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7巻
7-2
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最強の臨時パーティ
皆が依頼に向かうのを玄関で見送った次の日の夕方頃。
暁にリークさんがやって来た。
夕食の時間帯だったこともあり、僕は最初にリークさんに食事を済ませたか聞いてみた。
「まだ食べてないっす!」
その言葉を聞いて、僕はリークさんに夕飯をご馳走しようと決めた。
リークさんがリクエストしたメニューを作ってあげると、大量にあった食事がほぼ全て彼のお腹に消えた。
そして食べ終わったタイミングで、リークさんが口を開く。
「師匠、例のダンジョンに行く前に、師匠の今の実力を知っておきたいんすけど」
「僕の今の実力……ですか」
「はい。師匠と一緒にダンジョンに行ってからだいぶ期間が空いてるっすからね。今、どれくらい戦えるのか知っておきたいんっす」
「なるほど……実力の確認は、剣での稽古とかですか」
「そうっすね」
そういうことなら、日々ラグラーさんやケルヴィンさんから同じような形でしごかれているから、慣れている。
でも、Sランクの人直々の手ほどきか……ちょっと怖いかも。
僕がそう身構えていると、リークさんがニコリと笑う。
「実力を見たいってのは、師匠に対する俺の護衛レベルを決めるためっす」
詳しく聞くと、もしもリークさんの中で一定基準の強さにないと思ったら、ギルドでのお仕事よりも僕の身の安全を優先するようにギルマスさんから言われているとの話だった。
「それって、僕がお仕事の邪魔になるんじゃないですか?」
僕がそう聞くと、仕事自体は他のギルド職員もダンジョンに向かっているから問題はない、と答えてくれた。
「まぁ、大丈夫っすよ。少し前の師匠の実力は見せてもらったことがあるっすけど、あの時点でも悪くなかったっす。もしさらに強くなっていたなら、俺が常時近くにいる必要もないっすからね!」
「あはは~、なるほど」
ということは、ちょっと前の実力だと完全に護衛が必要な存在だと認識されているのでは……
それだと足手まとい以外の何ものでもない。
今回は暁からは僕一人だけ。自分の身は自分で守れるようにしないと。
「あの、それで……いつやりますか?」
「そうっすね、出来れば早めに……明日にでもダンジョンに行きたいんで、この後とかどうっすか?」
「分かりました。いいですよ」
流石に食べたばかりに激しい運動はよくないので、食後の休憩を少し挟んでから、僕はリークさんと外へ出た。
いつも皆で剣の稽古をする場所にやって来た僕達は、お互い少し離れたところに立った。
夕方を過ぎても空はまだ明るく、お互いの姿がしっかり見える。
「さてと……それじゃあ、どこからでもかかってこいっす、師匠!」
「よろしくお願いします!」
リークさんは、右手に剣を持ち、肩幅に足を広げて立っているだけのリラックスした状態だ。
でも少し見ただけで、まったく隙のない構えということが分かる。
僕個人の実力を知りたいという話だったので、今回は使役獣の力を借りないルールだ。
ハーネやライは僕達から離れて、お行儀よく座って観戦している。
ちなみに、リークさんは植物を自在に操る『魔植物使い』としての能力は一切使わないと言ってくれた。
一方の僕は、使役獣以外なら魔法薬でもアイテムでも何を使ってもいいという話だ。
僕はお言葉に甘えて、深呼吸を一つしてから、さっそくタブレットのアプリ――『傀儡師』を起動する。
このアプリは、選択した対象を自分の思う通りに動かせるというもの。自分に使えば、戦闘時の身体の動きが最適化されて、僕が考えるより早く、その場に合わせて自動で身体を動かす優れものだ。
起動した瞬間、僕の右手が動き出す。
魔法腕輪の中から、ケルヴィンさんから貰い受けた一振りの剣を取り出す。
「そんじゃ、始めるっす!」
僕が剣を鞘から抜くのと、リークさんの開始宣言が同時だった。
その瞬間、僕の足が地面を力強く蹴り、余裕の表情で立つリークさんに向かって、姿勢を低くしながら駆け寄る。
――周囲の視界が高速で流れていく。
僕の体は正面突破するように見せかけて、リークさんの間合いに入らないギリギリのところで、彼の後ろへと回り込んだ。一気に剣を振り下ろす。
ヒュンッと空気を切り裂く音と同時に、キンッと、剣と剣がぶつかり合う音が響く。
ふと自分の剣先を見れば、リークさんは立っていた位置から微動だにしていない。
剣を持っていた右手を少し動かしただけで、僕の攻撃を難なく防いでいた。
ここまでやったのに……マジっすか。
「おぉ、いい動きっすね!」
リークさんは僕の方を振り向いてそう言うと、回し蹴りを放つ。
僕の身体は両腕をクロスして攻撃を防いだが、凄い勢いで後ろへと吹っ飛ばされた。
飛ばされている途中でクルリと宙返りしてから、地面に足を着けて勢いを殺す。
リークさんから、十分な距離をとった。
ふと空中に浮かぶタブレットの画面を見れば、痛み止めと傷や骨折を治癒する魔法薬がガンガン消費されているのが見えた。
感触は軽く蹴られたような感じだけだと思ったけど、実際のダメージが酷い。
それでも実力の半分も出していないんだろうな……
傷が癒えると、すぐに僕の体がリークさんへと向かっていく。
それから、リークさんに向かって一時間以上戦いを挑んでいたんだけど……
それ以降も大したダメージは与えられず、軽~くあしらわれただけだった。
『傀儡師』を使っても、いろんな魔法薬を使っても、僕はリークさん相手に手も足も出なかった事実に呆然とする。
リークさんが戦闘前と表情一つ変えずに、僕に声をかけた。
「ふむ……だいぶ日も落ちてきたんで、これで終わりにしますか」
「はい、ありがとうございました」
お礼を言ってから顔を上げると、リークさんは汗一つかいておらず、涼やかな表情をしていた。
僕も魔法薬のおかげで体力は回復しているけれど、リークさんはそもそも疲れがないといった様子だ。
これがBランク冒険者とSランク冒険者の違いかとガックリしていると、僕の近くに寄ってきたリークさんがニッコリ笑う。
「いやぁ~、師匠だいぶ上達したっすね!」
「……僕、上達してますかね?」
アプリのレベルは、以前リークさん達と――ギルド職員の皆さんとダンジョンに行った時から、一切上がっていないし、僕自身も……
不安そうにそう問えば、リークさんは強く頷く。
「成長してるっすよ! 師匠と何度かダンジョンに行って、動きを見てるっすけど……以前の師匠だと今よりももっと俺の攻撃をモロに身体で受けていたと思うんっすよね。なんつーか、動きが前よりも早く……滑らかになった感じっす。それに、無理に相手に突っ込まずに、相手の呼吸や目の動き、一挙手一投足手足をちゃんと見ながら考えて動いてたっすから」
リークさんからのお褒めの言葉に、僕は照れてしまう。
確かにアプリのレベル自体は今までと変わらないけど、ラグラーさんやケルヴィンさん、それにカオツさんにしごかれ、依頼でダンジョンに何度も潜って魔獣や魔草と戦うことが多くなった。
短期間とはいえ、これらが自分自身の糧になっていたようだ。
アプリに頼った強さじゃないことが、本当に嬉しい。
「リークさん、僕の今の実力だとこれから向かうダンジョンでは通用しますかね?」
「そうっすね、これから俺らが向かうダンジョンはそんな凶暴な魔獣がわんさかいる場所じゃないし、今の師匠の実力があれば大丈夫だと思うっすよ。万が一があっても、かなり強いと噂のチェイサーさんやギルマスの助けもあるっす!」
僕はその言葉に勇気づけられ、足手まといにならないように頑張ろうと決意する。
「それじゃあ、ダンジョンに行く日にちを決めますか!」
「出来れば早い方がいいと思うんですが」
危害がないと聞いているとはいえ、何が起きているか分からないダンジョン内だ。
あまりカオツさん達を待たせるのもよくないだろう……
「そうっすね、俺はなるべく早くダンジョンに行くようギルドから言われているんで、明日の早朝からでも行けるっすね」
「分かりました、それじゃあ明日の朝でお願いします!」
「了解っす!」
こうして話し合いの末、明日の朝にリークさんが暁まで迎えに来てくれることになったのだった。
リークさんが帰った後、明日の朝食と数日分の弁当の準備を始める。
どれくらいダンジョンの捜索をするか分からないので、長期になることも考えて、食事は多めに作り置きしておくことにした。
ダンジョンでゆっくりと食事を作る時間があるか分からないから、作り立ての温かい状態を維持してくれる魔法バックの中に作ったものを詰め込んでいく。
自分とリークさんとチェイサーさん。あわせて三人分と、家でお留守番をするハーネ達の数日分の食事を作っていると、ライとハーネが僕の足元と頭上でグルグル回り出した。
《おいしそうなにおい!》
《たべたいな~》
「これは今食べる分じゃないよ!」
僕がそう言うと、ライ達がガーン! とショックを受けたような表情をする。
可哀想に思って、お肉や卵焼きなどの切れ端をあげたらライ達は満足したようで笑顔になった。
料理を終えた僕は、自室に戻って魔法薬の準備に移る。
少なくなった魔法薬の補充や、お店に卸す分の魔法薬の調合を始めた。
お店用の魔法薬は、全て調合し終えたら瓶を専用の『魔法箱』へと詰めていく。
この魔法箱は便利なことに、お店ごとに専用の魔法陣が刻印されていて、出来た魔法薬をその箱の中に詰めて蓋を閉めると、その瞬間に指定のお店へ送ってくれるのだ。
依頼があったお店の箱に魔法薬を詰め込んで、無事送られたのを確認し終えてから、僕はふぅっと息を吐き出す。
ハーネとライを撫でることで癒されながら、明日のことを考えるも……考えてもどうしようもないということで、早めに寝ることにしたのだった。
――翌朝、約束した時間に家を出ると、地面に魔法陣が浮かび上がっているのが目についた。
「師匠、おはようございます」
「おはようございます、リークさん。今日からよろしくお願いします!」
魔法陣から現れたリークさんと朝の挨拶を交わす。
「準備はいいっすか?」
「はい、大丈夫です」
僕が頷くと、リークさんは指輪に手をかざして、中から魔法陣が刻印された紙を取り出す。
紙を地面に置いて呪文を唱えた途端、透き通った黄緑色の魔法陣が地面の上に出現した。
この中に入れば、目的のダンジョンに移動出来る。
僕はいったん家の方に振り向き、僕のことをじっと見ているハーネとライ、それから蜂の使役獣のレーヌ、エクエスに声をかける。
「皆、それじゃあ行ってくるね。お留守番よろしく!」
僕がそう言うと、皆はいってらっしゃーい! と元気よく送り出してくれた。
リークさんが、僕達のやり取りを微笑ましそうに見てから僕を呼んだ。
「それじゃあ、行くっすよ」
「はい!」
輝く魔法陣の中に足を一歩踏み入れると――
視界が一気に変わり、ドドドドドッ! という轟音とともに細かい水しぶきが浴びせられる。
僕達が出てきたのは、滝の裏側にある洞窟のような場所だった。
「うわっ、滝だ!」
「師匠、滝を見るのは初めてっすか?」
「あ、小さい頃に一度見たことはあるんですが、かなり遠いところから眺めるだけで……こんなに大きな滝を間近で見たのは初めてです」
僕が飛ばされる前の世界でも、そうそうお目にかかれるものではない大きさだった。
地球で見た滝は高さ七メートルくらいのものだったけれど、それよりもはるかに高さも幅もある。
ほぇ~と僕が圧倒されている間に、リークさんが歩き出す。
「師匠、このままここにいたらずぶ濡れになるっすよ」
その言葉を聞いて、僕は慌ててリークさんに付いていく。
歩きながらタブレットを出して『危険察知注意報』を起動した。
空中に浮かぶ画面を見て、危険なものがないか確認してみるが、今のところ特に反応はなかった。
光魔法を明かり代わりに手のひらに浮かばせて、暗い洞窟をしばらく歩いていると、リークさんが大きな岩が重なっている方へ向かっていく。
岩に何かあるのかな? と思いながら一緒にそこへ近付くと、リークさんが岩の近くでしゃがみこんだ。
「ん~っと、ここ……じゃなくて……あぁ、ここっすね」
辺りをキョロキョロ見回すリークさんに僕は問いかける。
「何を探しているんですか?」
「昔このダンジョンに来た先輩から、中層階に行く魔法陣をここら辺に刻んだって聞いたんすよ」
苔が生えた洞窟の壁に人差し指を向けたリークさんは、呪文を唱えて壁の苔を火の魔法で焼き払う。焦げた苔を手で払えば、そこには手のひら大の魔法陣があった。
「師匠、これは移動用の魔法陣なんすけど……ギルド職員専用なんで、俺と手を繋いでいないと師匠がこの場に取り残されちゃうんすけど……」
「ぜひ、手を繋がせてください」
頬をかきながらそう説明するリークさんの左手を、僕はギュッと握る。
こんなところに一人で残されるなんて嫌です~。
「じゃ、また移動するっすね」
リークさんが笑いながら魔法陣を起動すると、複雑な文字が羅列されたそれが幾重にも重なりグルグルと回転し出す。
次の瞬間――僕達は真っ暗な洞窟の中から、薔薇やチューリップ、ライラックやブルースターが咲き誇る花畑のような場所に移動していた。
一、二歩進むと、地面に咲いていた花がユラユラ揺れながら空中に浮き始める。
色とりどりの花が足元付近や腰や顔の近く、頭より上の位置で静止した。
「うわぁ~、この花はなんで浮いているんですか?」
「花が空中に浮かぶこの現象は、ダンジョン内部を調べる専門家や学者が数百人以上訪れて研究しているみたいなんですけど、まだ誰一人として謎を解明出来ていないみたいっす」
「ほぇー、そうなんですね」
「……それにしても、ダンジョンに入ってから魔獣の気配が一切ないっすね」
「確かに」
「危険はなさそうだし、今のうちにもう一人の助っ人の方を呼んじゃいますか?」
「そうですね!」
僕は頷くと、フェリスさんにもらった黒い液体が入った瓶を腕輪の中から取り出す。
それから、蓋を開けて、右の手の甲にある紋様に液体をドバドバとかけると――手の甲にあった蝶の紋様がペりペりっと剥がれて、宙に浮いた。
まるで生きた蝶のようにヒラヒラと羽ばたく。
黒い蝶は、僕やリークさんの周りをしばらく飛び、少し離れた場所に行って空中で静止した。
蝶が止まると同時に、真っ黒な竜巻が地面から空へと噴出する。
「うわぁぁぁ!?」
「師匠!」
もの凄い風が僕の身体を直撃する。
リークさんが咄嗟に僕の体を掴んで押さえてくれたおかげで、ふっ飛ばされそうにならずに済んだ。
風の勢いがもの凄くて目を開けているのも辛い。
しばしのち、ピタッと急に風が収まったところで女性の声が聞こえてきた。
「ふぅ~。ようやく呼んでくれたわね。本当に暇で暇で……って、あら? あなた達、どうしたの?」
『助っ人その二』であるチェイサーさんが、黒い竜巻があったところからこちらへ向かってくる。
そして、髪の毛をぐしゃぐしゃにしてお互い抱き付いている僕達を見て、不思議そうな表情をした。
いやいや、貴女のせいなんですが……
流石にそんなこと口に出せないけれど、僕は心の中でそう突っ込んだ。
四方八方に飛び散った髪を整え直してから、リークさんと一緒にチェイサーさんに挨拶をする。
「チェイサーさん、お久しぶりです」
「あら、ケント君。チェイサーお姉様って言ってくれてもいいのにぃ~」
「あははは」
最初に出会った頃からお姉さま呼びを勧めてくるけれど、僕は『チェイサーさん』と呼ばせてもらいます。
チェイサーさんは頬に手を当ててウフフと笑ってから、リークさんに視線を移した。
「あら、こんな所でお仲間さんと会うなんて」
珍しそうに呟く彼女に、リークさんが自己紹介を始める。
「初めまして、ギルド職員のリークっす。今日は師匠――ケントさんの助っ人として同行してます」
「私はチェイサーデューイック・フィフィディレッチよ、よろしくね」
「ちなみにリークさん。チェイサーさんは『薬師協会』のトップでもあります」
「薬師協会の……って、あぁぁっ!」
僕の説明を聞いたリークさんが、チェイサーさんを凝視し始める。
それから驚愕したように目を見開いて、僕の肩を揺さぶってきた。
「師匠! なんでこの人と知り合いなんっすか⁉」
突然大きな声を上げたリークさんに、チェイサーさんもポカンとしている。
「え?」
「いいっすか、師匠。俺達魔族――特に冒険者稼業や裏の仕事をしている連中の間で、とても有名な人物がいるんっすけど」
「はぁ……」
「それが『微笑みの悪魔』と『天使の皮を被った悪魔』と言われてまして……その魔族とエルフに出会ったら速攻逃げろと言われるくらい恐れられてるんすよ」
「魔族から悪魔と言われるって……よっぽどすごい人なんですね」
「そうなんすよ。しかも腕っぷし自慢の奴らからっすよ? その二人が歩いた跡は何も残らないとか……で、その二人の内の一人、『微笑みの悪魔』はあまり正体が知られていない『薬師協会の会長』をしているって噂があって……」
「え? それって」
僕とリークさんがそろぉ~っとチェイサーさんの様子を窺うと、彼女はウフッと微笑んだ。
「あら、懐かしい呼び方を聞いたわね」
「ということは、もしかして『天使の皮を被った悪魔』って呼ばれているエルフっていうのは……フェリスさんですか?」
おそるおそる尋ねる僕に、チェイサーさんが頷く。
昔のこととはいえ妖精族の国を出禁になったエピソードは聞いたことがあったけど、魔族の人達からも恐れられるなんて、二人はいったいどれだけ暴れていたんだと苦笑した。
リークさんにも、『天使の皮を被った悪魔』の正体がフェリスさんだと伝えたら、「あのギルマスを脅すような人物だから、只者じゃねーとは思っていたっすけど」と、やけに納得した表情を浮かべていた。
皆が依頼に向かうのを玄関で見送った次の日の夕方頃。
暁にリークさんがやって来た。
夕食の時間帯だったこともあり、僕は最初にリークさんに食事を済ませたか聞いてみた。
「まだ食べてないっす!」
その言葉を聞いて、僕はリークさんに夕飯をご馳走しようと決めた。
リークさんがリクエストしたメニューを作ってあげると、大量にあった食事がほぼ全て彼のお腹に消えた。
そして食べ終わったタイミングで、リークさんが口を開く。
「師匠、例のダンジョンに行く前に、師匠の今の実力を知っておきたいんすけど」
「僕の今の実力……ですか」
「はい。師匠と一緒にダンジョンに行ってからだいぶ期間が空いてるっすからね。今、どれくらい戦えるのか知っておきたいんっす」
「なるほど……実力の確認は、剣での稽古とかですか」
「そうっすね」
そういうことなら、日々ラグラーさんやケルヴィンさんから同じような形でしごかれているから、慣れている。
でも、Sランクの人直々の手ほどきか……ちょっと怖いかも。
僕がそう身構えていると、リークさんがニコリと笑う。
「実力を見たいってのは、師匠に対する俺の護衛レベルを決めるためっす」
詳しく聞くと、もしもリークさんの中で一定基準の強さにないと思ったら、ギルドでのお仕事よりも僕の身の安全を優先するようにギルマスさんから言われているとの話だった。
「それって、僕がお仕事の邪魔になるんじゃないですか?」
僕がそう聞くと、仕事自体は他のギルド職員もダンジョンに向かっているから問題はない、と答えてくれた。
「まぁ、大丈夫っすよ。少し前の師匠の実力は見せてもらったことがあるっすけど、あの時点でも悪くなかったっす。もしさらに強くなっていたなら、俺が常時近くにいる必要もないっすからね!」
「あはは~、なるほど」
ということは、ちょっと前の実力だと完全に護衛が必要な存在だと認識されているのでは……
それだと足手まとい以外の何ものでもない。
今回は暁からは僕一人だけ。自分の身は自分で守れるようにしないと。
「あの、それで……いつやりますか?」
「そうっすね、出来れば早めに……明日にでもダンジョンに行きたいんで、この後とかどうっすか?」
「分かりました。いいですよ」
流石に食べたばかりに激しい運動はよくないので、食後の休憩を少し挟んでから、僕はリークさんと外へ出た。
いつも皆で剣の稽古をする場所にやって来た僕達は、お互い少し離れたところに立った。
夕方を過ぎても空はまだ明るく、お互いの姿がしっかり見える。
「さてと……それじゃあ、どこからでもかかってこいっす、師匠!」
「よろしくお願いします!」
リークさんは、右手に剣を持ち、肩幅に足を広げて立っているだけのリラックスした状態だ。
でも少し見ただけで、まったく隙のない構えということが分かる。
僕個人の実力を知りたいという話だったので、今回は使役獣の力を借りないルールだ。
ハーネやライは僕達から離れて、お行儀よく座って観戦している。
ちなみに、リークさんは植物を自在に操る『魔植物使い』としての能力は一切使わないと言ってくれた。
一方の僕は、使役獣以外なら魔法薬でもアイテムでも何を使ってもいいという話だ。
僕はお言葉に甘えて、深呼吸を一つしてから、さっそくタブレットのアプリ――『傀儡師』を起動する。
このアプリは、選択した対象を自分の思う通りに動かせるというもの。自分に使えば、戦闘時の身体の動きが最適化されて、僕が考えるより早く、その場に合わせて自動で身体を動かす優れものだ。
起動した瞬間、僕の右手が動き出す。
魔法腕輪の中から、ケルヴィンさんから貰い受けた一振りの剣を取り出す。
「そんじゃ、始めるっす!」
僕が剣を鞘から抜くのと、リークさんの開始宣言が同時だった。
その瞬間、僕の足が地面を力強く蹴り、余裕の表情で立つリークさんに向かって、姿勢を低くしながら駆け寄る。
――周囲の視界が高速で流れていく。
僕の体は正面突破するように見せかけて、リークさんの間合いに入らないギリギリのところで、彼の後ろへと回り込んだ。一気に剣を振り下ろす。
ヒュンッと空気を切り裂く音と同時に、キンッと、剣と剣がぶつかり合う音が響く。
ふと自分の剣先を見れば、リークさんは立っていた位置から微動だにしていない。
剣を持っていた右手を少し動かしただけで、僕の攻撃を難なく防いでいた。
ここまでやったのに……マジっすか。
「おぉ、いい動きっすね!」
リークさんは僕の方を振り向いてそう言うと、回し蹴りを放つ。
僕の身体は両腕をクロスして攻撃を防いだが、凄い勢いで後ろへと吹っ飛ばされた。
飛ばされている途中でクルリと宙返りしてから、地面に足を着けて勢いを殺す。
リークさんから、十分な距離をとった。
ふと空中に浮かぶタブレットの画面を見れば、痛み止めと傷や骨折を治癒する魔法薬がガンガン消費されているのが見えた。
感触は軽く蹴られたような感じだけだと思ったけど、実際のダメージが酷い。
それでも実力の半分も出していないんだろうな……
傷が癒えると、すぐに僕の体がリークさんへと向かっていく。
それから、リークさんに向かって一時間以上戦いを挑んでいたんだけど……
それ以降も大したダメージは与えられず、軽~くあしらわれただけだった。
『傀儡師』を使っても、いろんな魔法薬を使っても、僕はリークさん相手に手も足も出なかった事実に呆然とする。
リークさんが戦闘前と表情一つ変えずに、僕に声をかけた。
「ふむ……だいぶ日も落ちてきたんで、これで終わりにしますか」
「はい、ありがとうございました」
お礼を言ってから顔を上げると、リークさんは汗一つかいておらず、涼やかな表情をしていた。
僕も魔法薬のおかげで体力は回復しているけれど、リークさんはそもそも疲れがないといった様子だ。
これがBランク冒険者とSランク冒険者の違いかとガックリしていると、僕の近くに寄ってきたリークさんがニッコリ笑う。
「いやぁ~、師匠だいぶ上達したっすね!」
「……僕、上達してますかね?」
アプリのレベルは、以前リークさん達と――ギルド職員の皆さんとダンジョンに行った時から、一切上がっていないし、僕自身も……
不安そうにそう問えば、リークさんは強く頷く。
「成長してるっすよ! 師匠と何度かダンジョンに行って、動きを見てるっすけど……以前の師匠だと今よりももっと俺の攻撃をモロに身体で受けていたと思うんっすよね。なんつーか、動きが前よりも早く……滑らかになった感じっす。それに、無理に相手に突っ込まずに、相手の呼吸や目の動き、一挙手一投足手足をちゃんと見ながら考えて動いてたっすから」
リークさんからのお褒めの言葉に、僕は照れてしまう。
確かにアプリのレベル自体は今までと変わらないけど、ラグラーさんやケルヴィンさん、それにカオツさんにしごかれ、依頼でダンジョンに何度も潜って魔獣や魔草と戦うことが多くなった。
短期間とはいえ、これらが自分自身の糧になっていたようだ。
アプリに頼った強さじゃないことが、本当に嬉しい。
「リークさん、僕の今の実力だとこれから向かうダンジョンでは通用しますかね?」
「そうっすね、これから俺らが向かうダンジョンはそんな凶暴な魔獣がわんさかいる場所じゃないし、今の師匠の実力があれば大丈夫だと思うっすよ。万が一があっても、かなり強いと噂のチェイサーさんやギルマスの助けもあるっす!」
僕はその言葉に勇気づけられ、足手まといにならないように頑張ろうと決意する。
「それじゃあ、ダンジョンに行く日にちを決めますか!」
「出来れば早い方がいいと思うんですが」
危害がないと聞いているとはいえ、何が起きているか分からないダンジョン内だ。
あまりカオツさん達を待たせるのもよくないだろう……
「そうっすね、俺はなるべく早くダンジョンに行くようギルドから言われているんで、明日の早朝からでも行けるっすね」
「分かりました、それじゃあ明日の朝でお願いします!」
「了解っす!」
こうして話し合いの末、明日の朝にリークさんが暁まで迎えに来てくれることになったのだった。
リークさんが帰った後、明日の朝食と数日分の弁当の準備を始める。
どれくらいダンジョンの捜索をするか分からないので、長期になることも考えて、食事は多めに作り置きしておくことにした。
ダンジョンでゆっくりと食事を作る時間があるか分からないから、作り立ての温かい状態を維持してくれる魔法バックの中に作ったものを詰め込んでいく。
自分とリークさんとチェイサーさん。あわせて三人分と、家でお留守番をするハーネ達の数日分の食事を作っていると、ライとハーネが僕の足元と頭上でグルグル回り出した。
《おいしそうなにおい!》
《たべたいな~》
「これは今食べる分じゃないよ!」
僕がそう言うと、ライ達がガーン! とショックを受けたような表情をする。
可哀想に思って、お肉や卵焼きなどの切れ端をあげたらライ達は満足したようで笑顔になった。
料理を終えた僕は、自室に戻って魔法薬の準備に移る。
少なくなった魔法薬の補充や、お店に卸す分の魔法薬の調合を始めた。
お店用の魔法薬は、全て調合し終えたら瓶を専用の『魔法箱』へと詰めていく。
この魔法箱は便利なことに、お店ごとに専用の魔法陣が刻印されていて、出来た魔法薬をその箱の中に詰めて蓋を閉めると、その瞬間に指定のお店へ送ってくれるのだ。
依頼があったお店の箱に魔法薬を詰め込んで、無事送られたのを確認し終えてから、僕はふぅっと息を吐き出す。
ハーネとライを撫でることで癒されながら、明日のことを考えるも……考えてもどうしようもないということで、早めに寝ることにしたのだった。
――翌朝、約束した時間に家を出ると、地面に魔法陣が浮かび上がっているのが目についた。
「師匠、おはようございます」
「おはようございます、リークさん。今日からよろしくお願いします!」
魔法陣から現れたリークさんと朝の挨拶を交わす。
「準備はいいっすか?」
「はい、大丈夫です」
僕が頷くと、リークさんは指輪に手をかざして、中から魔法陣が刻印された紙を取り出す。
紙を地面に置いて呪文を唱えた途端、透き通った黄緑色の魔法陣が地面の上に出現した。
この中に入れば、目的のダンジョンに移動出来る。
僕はいったん家の方に振り向き、僕のことをじっと見ているハーネとライ、それから蜂の使役獣のレーヌ、エクエスに声をかける。
「皆、それじゃあ行ってくるね。お留守番よろしく!」
僕がそう言うと、皆はいってらっしゃーい! と元気よく送り出してくれた。
リークさんが、僕達のやり取りを微笑ましそうに見てから僕を呼んだ。
「それじゃあ、行くっすよ」
「はい!」
輝く魔法陣の中に足を一歩踏み入れると――
視界が一気に変わり、ドドドドドッ! という轟音とともに細かい水しぶきが浴びせられる。
僕達が出てきたのは、滝の裏側にある洞窟のような場所だった。
「うわっ、滝だ!」
「師匠、滝を見るのは初めてっすか?」
「あ、小さい頃に一度見たことはあるんですが、かなり遠いところから眺めるだけで……こんなに大きな滝を間近で見たのは初めてです」
僕が飛ばされる前の世界でも、そうそうお目にかかれるものではない大きさだった。
地球で見た滝は高さ七メートルくらいのものだったけれど、それよりもはるかに高さも幅もある。
ほぇ~と僕が圧倒されている間に、リークさんが歩き出す。
「師匠、このままここにいたらずぶ濡れになるっすよ」
その言葉を聞いて、僕は慌ててリークさんに付いていく。
歩きながらタブレットを出して『危険察知注意報』を起動した。
空中に浮かぶ画面を見て、危険なものがないか確認してみるが、今のところ特に反応はなかった。
光魔法を明かり代わりに手のひらに浮かばせて、暗い洞窟をしばらく歩いていると、リークさんが大きな岩が重なっている方へ向かっていく。
岩に何かあるのかな? と思いながら一緒にそこへ近付くと、リークさんが岩の近くでしゃがみこんだ。
「ん~っと、ここ……じゃなくて……あぁ、ここっすね」
辺りをキョロキョロ見回すリークさんに僕は問いかける。
「何を探しているんですか?」
「昔このダンジョンに来た先輩から、中層階に行く魔法陣をここら辺に刻んだって聞いたんすよ」
苔が生えた洞窟の壁に人差し指を向けたリークさんは、呪文を唱えて壁の苔を火の魔法で焼き払う。焦げた苔を手で払えば、そこには手のひら大の魔法陣があった。
「師匠、これは移動用の魔法陣なんすけど……ギルド職員専用なんで、俺と手を繋いでいないと師匠がこの場に取り残されちゃうんすけど……」
「ぜひ、手を繋がせてください」
頬をかきながらそう説明するリークさんの左手を、僕はギュッと握る。
こんなところに一人で残されるなんて嫌です~。
「じゃ、また移動するっすね」
リークさんが笑いながら魔法陣を起動すると、複雑な文字が羅列されたそれが幾重にも重なりグルグルと回転し出す。
次の瞬間――僕達は真っ暗な洞窟の中から、薔薇やチューリップ、ライラックやブルースターが咲き誇る花畑のような場所に移動していた。
一、二歩進むと、地面に咲いていた花がユラユラ揺れながら空中に浮き始める。
色とりどりの花が足元付近や腰や顔の近く、頭より上の位置で静止した。
「うわぁ~、この花はなんで浮いているんですか?」
「花が空中に浮かぶこの現象は、ダンジョン内部を調べる専門家や学者が数百人以上訪れて研究しているみたいなんですけど、まだ誰一人として謎を解明出来ていないみたいっす」
「ほぇー、そうなんですね」
「……それにしても、ダンジョンに入ってから魔獣の気配が一切ないっすね」
「確かに」
「危険はなさそうだし、今のうちにもう一人の助っ人の方を呼んじゃいますか?」
「そうですね!」
僕は頷くと、フェリスさんにもらった黒い液体が入った瓶を腕輪の中から取り出す。
それから、蓋を開けて、右の手の甲にある紋様に液体をドバドバとかけると――手の甲にあった蝶の紋様がペりペりっと剥がれて、宙に浮いた。
まるで生きた蝶のようにヒラヒラと羽ばたく。
黒い蝶は、僕やリークさんの周りをしばらく飛び、少し離れた場所に行って空中で静止した。
蝶が止まると同時に、真っ黒な竜巻が地面から空へと噴出する。
「うわぁぁぁ!?」
「師匠!」
もの凄い風が僕の身体を直撃する。
リークさんが咄嗟に僕の体を掴んで押さえてくれたおかげで、ふっ飛ばされそうにならずに済んだ。
風の勢いがもの凄くて目を開けているのも辛い。
しばしのち、ピタッと急に風が収まったところで女性の声が聞こえてきた。
「ふぅ~。ようやく呼んでくれたわね。本当に暇で暇で……って、あら? あなた達、どうしたの?」
『助っ人その二』であるチェイサーさんが、黒い竜巻があったところからこちらへ向かってくる。
そして、髪の毛をぐしゃぐしゃにしてお互い抱き付いている僕達を見て、不思議そうな表情をした。
いやいや、貴女のせいなんですが……
流石にそんなこと口に出せないけれど、僕は心の中でそう突っ込んだ。
四方八方に飛び散った髪を整え直してから、リークさんと一緒にチェイサーさんに挨拶をする。
「チェイサーさん、お久しぶりです」
「あら、ケント君。チェイサーお姉様って言ってくれてもいいのにぃ~」
「あははは」
最初に出会った頃からお姉さま呼びを勧めてくるけれど、僕は『チェイサーさん』と呼ばせてもらいます。
チェイサーさんは頬に手を当ててウフフと笑ってから、リークさんに視線を移した。
「あら、こんな所でお仲間さんと会うなんて」
珍しそうに呟く彼女に、リークさんが自己紹介を始める。
「初めまして、ギルド職員のリークっす。今日は師匠――ケントさんの助っ人として同行してます」
「私はチェイサーデューイック・フィフィディレッチよ、よろしくね」
「ちなみにリークさん。チェイサーさんは『薬師協会』のトップでもあります」
「薬師協会の……って、あぁぁっ!」
僕の説明を聞いたリークさんが、チェイサーさんを凝視し始める。
それから驚愕したように目を見開いて、僕の肩を揺さぶってきた。
「師匠! なんでこの人と知り合いなんっすか⁉」
突然大きな声を上げたリークさんに、チェイサーさんもポカンとしている。
「え?」
「いいっすか、師匠。俺達魔族――特に冒険者稼業や裏の仕事をしている連中の間で、とても有名な人物がいるんっすけど」
「はぁ……」
「それが『微笑みの悪魔』と『天使の皮を被った悪魔』と言われてまして……その魔族とエルフに出会ったら速攻逃げろと言われるくらい恐れられてるんすよ」
「魔族から悪魔と言われるって……よっぽどすごい人なんですね」
「そうなんすよ。しかも腕っぷし自慢の奴らからっすよ? その二人が歩いた跡は何も残らないとか……で、その二人の内の一人、『微笑みの悪魔』はあまり正体が知られていない『薬師協会の会長』をしているって噂があって……」
「え? それって」
僕とリークさんがそろぉ~っとチェイサーさんの様子を窺うと、彼女はウフッと微笑んだ。
「あら、懐かしい呼び方を聞いたわね」
「ということは、もしかして『天使の皮を被った悪魔』って呼ばれているエルフっていうのは……フェリスさんですか?」
おそるおそる尋ねる僕に、チェイサーさんが頷く。
昔のこととはいえ妖精族の国を出禁になったエピソードは聞いたことがあったけど、魔族の人達からも恐れられるなんて、二人はいったいどれだけ暴れていたんだと苦笑した。
リークさんにも、『天使の皮を被った悪魔』の正体がフェリスさんだと伝えたら、「あのギルマスを脅すような人物だから、只者じゃねーとは思っていたっすけど」と、やけに納得した表情を浮かべていた。
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