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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第70話 シアの生まれて初めての怒り
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ノヴァさんの部屋を出て少しだけ歩いたところで私は立ち止まりました。
ノヴァさんは夜通しソニアちゃんの面倒を見るでしょう。だからコーヒーと体を冷やさないように毛布でも持ってこようと思ったのですが、その前にどうしてもやっておきたいことがありました。
左手を動かしてゲートを起動。繋いだのは先ほどまでいたフォルスの屋敷の執務室。
ゲートを通れば、そこには驚いた表情を浮かべるフォルス家の当主トラヴィス・フォルスがいました。
「こんばんは、さっきぶりですね、トラヴィス様」
「と、当主……様」
少しずつ魔力を強めてトラヴィスに近づくのは、これから話す内容に嘘を述べて欲しくないからです。先ほどの彼の言葉はどこかおかしかった。
「教えてください。ソニアちゃんは何者なのですか? あなたのさっきの言葉から考えると、私にはどうしても彼女がただのメイドには思えません」
かなり小声でしたが、あのときトラヴィスはソニアちゃんを苦しめたゼロードの事を痛烈に批判していました。さらにはなぜソニアちゃんなのかということも呟いていました。
貴族の当主や息子がメイドを苦しめたというのは一般的に聞こえが悪いものの、そこまで大きな問題かというとそうでもありません。
けれどトラヴィスは違いました。むしろ彼の批判はまるで終わったと言わんばかりの痛烈っぷりで。
「……それは」
「別に調べても構いませんが、ここでトラヴィス様が話した方が手間が省けますし、あなたに対する心象も少しはマシになりますよ」
嘘は言っていない。マイナスまで振り切っている心象がほんの少しマシなマイナスになるだけですが。
トラヴィスは少し逡巡していましたが、やがて諦めたようにがっくりとうな垂れました。
「そうですな……こうなった以上隠すことは出来ますまい。もう加護もないも同然」
「加護?」
「……あの子の名前はソニア・ガーディ……彼女はフォルス家の守り神なのですよ」
トラヴィスの発した言葉は到底信じられるようなものではありませんでした。急に出てきた単語に、訝しげな視線を彼に向けます。
あの小さな子が大貴族フォルス家の守り神? いったい何を言っているのでしょうか。
しかしトラヴィスの顔は真剣そのもので、嘘を言っている様子はありません。魔法を使わなくても彼が心からそう思っているのが分かるくらいです。
「信じられないでしょう。ですが事実なのです。フォルス家の当主のみに代々知らされてきた守り神。ある時突然現れ、そしてある時に消えていく、そんな存在が彼女なのです」
「……ついに頭がおかしくなりましたか? あの子はソニア・ガーディ。平民出身のどこにでもいる女の子です」
ノヴァさんが前に話してくれた時に気になって調べましたが、ソニアちゃんについては怪しい点は何一つ出てきませんでした。サリアの街の何の変哲もない一般家庭で生まれて、フォルス家に奉公に出されただけの子。両親もはっきりしていますし、隠していることなんて何もないでしょう。
ただ、どうしてあの幼さで採用されたのかは分かりませんでしたが。
「確かにあの子は平凡な子でしょう。ですが守り神なのです。メイドの任命権は当主である私にある。あの子を面接したときに、最初は落とすつもりでした。当然です、あまりにも幼な過ぎる。
けれど彼女は自分が守り神だと言った。あの子とはとても思えない声色と雰囲気で。
その時に思い知ったのです。父上が言っていた守り神は、本当にいたんだと。何も知らない子供のあの子の中に、別の存在、守り神が居るんだと」
「……南の大貴族であるフォルス家がそんな荒唐無稽な話を信奉する程に落ちぶれていた事には驚きを隠せませんね。それならば、なぜ彼女を守らなかったのですか?
あるいはメイドを管轄するローエンさんにでも話しておけば、今回の件は防げたでしょうに」
「当主には守り神の力を得るための制約が課されます。守り神であることを誰にも話してはならない。そして守り神に過度に介入してはならない。これらを破れば恩恵はなくなる、そう言い伝えられてきました。もちろん、どこまでが本当なのかは私も分かりませんがね」
「…………」
何か制限を付けることで大きな力を得るということは聞いたことがあります。もしも仮にトラヴィスの言葉を真実と仮定するなら、フォルス家はその守り神とやらの力で繁栄してきた?
「このことは次の当主に今の当主から引き継がれます。守り神を制約の元で護り抜けば恩恵が得られる……のですが、私は失敗しました。
こうならないように3人の息子には幼い頃からメイドには決して手を出すなと言い聞かせてきましたし、厳しく当たっていたのですが、まさかゼロードが馬鹿なことをするなんて……」
「子供の頃の押さえつけは上手くいく場合と行かない場合があります。カイラスやノヴァさんはあなたの期待通りにメイドに手を上げるような人物にはならなかったけれど、ゼロードは感情をおさえられなかった。反動で大きくなったんでしょうね」
だからだったのかと合点がいきました。トラヴィスが厳格な性格なのは知っていましたし、息子にメイドに決して手を出すなと言い聞かせていたのも調べて得ていた情報です。
とても信じられませんが、彼は実在するか分からない守り神の事を考えて息子達……に……。
あることに気づいて、急速に頭が冷えていきます。今の話を聞いて、私は一つの事に気づいてしまいました。
ずっと思っていた事。なぜメイドには手を出さないよう厳格に躾けるのに、ノヴァさんに対してのゼロードやメイドの行いは見過ごしたのか。
最初はノヴァさんが覇気を使えないからそれを蔑んでの事だと、そう思っていました。
ですがトラヴィスが守り神とやらを護ることを最優先の目標とするなら、それはつまり……
「……まさか……ノヴァさんを身代わりに……?」
震えるような声で呟けば、トラヴィスは何も言わず、無言で俯くだけ。
その姿に、一気に頭が熱くなりました。
「あなたはっ! そんな訳の分からないもののために彼を犠牲にしたと言うのですかっ!?」
「……ノヴァは覇気が使えなかった。ならフォルス家の役立つために、彼には泥をかぶってもらいました。いつか来る守り神が守られるように。結果としてノヴァが家を出た後に守り神は屋敷にやってきましたがね」
――ふざけるなっ!
拳を強く握りしめ、全身から魔力を放出させて叩きつける。呼吸を忘れる程の怒りで、頭がおかしくなりそうだった。
言いたいことは分かる。集団心理は単純だ。もしも一人でも圧倒的な弱者がいれば、その後に入ってきたものは基本的に安全。だから守り神に被害が及ばないように、トラヴィスはノヴァさんを利用した。
トラヴィスはノヴァさんに関して暴力も暴言も行っていないのは調べがついている。けれどやったことはそのどれよりも悪辣で、気持ち悪くなるほどの邪悪。
防げる立場にいながら傍観したのだから。
言ったことは分かりますが、理解できないし納得しようとも思えない。
今この場で殺めてしまいたいほどの熱が、胸を焦がす。
「……っ!……ノヴァさんを屋敷全体が蔑ろにすることを仕込んで、しかも傍観したと……?」
必死に怒りを抑えて、私は言葉を紡ぎます。こんなところで彼を殺してはいけないのは理性では分かっています。でも、本能は今すぐ殺せと叫んでいる。
その本能を、ノヴァさんの姿を思い浮かべる事で必死に押しとどめます。
私が実の父親を殺したとなれば彼はきっと悲しむ。目に見えて悲しまなくても、心で思うところはあるだろうし、なによりそれを望まない筈。
――落ち着けレティシア。貴女は、シアでしょう
こんなところで手を下すのは間違っている。それに決めるならノヴァさんが決めるべきこと。
私がここで彼を殺めて良いことは何もない。
そう必死に自分を抑え込んで、抑え込んで。
「……いえ、仕組んではいません。ただ傍観はしました。……もっと言えば、妻のリーゼロッテとローエンには助けないように指示を出したくらいです。家の存続のためとはいえ実の息子にこのような仕打ちをしたことを不快に思うのも……無理はないでしょうな」
「……っ……もう……このことについて詳細を語らないでくださいっ」
そう吐き捨てて体内の魔力の暴走を抑え込みました。
この期に及んで後悔している様子を見せることや、愛する人ではなく世間体で怒っていると判断されたことは私の怒りに燃料を注ぎますが、それでも何とか耐えます。
もしもこれ以上話されたら、本当に何をするか分からない瀬戸際まで来ているのが自分でも分かるから。
魔力の暴走を止めたことでトラヴィスは背もたれに身を預け、大きく息を吐きました。
「……フォルス家はこれから傾くでしょう。ソニアを傷つけるのみならず、彼女はフォルス家から出て行った。……いや、ノヴァはフォルス家の一員だからギリギリフォルス家の中に収まっているのか?」
この期に及んで意味の分からないことを言うトラヴィスに、吐き気がしました。
「……くだらない」
「……なんですと?」
調べて、会って、私はこの男をあのクズであるゼロードよりはまだマシだと思っていました。
ですが、それは大きな間違いだった。
こいつはあの女と同じです。人を人としてではなく、モノとして見ている。
ノヴァさんはノヴァさんではなくフォルス家に所属している人として、ソニアちゃんはソニアちゃんとしてではなく、守り神として。
こいつは力のないあの女と同じで、自分の家の事しか考えていない。
息を整えて、まっすぐにトラヴィスを睨みつけます。
「くだらないです。正直、あなたの語る荒唐無稽な守り神とやらが本当でも幻でもどっちでもいい。あなたがフォルス家の行く末を心配しているのも、どうでもいい」
私に話したから守り神の加護が失われるという訳の分からないことを言っていますが、そんなことは考えるだけ無駄です。
「ですが……一つだけ言っておくと、フォルス家はむしろ良くなるかもしれませんね」
あくまでもノヴァさんのいる場所をフォルス家というなら、それはきっと良くなるし、良くします。守り神以上の恩恵を与えるつもりなのですから。
ただそれはもう、あなたの考えているフォルス家ではないと思いますが。
「……一体、何を言っているんですか?」
眉を顰めるトラヴィスから無理に視線を外してゲートを起動します。もうここには用がない。
これ以上ここにいたら、この胸に燻っている火がまた燃え出しそうですから。
何も言わずに私はゲートに入り、その場を後にしました。
×××
ノヴァさんの屋敷に戻ってきて、肩で息をします。体にはまだ熱が籠っていて、怒りがとめどなく溢れてくるのが分かりました。
右手を壁について呼吸を整えて前を見れば、暗い廊下が映るだけ。
「……本当に、くだらない」
忌々しく呟けば、さらに怒りが燃え上がりました。
守り神の加護がなくなったからフォルス家が傾く?
そんなくだらないことで、私の最愛の人は苦しんだというのか。
なら、そんな加護なくなればいい。
なくなっても問題ない程の全てを、私はノヴァさんにあげるだけ。
「……ふぅー」
息を大きく吐いて、気持ちを少しでも落ち着かせます。こんな状態でノヴァさんの元に戻れるはずがない。
「あっ……」
痛みに右手を見てみれば、握りすぎて爪が食い込んだのか血が流れていました。
慌てて回復魔法をかけて傷を塞ぎます。手のひらの傷は跡形もなく消え去りました。
「…………」
誰もいない廊下の先をじっと見て、考えます。
きっと、ノヴァさんは今回の件でゼロードが次期当主になることに疑念を抱くはずです。いえ、ひょっとしたらもう抱いているかもしれません。
なら、もしノヴァさんが決意したなら……この一石を最大限活用させてもらいます。
そう心に燻る怒りの炎に理由を与えて沈めて、落ち着いた私はまっすぐに厨房に向かいました。
×××
厨房に到着してコーヒーを準備した私は、その後空き部屋へ。そこで二つの毛布を入手します。
片手にコーヒーの入ったカップを二つ持ち、もう片方の手に毛布をもってソニアちゃんの寝ている部屋へ。
部屋に戻れば、心配そうな表情でソニアちゃんを見るノヴァさんの姿があります。
「あ……シア、ありがとう」
「いえ、夜は冷えますからね」
ターニャさんが小さなテーブルを準備してくれたので、そこにコーヒーを置いて、ノヴァさんの方に毛布を掛けます。彼の隣に椅子を持ってきて座り、私もノヴァさんが握っているソニアちゃんの手を優しく握りました。
あまり効果はないかもしれませんが、治癒の魔法をかけてあげます。これで少しでも良くなればいいのですが。
「…………」
ふと、握っている手を自覚して横を見ました。真剣な表情でソニアちゃんを気にしているノヴァさんの姿が映ります。
もしも私達に子供が生まれれば、きっとこんな風に二人で看病する日も来るのかもしれません。
その頃には、こんな風に誰かを心配する気持ちはもっと強くなっているのでしょうか。
「……シア? どうかした?」
「え? あ……なんでもないです」
じっと見ていたら、気づいちゃいますよね。苦笑いをして視線をソニアちゃんに戻しました。
不思議です。さっきまではこれまで感じたことない程の怒りを抱いていたのに、ノヴァさんの隣に座って手を重ねているだけで穏やかな気持ちになります。
それにまさか、私が誰かを心配するなんて。
ずっと、何もかもがどうでもいいと思っていました。
アークゲート家も、ユティも、オーラも、それ以外の人も、ノヴァさん以外の人は皆、いてもいなくても構わないと。
でも、ノヴァさんと再会してから少しずつ変わってきました。ノヴァさんが気にしているから、オーラやユティ、ターニャさんを気にかけるようになりました。
ノヴァさんが心配するから、ノヴァさんが関わっているから、他の人をどうでもいいと思わなくなってきました。
他の人を気にかけるようになって、心配するようになって……それってまるで小さいときみたいですね。
「…………」
けれど同時に手を握っているソニアちゃんについても思うところがあります。
いえ、正確には彼女だとされている守り神とやら。
もちろんソニアちゃんがそんな特別な力を持っていないことは調べがついていますが……念のために本人に聞いてみますか? いえ、きっと目を丸くされるだけですね。トラヴィスもソニアちゃん自身は何も知らないと言っていましたし。
ただ、それは一旦置いておくとして、この守り神についてノヴァさんに伝えるべきでしょうか。
伝えた方が良いと思う自分と、今更それを知らせて彼を悲しませるのではないかと思う自分がいます。
そもそもこんな荒唐無稽な話を信じてもらえるのか……それにフォルス家の家庭環境の真実を私の口から言うのも……ですがノヴァさんはトラヴィスから引継ぎの時に守り神について聞くでしょうし……その時にトラヴィスが守り神を思って傍観したことは言わないように釘を刺す? いえ、それは違うでしょう……。
その日は夜通しソニアちゃんの手を握り続けながら何度も考え、結局彼を傷つけないために今は黙っていることを私は選びました。
ノヴァさんは夜通しソニアちゃんの面倒を見るでしょう。だからコーヒーと体を冷やさないように毛布でも持ってこようと思ったのですが、その前にどうしてもやっておきたいことがありました。
左手を動かしてゲートを起動。繋いだのは先ほどまでいたフォルスの屋敷の執務室。
ゲートを通れば、そこには驚いた表情を浮かべるフォルス家の当主トラヴィス・フォルスがいました。
「こんばんは、さっきぶりですね、トラヴィス様」
「と、当主……様」
少しずつ魔力を強めてトラヴィスに近づくのは、これから話す内容に嘘を述べて欲しくないからです。先ほどの彼の言葉はどこかおかしかった。
「教えてください。ソニアちゃんは何者なのですか? あなたのさっきの言葉から考えると、私にはどうしても彼女がただのメイドには思えません」
かなり小声でしたが、あのときトラヴィスはソニアちゃんを苦しめたゼロードの事を痛烈に批判していました。さらにはなぜソニアちゃんなのかということも呟いていました。
貴族の当主や息子がメイドを苦しめたというのは一般的に聞こえが悪いものの、そこまで大きな問題かというとそうでもありません。
けれどトラヴィスは違いました。むしろ彼の批判はまるで終わったと言わんばかりの痛烈っぷりで。
「……それは」
「別に調べても構いませんが、ここでトラヴィス様が話した方が手間が省けますし、あなたに対する心象も少しはマシになりますよ」
嘘は言っていない。マイナスまで振り切っている心象がほんの少しマシなマイナスになるだけですが。
トラヴィスは少し逡巡していましたが、やがて諦めたようにがっくりとうな垂れました。
「そうですな……こうなった以上隠すことは出来ますまい。もう加護もないも同然」
「加護?」
「……あの子の名前はソニア・ガーディ……彼女はフォルス家の守り神なのですよ」
トラヴィスの発した言葉は到底信じられるようなものではありませんでした。急に出てきた単語に、訝しげな視線を彼に向けます。
あの小さな子が大貴族フォルス家の守り神? いったい何を言っているのでしょうか。
しかしトラヴィスの顔は真剣そのもので、嘘を言っている様子はありません。魔法を使わなくても彼が心からそう思っているのが分かるくらいです。
「信じられないでしょう。ですが事実なのです。フォルス家の当主のみに代々知らされてきた守り神。ある時突然現れ、そしてある時に消えていく、そんな存在が彼女なのです」
「……ついに頭がおかしくなりましたか? あの子はソニア・ガーディ。平民出身のどこにでもいる女の子です」
ノヴァさんが前に話してくれた時に気になって調べましたが、ソニアちゃんについては怪しい点は何一つ出てきませんでした。サリアの街の何の変哲もない一般家庭で生まれて、フォルス家に奉公に出されただけの子。両親もはっきりしていますし、隠していることなんて何もないでしょう。
ただ、どうしてあの幼さで採用されたのかは分かりませんでしたが。
「確かにあの子は平凡な子でしょう。ですが守り神なのです。メイドの任命権は当主である私にある。あの子を面接したときに、最初は落とすつもりでした。当然です、あまりにも幼な過ぎる。
けれど彼女は自分が守り神だと言った。あの子とはとても思えない声色と雰囲気で。
その時に思い知ったのです。父上が言っていた守り神は、本当にいたんだと。何も知らない子供のあの子の中に、別の存在、守り神が居るんだと」
「……南の大貴族であるフォルス家がそんな荒唐無稽な話を信奉する程に落ちぶれていた事には驚きを隠せませんね。それならば、なぜ彼女を守らなかったのですか?
あるいはメイドを管轄するローエンさんにでも話しておけば、今回の件は防げたでしょうに」
「当主には守り神の力を得るための制約が課されます。守り神であることを誰にも話してはならない。そして守り神に過度に介入してはならない。これらを破れば恩恵はなくなる、そう言い伝えられてきました。もちろん、どこまでが本当なのかは私も分かりませんがね」
「…………」
何か制限を付けることで大きな力を得るということは聞いたことがあります。もしも仮にトラヴィスの言葉を真実と仮定するなら、フォルス家はその守り神とやらの力で繁栄してきた?
「このことは次の当主に今の当主から引き継がれます。守り神を制約の元で護り抜けば恩恵が得られる……のですが、私は失敗しました。
こうならないように3人の息子には幼い頃からメイドには決して手を出すなと言い聞かせてきましたし、厳しく当たっていたのですが、まさかゼロードが馬鹿なことをするなんて……」
「子供の頃の押さえつけは上手くいく場合と行かない場合があります。カイラスやノヴァさんはあなたの期待通りにメイドに手を上げるような人物にはならなかったけれど、ゼロードは感情をおさえられなかった。反動で大きくなったんでしょうね」
だからだったのかと合点がいきました。トラヴィスが厳格な性格なのは知っていましたし、息子にメイドに決して手を出すなと言い聞かせていたのも調べて得ていた情報です。
とても信じられませんが、彼は実在するか分からない守り神の事を考えて息子達……に……。
あることに気づいて、急速に頭が冷えていきます。今の話を聞いて、私は一つの事に気づいてしまいました。
ずっと思っていた事。なぜメイドには手を出さないよう厳格に躾けるのに、ノヴァさんに対してのゼロードやメイドの行いは見過ごしたのか。
最初はノヴァさんが覇気を使えないからそれを蔑んでの事だと、そう思っていました。
ですがトラヴィスが守り神とやらを護ることを最優先の目標とするなら、それはつまり……
「……まさか……ノヴァさんを身代わりに……?」
震えるような声で呟けば、トラヴィスは何も言わず、無言で俯くだけ。
その姿に、一気に頭が熱くなりました。
「あなたはっ! そんな訳の分からないもののために彼を犠牲にしたと言うのですかっ!?」
「……ノヴァは覇気が使えなかった。ならフォルス家の役立つために、彼には泥をかぶってもらいました。いつか来る守り神が守られるように。結果としてノヴァが家を出た後に守り神は屋敷にやってきましたがね」
――ふざけるなっ!
拳を強く握りしめ、全身から魔力を放出させて叩きつける。呼吸を忘れる程の怒りで、頭がおかしくなりそうだった。
言いたいことは分かる。集団心理は単純だ。もしも一人でも圧倒的な弱者がいれば、その後に入ってきたものは基本的に安全。だから守り神に被害が及ばないように、トラヴィスはノヴァさんを利用した。
トラヴィスはノヴァさんに関して暴力も暴言も行っていないのは調べがついている。けれどやったことはそのどれよりも悪辣で、気持ち悪くなるほどの邪悪。
防げる立場にいながら傍観したのだから。
言ったことは分かりますが、理解できないし納得しようとも思えない。
今この場で殺めてしまいたいほどの熱が、胸を焦がす。
「……っ!……ノヴァさんを屋敷全体が蔑ろにすることを仕込んで、しかも傍観したと……?」
必死に怒りを抑えて、私は言葉を紡ぎます。こんなところで彼を殺してはいけないのは理性では分かっています。でも、本能は今すぐ殺せと叫んでいる。
その本能を、ノヴァさんの姿を思い浮かべる事で必死に押しとどめます。
私が実の父親を殺したとなれば彼はきっと悲しむ。目に見えて悲しまなくても、心で思うところはあるだろうし、なによりそれを望まない筈。
――落ち着けレティシア。貴女は、シアでしょう
こんなところで手を下すのは間違っている。それに決めるならノヴァさんが決めるべきこと。
私がここで彼を殺めて良いことは何もない。
そう必死に自分を抑え込んで、抑え込んで。
「……いえ、仕組んではいません。ただ傍観はしました。……もっと言えば、妻のリーゼロッテとローエンには助けないように指示を出したくらいです。家の存続のためとはいえ実の息子にこのような仕打ちをしたことを不快に思うのも……無理はないでしょうな」
「……っ……もう……このことについて詳細を語らないでくださいっ」
そう吐き捨てて体内の魔力の暴走を抑え込みました。
この期に及んで後悔している様子を見せることや、愛する人ではなく世間体で怒っていると判断されたことは私の怒りに燃料を注ぎますが、それでも何とか耐えます。
もしもこれ以上話されたら、本当に何をするか分からない瀬戸際まで来ているのが自分でも分かるから。
魔力の暴走を止めたことでトラヴィスは背もたれに身を預け、大きく息を吐きました。
「……フォルス家はこれから傾くでしょう。ソニアを傷つけるのみならず、彼女はフォルス家から出て行った。……いや、ノヴァはフォルス家の一員だからギリギリフォルス家の中に収まっているのか?」
この期に及んで意味の分からないことを言うトラヴィスに、吐き気がしました。
「……くだらない」
「……なんですと?」
調べて、会って、私はこの男をあのクズであるゼロードよりはまだマシだと思っていました。
ですが、それは大きな間違いだった。
こいつはあの女と同じです。人を人としてではなく、モノとして見ている。
ノヴァさんはノヴァさんではなくフォルス家に所属している人として、ソニアちゃんはソニアちゃんとしてではなく、守り神として。
こいつは力のないあの女と同じで、自分の家の事しか考えていない。
息を整えて、まっすぐにトラヴィスを睨みつけます。
「くだらないです。正直、あなたの語る荒唐無稽な守り神とやらが本当でも幻でもどっちでもいい。あなたがフォルス家の行く末を心配しているのも、どうでもいい」
私に話したから守り神の加護が失われるという訳の分からないことを言っていますが、そんなことは考えるだけ無駄です。
「ですが……一つだけ言っておくと、フォルス家はむしろ良くなるかもしれませんね」
あくまでもノヴァさんのいる場所をフォルス家というなら、それはきっと良くなるし、良くします。守り神以上の恩恵を与えるつもりなのですから。
ただそれはもう、あなたの考えているフォルス家ではないと思いますが。
「……一体、何を言っているんですか?」
眉を顰めるトラヴィスから無理に視線を外してゲートを起動します。もうここには用がない。
これ以上ここにいたら、この胸に燻っている火がまた燃え出しそうですから。
何も言わずに私はゲートに入り、その場を後にしました。
×××
ノヴァさんの屋敷に戻ってきて、肩で息をします。体にはまだ熱が籠っていて、怒りがとめどなく溢れてくるのが分かりました。
右手を壁について呼吸を整えて前を見れば、暗い廊下が映るだけ。
「……本当に、くだらない」
忌々しく呟けば、さらに怒りが燃え上がりました。
守り神の加護がなくなったからフォルス家が傾く?
そんなくだらないことで、私の最愛の人は苦しんだというのか。
なら、そんな加護なくなればいい。
なくなっても問題ない程の全てを、私はノヴァさんにあげるだけ。
「……ふぅー」
息を大きく吐いて、気持ちを少しでも落ち着かせます。こんな状態でノヴァさんの元に戻れるはずがない。
「あっ……」
痛みに右手を見てみれば、握りすぎて爪が食い込んだのか血が流れていました。
慌てて回復魔法をかけて傷を塞ぎます。手のひらの傷は跡形もなく消え去りました。
「…………」
誰もいない廊下の先をじっと見て、考えます。
きっと、ノヴァさんは今回の件でゼロードが次期当主になることに疑念を抱くはずです。いえ、ひょっとしたらもう抱いているかもしれません。
なら、もしノヴァさんが決意したなら……この一石を最大限活用させてもらいます。
そう心に燻る怒りの炎に理由を与えて沈めて、落ち着いた私はまっすぐに厨房に向かいました。
×××
厨房に到着してコーヒーを準備した私は、その後空き部屋へ。そこで二つの毛布を入手します。
片手にコーヒーの入ったカップを二つ持ち、もう片方の手に毛布をもってソニアちゃんの寝ている部屋へ。
部屋に戻れば、心配そうな表情でソニアちゃんを見るノヴァさんの姿があります。
「あ……シア、ありがとう」
「いえ、夜は冷えますからね」
ターニャさんが小さなテーブルを準備してくれたので、そこにコーヒーを置いて、ノヴァさんの方に毛布を掛けます。彼の隣に椅子を持ってきて座り、私もノヴァさんが握っているソニアちゃんの手を優しく握りました。
あまり効果はないかもしれませんが、治癒の魔法をかけてあげます。これで少しでも良くなればいいのですが。
「…………」
ふと、握っている手を自覚して横を見ました。真剣な表情でソニアちゃんを気にしているノヴァさんの姿が映ります。
もしも私達に子供が生まれれば、きっとこんな風に二人で看病する日も来るのかもしれません。
その頃には、こんな風に誰かを心配する気持ちはもっと強くなっているのでしょうか。
「……シア? どうかした?」
「え? あ……なんでもないです」
じっと見ていたら、気づいちゃいますよね。苦笑いをして視線をソニアちゃんに戻しました。
不思議です。さっきまではこれまで感じたことない程の怒りを抱いていたのに、ノヴァさんの隣に座って手を重ねているだけで穏やかな気持ちになります。
それにまさか、私が誰かを心配するなんて。
ずっと、何もかもがどうでもいいと思っていました。
アークゲート家も、ユティも、オーラも、それ以外の人も、ノヴァさん以外の人は皆、いてもいなくても構わないと。
でも、ノヴァさんと再会してから少しずつ変わってきました。ノヴァさんが気にしているから、オーラやユティ、ターニャさんを気にかけるようになりました。
ノヴァさんが心配するから、ノヴァさんが関わっているから、他の人をどうでもいいと思わなくなってきました。
他の人を気にかけるようになって、心配するようになって……それってまるで小さいときみたいですね。
「…………」
けれど同時に手を握っているソニアちゃんについても思うところがあります。
いえ、正確には彼女だとされている守り神とやら。
もちろんソニアちゃんがそんな特別な力を持っていないことは調べがついていますが……念のために本人に聞いてみますか? いえ、きっと目を丸くされるだけですね。トラヴィスもソニアちゃん自身は何も知らないと言っていましたし。
ただ、それは一旦置いておくとして、この守り神についてノヴァさんに伝えるべきでしょうか。
伝えた方が良いと思う自分と、今更それを知らせて彼を悲しませるのではないかと思う自分がいます。
そもそもこんな荒唐無稽な話を信じてもらえるのか……それにフォルス家の家庭環境の真実を私の口から言うのも……ですがノヴァさんはトラヴィスから引継ぎの時に守り神について聞くでしょうし……その時にトラヴィスが守り神を思って傍観したことは言わないように釘を刺す? いえ、それは違うでしょう……。
その日は夜通しソニアちゃんの手を握り続けながら何度も考え、結局彼を傷つけないために今は黙っていることを私は選びました。
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でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
私の手からこぼれ落ちるもの
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❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
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