幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾

文字の大きさ
33 / 44
ミヤコ幼少期編

第4話:ロシロ村の日常と、同年代のともだち

しおりを挟む

 ロシロ村を囲む深い森が、最も鮮やかな深緑に染まる季節が巡ってきた。
 頭上の空はどこまでも高く、突き抜けるような青。吹き抜ける風には、乾いた土と、力強く芽吹く若草の匂いが混じっていた。

 ジョゼクの家の前では、小さな少女が一人、一心不乱に手を動かしていた。

(ここを、こうして……よし、あともう少しね)

 ミヤコは玄関先の石段に屈み込み、使い古した雑巾で一段ずつ丁寧に拭き上げていた。
 あの日、泥だらけの山道から救い出されてから数ヶ月。彼女にとって「お掃除」は、もはや単なる習慣ではなく、崩れそうになる自分の心を支える、祈りのような儀式となっていた。

 石畳が陽光を浴びて、うっすらと白く輝き始める。その磨き上げられた表面に、自分の影が映るのを見て、ミヤコは小さく満足げに頷いた。

「……ミヤコ。石段はもう十分だ。……お前の髪より光ってるぞ」

 背後から響いた、地響きのような低い声。
 振り返ると、仕事道具の手入れを終えたジョゼクが、強面の顔に微かな苦笑を浮かべて立っていた。

「でも、ジョゼクさん。隅っこの方に、まだ砂が残っていたの。不潔なまま夜を迎えるのは、石段さんも可哀想でしょう?」

「……石段の気持ちか。相変わらずお前さんは、目の付け所が他の奴らとは違うな」

 ジョゼクは大きな掌でミヤコの頭を不器用になでた。その手は固く、驚くほど温かい。

「今日は天気がいい。村の広場に同年代の子供たちが集まっているはずだ。たまには掃除の手を休めて、お天道様の下で騒いできな。……泥にまみれるのも、子供の仕事だぞ」

「騒ぐ……? お掃除じゃなくて、泥まみれになるの?」

 ミヤコは不思議そうに小首を傾げた。彼女にとって、外の世界はまだ眩しすぎて、どこか恐ろしい場所だった。けれど、ジョゼクの期待を裏切りたくないという想いが、彼女の背中をそっと押した。

「……うん。この子も一緒に、連れて行っていいかな」

 ミヤコが抱き上げたのは、ジョゼクが端材を削って作ってくれた、小さなユニコリザードの木彫り人形だった。
 ミヤコはそれを、自分の宝物のように大切に抱きしめ、軽い足取りで広場へと歩き出した。



 村の中心にある広場には、十人ほどの子供たちが集まっていた。
 彼らは木の棒を剣に見立て、石ころを魔獣に見立てて、元気いっぱいに駆け回っている。

「おーりゃあ! 食らえ、必殺の騎士斬りだ!」

「ぎゃーっ、やられたー!」

 子供たちの中心で指揮を執っているのは、鼻の頭にそばかすを散らした少年、レオだった。
 彼らは汗にまみれ、膝を真っ黒にして地面を転げ回っている。

 ミヤコはその喧騒から少し離れた場所に立ち、呆然とその光景を見つめていた。
 彼女が着ているのは、ジョゼクが特別に用意してくれた、一点の曇りもない白いワンピース。髪には、あの時もらった鮮やかな赤いリボンが結ばれている。
 その清らかな姿は、泥だらけの子供たちの中で、まるで迷い込んだ一羽の白鳥のように浮き上がっていた。

「おーい、ジョゼクおじさんのとこの居候! 何ぼーっと立ってるんだ?」

 レオがミヤコに気づき、土足のまま近づいてきた。
 ミヤコは、彼が歩くたびに舞い上がる土埃に、思わず一歩後ずさった。

「こんにちは、レオ……君。……皆さん、随分とお洋服を汚してるのね。お母様に叱られないのかしら」

「は? 何言ってんだよ。騎士なら泥なんて恐れちゃいけねーんだぞ! ほら、お前も仲間にいれてやるよ。……なんだ、そのトカゲ? ユニコリザードじゃんか」

 レオの視線が、ミヤコの手元の人形に止まった。

「これは、私の大切なお友達なの」

「へっ、そんなピカピカじゃ強そうに見えねーよ。もっと傷だらけで汚れてる方が、戦い抜いた騎士の幻獣っぽくて格好いいんだぜ! よし、お前ら、『泥砲撃』だ! ぶつけろ!」

「えっ、待って、だめ……っ!」

 ミヤコの制止も虚しく、レオの合図で子供たちが泥を固めて作った爆弾・・を一斉に投げ込んだ。
 ベチャッ、という嫌な音がして、ミヤコの腕の中にある人形の背中に、湿った黒い泥がべったりと付着した。



(あ……、そんな。……あんなにピカピカだったのに……)

 人形にこびりついた泥。それが、彼女には耐え難い「痛み」のように感じられた。
 レオたちは「やった、命中だ!」と無邪気に笑っているけれど、ミヤコの瞳には、絶望にも似た悲しみが宿っていた。

 彼女は何も言い返さず、人形を抱えたまま、弾かれたように広場を飛び出した。
 背後から「なんだよ、ノリが悪いなぁ」「変なやつ」という声が聞こえたけれど、今の彼女にとって大切なのは、腕の中のお友達・・・を救うことだけだった。

 村の端を流れる、清らかな小川。
 ミヤコは川べりの平らな石に座り込むと、指先を冷たい水に浸した。

「ごめんね。今、綺麗にしてあげるから。……すぐに、お顔も背中もピカピカに戻してあげるわ」

 ミヤコは、指の腹を使って、丁寧に泥を撫で落としていった。
 水の中で泥が溶け出し、下から再び美しい木目が現れる。その変化を見つめているうちに、彼女の早鐘を打っていた鼓動が、次第に穏やかな凪へと変わっていく。

 そこへ、後を追いかけてきたレオたちが姿を現した。

「お前、本当に洗ってるのかよ。そんなの、放っておけば乾いて落ちるのに」

 レオは不思議そうに覗き込んできた。

「不潔なままなんて、この子がかわいそう。見て。……こんなに嬉しそうな顔に戻ったでしょう?」

 ミヤコが掲げた人形は、水に濡れて宝石のようにしっとりと輝いていた。
 彼女の表情には、先ほどまでの怯えはなく、凛とした誇りが満ちていた。

「……ふーん。やっぱりお前、変な奴。きれい好きなんて、俺たちとは全然違うよ。……行こうぜ、あいつと遊んでもつまんねー」

 レオたちは呆れたように去っていった。
 「変な子」。
 その言葉は、けれどミヤコの心に傷を残すことはなかった。むしろ、自分が他人とは違う「何か」を大切に持っていることの、証左のようにさえ感じられた。



 一人残された川辺。
 陽が傾き始め、空は淡い茜色に染まりつつあった。川面には金色のまたたきが躍り、世界は一瞬のしじまに包まれる。

 ミヤコは、濡れた人形をじっと見つめた。

(このままじゃ、木が傷んでしまうわね。……乾いてほしいのに)

 そう願って、人形を両手でそっと包み込んだ、その刹那だった。

 ふわっ、と。
 ミヤコの小さな手のひらから、淡い桃色の光と共に、春の陽だまりのような温かな風が漏れ出した。
 彼女自身も気づかないうちに、生活魔法の「乾燥」が発動したのだ。

 濡れていた人形は、瞬く間にさらさらとした、吸い付くような感触を取り戻していった。
 その実、人形の表面からは不純物も水分も完全に消え去り、鮮やかな輝きを放っている。

「……わあ。温かい……」

 ミヤコは自分の手のひらを見つめ、それから人形を愛おしそうに頬に寄せた。
 こうして「綺麗にすること」で得られる、胸の奥がすっと軽くなるような感覚。
 それは、世界中で自分だけが知っている、特別な魔法に感じられた。



 家路につくと、玄関先ではジョゼクが待っていた。
 ミヤコは駆け寄り、胸に抱いたピカピカの人形を彼に見せた。

「おかえり。……なんだ、随分と晴れやかな顔をしているな。泥遊びは楽しかったか?」

「いいえ、ジョゼクさん」

 ミヤコは弾けるような笑顔で、凛と答えた。

「泥落とし遊びを、してきたの。……とっても、たのしかったわ!」

 ジョゼクは一瞬、目を丸くしたが、すぐに大きく肩を揺らして笑った。

「……くっ、ふふふ! そうか、お前らしいな、ミヤコ」

 夕焼けに染まるロシロ村。
 村人たちとは違う道を歩み始めた少女の足跡は、どんな石畳よりも清らかに、黄金の光を弾きながら続いていた。

「さあ、お湯が沸いているぞ。……夕食の前に、お前もピカピカに洗ってきな」

「はい!」

 山あいの静かな夜に、清潔な石鹸の香りがふわりと溶けていった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

さよなら王子、古い聖女は去るものなのです

唯崎りいち
恋愛
元聖女の私は、自分が無能だと思い、有能な新しい聖女に任せるために王都を去ることを選んだ。しかし幼なじみの王子は、私を追いかけてくる。王子の真剣な想いと、自分の無自覚な力が国や人々に影響を与えていることに気づき、私は王都へ戻る決意をする。こうして二人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれる――自己評価の低い少女が本当の価値と愛に気づく、ハッピーラブファンタジー。

処理中です...