紳士の条件

織風 羊

文字の大きさ
3 / 12

2、梅本一義の場合

しおりを挟む


 特に勉強ができたという訳でもない。
ただ飼っていた犬が死んだ。
死と初めて直面した瞬間だった。
高校生としては当然ながら人生の経験も少なく、多くの悲しみを何度も乗り越えてきたと言うわけでもない。
だから死というものを深く考えることができる筈もなかった。
然し彼の心は多感な部分が多く、其の分、傷つきやすい性格でもあった。
暫くして飼い犬と過ごした日々が少しずつ浮かんでは消え、そんな日々が続いた。
彼は思った。
こうして飼い犬と過ごした日々が蘇っては来るが、大好きな犬と過ごした日々は、今は無い。
死とは、そういうことなのか? 
若しも自分が死んだら、思い出してくれる人はいても、死後の世界が有ったとしても、この世界で生きていた自分は無くなる。
それは自分の存在全てが無くなり、其れ以外のものは、いつもと変わる事なく時間が過ぎていくものだろうと。
そして思う。
この世界から自分という全てのものが無くなるのなら、どんなに恥ずかしい思いをしても、どんなに汚れる様な生き方をしても、全てが無くなるのなら、そんな事実に苦しむ事もなく、悲しむ事もなく、一生懸命に生きていけばいいじゃないか?
 
彼が医学部を目指したのは、そんな理由からだった。
例え其れが根本的な理由ではなくとも将来を考えてみるきっかけになったことは確かだ。
通っていた高校は有名な進学校でもなく、彼自身も優等生という訳ではなかった。
がむしゃらに勉強するしかなかった。
其れでも医学部合格には手が届くには至らなかった。
そんな矢先に大きな地震が街を襲った。
被害は甚大なものであった。
建物という建物が崩壊した。
そして人々の生活も。
決して消してしまうことの出来ない悲しみに包まれ、恐怖の意味を知った。
高校へ通うことなど夢にも思えない状況であったし、彼自身も進学の夢を諦めていた。
そんな日々を過ごしていたある日、近隣の街で被害の少なかったビルの何室かを開放して無料で授業を行うという知らせが届いた。
全国にチェーン展開している有名な進学塾が進学を目指す高校生の為にチャンスを与えたのである。
彼は志願した。
どうしても進学したいという気持ちからではなく、こんな時だからこそ何かをしなければ、そんな思いで入った進学塾だが、進学することを前提にした授業は彼にとって充分だった。
再び医学部への思いが蘇ってきた。
講師陣は震災被害の全くなかった他府県から集まってきた進学のためのプロ集団だった。
そして、其の効果は的面に現れた。
どの大学の医学部を受験するか照準を合わせ始めた秋、どこかぎこちないが落ち着いた感じでゆっくり歩いてくる一人の男が声をかけてきた。市木清田である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。  

処理中です...