放つ一頭の獣と、一人の少女。
 その光景は、道行く人々を惹きつけずにはいられない。
 
「さあ、まずはアルドス様のところへ挨拶に行きましょう。美味しいお茶とお菓子が、きっと私たちを待っているわよ」
 
 夕陽を背負った王都の街並みが、美しく茜色に染まっていく。


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