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22 思惟
しおりを挟むリンは、数日おきに森田家を訪問している。
冷凍シラスと氷を鞄に詰めて。
毎回、母親が玄関まで出てきてくれ、彩香の部屋まで案内してくれる。
彩香は、約束の時間が来る1時間以上前からソワソワして落ち着かないが、10分前位になると自分の部屋の中でリンの来訪をじっと待っている。
1時間程度の訪問が終わると、リンは圭子が用意してくれたお茶を飲み、今度は母親と世間話をしたりしながら彩香との会話の内容を聞かせる。
マルセリーノがスイッチを入れた言語自由発声装置、緊急事自由行動装置、が発動している。
但し、スイッチのオンとオフも自動で切り替わることを恐れながら。
リンは彩香の話をしながらも、時々、民生の事を聞いてみたりしている。
圭子の心の扉は固く閉ざされている様ではあるが、一方では、開きたいと思っている様でもある。
無理にこじ開ける様な事をすれば、それこそ大惨事になりそうであるが、そこは女同士の会話でうまく避けながらの会話である。
この時ばかりは、リンの中にマルセリーノが居たなら、完全にと言って良いほど、お手上げ、である。
この日も彩香の部屋での会話は、ぺペンギンとの会話になる。
リンを通じての会話に彩香も慣れてきている。
何故なら、リンは彩香の部屋を出る時にぺペンギンをちゃんと置いて行くからである。
「彩ちゃん、まだ胸の中のお父さんやお母さんの声が聞こえる?」
喋っているのは、リンを通じてのマルセリーノである。
「うん、ときどきね」
「そう、どんな時に一番よく聞こえてくるの?」
ぺペンギンの口調が程よく緩和されて、いや完全に変換されて彩香に話しかけている。
「みんな、だまっているときだよ」
「その声は、聞こえた方がいい? それとも聞こえない方がいい?」
「たのしいこえはききたいけど、かなしいこえのほうがおおいから、ききたくないの」
「そうね、分かったわ。今日は先生のお話をちょっとだけ聞いてくれるかな?」
「うん、いいよ」
リンの中のぺペンギンは、少し目が潤んでいる。
この異星人、地球の美的基準を彼なりに理解してからは、子供の素直さに弱い。
「少し、難しいお話なんだけどね、分からなくても良いから、聞いててね!」
「うん、あやか、おはなしきくのもすきだよ」
「ありがとう。じゃぁね、思惟、っていう言葉なんだけどね」
「しいしゅい?」
「そう、思惟。言葉は覚えなくてもいいからね」
「うん、しいしゅい」
「これね、深ーく深ーく、心を眺めるっていう意味なんだけどね。もっと簡単に言うとね、彩ちゃんが何かの声が聞こえたり、何かが見えたりした時にね、それを聞いたり、見たりしないでね、彩ちゃんが一番嬉しくなる様なことを想像してみるの。分かるかな?」
「うん、あやか、きこえない、みえない」
「そうよ、嫌なもの、聞きたくないもの、見たくないものを追っ払うの」
「あははは、おっぱらう!」
「そう! それでね嬉しくなる様なことを、嬉しくなる様にするには、どうしたらいいかなぁ、って考えるの」
「うれしいこと、だーいすき」
「よかった。実はね、半跏思惟像って言うのがあってね」
「はんかしゆいぞう?」
「少しだけ笑ってる菩薩さんなの」
「ぼさつさん?」
「そうよ、お空に居てる神様みたいな感じかな?」
「ふーん?」
「その、ぼ・さ・つ さんを見るとね、みんな、どうして笑ってるんだろう。何か良い事があるからかなぁってね、みんなで楽しくなれる様なことを考えてしまうの。彩ちゃんは、やってみれるかな?」
「うん、しゅうちゅう!」
彩香は、そう言って真顔になり、
どう言う訳か? ほっぺたを膨らませて唇を尖らせる。
彩香なりの集中のポーズのようだ。
「うふふ、それでいいわ」
そう言って、何故かリンも真顔になり、ほっぺたを膨らませて唇を尖らせる。そして、二人が目を合わせると、
「ぷはっ」
今まで口の中に溜めていた空気を一気に吐き出し、二人はお腹を抱えて大笑いした。
但し、大笑いしたのは彩香とリンであって、リンの中に居るぺペンギンは笑うどころか、涙でクシャクシャになった顔を小さな翼で、ひたすら拭っている。
この幸せそうな風景こそ家族と呼べるのではないか?
マルセリーノは一人呟くと、
(もう嫌やー、こんな役。とっとと辞めんと身体中の水分無くなってまうやないかーい。)
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