165 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第165話 メリッサ・アークゲートという人
しおりを挟む「まず覚えておいてほしいのは、かつてのアークゲート家は今とは全く違い、かなり重々しい雰囲気だったという事です」
ユティさんは椅子に座ったままで、長い話を始めた。
「前当主、エリザベート・アークゲート。私達のお母様である彼女は、彼女の代まででは歴代最高の当主でした。誰よりも強い魔力と剣の才を持ち、知謀にも優れ、政治にも精通。彼女の代でアークゲートは国内で他の追随を許さない程まで成長しました。
そんな彼女が支配するこの屋敷は、力こそが全ての世界。私はそこで生を受けました。アークゲート家次女として、姉であるメリッサの誕生から三年後の事でした」
ユティさんは腕を伸ばし、指で空中に文字を書く。
一番上にエリザベート。そしてその下にメリッサとユティが書き込まれ、線で結ばれた。分かりやすく家系図を作ってくれているのだろう。
「私とメリッサお姉様は三歳差。そこには確実な差があります。加えて姉は魔力と剣、どちらも非凡な才能があった。
そして私の誕生からさらに三年後、今の当主様が誕生します。私とは三歳差、姉とは六歳差になります」
線が伸びて、ユティさんの隣にレティシアと書き込まれる。シアの名前だが、その文字はほんの少しだけ薄いように思えた。
「あまり覚えていませんが、あの子が生まれた時は嬉しかった記憶があります。ただ同時に、しばらくしてからあの子が疎まれるようになってしまったことも覚えています。魔力をろくに扱えない欠陥品、放っておいてもその内消えるだろう、というお母様の言葉も」
「…………」
拳を強く握りしめる。けれどユティさんの話を遮ってはいけないと思い、我慢した。
「しばらく時間が経って、アークゲート家の中にはいくつかの派閥が出来るようになります。偉大なる魔女、エリザベートの後継者は誰か。最大派閥はメリッサお姉様のもの。こちらにはお母様の妹であるティアラ叔母様が筆頭でした。また彼女の娘であるアイギスやレインもメリッサお姉様を支持し、彼女と一緒に行動していました。
一方で、私はこの時ノクターン先生と交流を持っていました。お母様を補佐していた彼女から色々と教えを受ける中で、自分に合っているのは誰かを支えるという事だと気づき始めていたからです」
家系図にさらに書き込まれる。
エリザベートの隣にティアラが、その反対側にノクターンが。
ティアラとメリッサは丸で囲まれ、ノクターンとユティも丸で囲まれた。
「……お姉様と同じだけの教育を受けて、それに加えてノクターン先生からも指導を受ける私を、他の支持者達は好意的に見ていました。他ならぬお母様がどちらを次期当主に考えているかを全く明かさないことも理由の一つでした。そしてメリッサお姉様と私で二つに分かれた中で、あの子は誰にも目を向けられず、たった一人で居ました」
ユティさんの目の前で、薄く書かれたレティシアの文字が揺れる。
「魔力が全てのアークゲートで、それをまともに扱えないあの子は全てが許されませんでした。教育も訓練も、図書室への出入りも、専属の侍女すら許されていません。
知っていますか? あの子は外に出ることは許されていた。いえ、全く制限されていなかった。お母様としてはあの時のあの子が勝手に外に出て、そしてどこかで野垂れ死んでも構わなかったんでしょう。
屋敷の外には行けるのに、屋敷の中に行ける場所はほとんどない。それがあの子の世界でした」
そして……、とユティさんは強く拳を握り締める。
「私は……そんなあの子に一切の手を差し伸べませんでした」
信じられなかった。ユティさんの口から語られたのは、そのくらい衝撃的なことだった。
今、シアやオーロラちゃんの事を深く思っているユティさんが、そんな事をするなんて。
「当時、アークゲート家はメリッサお姉様と私で二分されていましたが、メリッサお姉様はあの子を最も嫌っていました。魔力の才、剣の腕、知謀の才、それだけで良かったのに、あの人はお母様から性格すら受け継いでしまったんです。
弱者を見下し、自分が上に立たなければ気が済まない、傲慢ですがそれが許される、そんな人だった。何度も見ました。お姉様があの子にきつく当たっているところを。従者であるアイギスもそれに乗っていましたし、レインも冷たい目線や言葉を投げかけていました。暴力や罵倒は当たり前、魔力が使えないあの子の人格を否定するようなことも聞いたことがあります」
ユティさんは語りながら震えていた。必死に腕を掴んで、その震えを押さえていた。
「お姉様は私の事を一番の敵と認識していました。もしそんな私があの子に手を差し伸べて助けたらどうなるか……あっさりと殺されればまだいい方です。きっと想像を絶するほどの苦痛の中で殺されるだろうとさえ、思いました。
幸いあの子は自室に閉じこもるようになり、お姉様からは逃れられましたが、それでも時折目をつけられていました。
……あの子の部屋、前は今のオーラの部屋だったんです。いくつも鍵があるの見たことがありますか? あれはあの子が与えられた僅かなお金で、外で買ってきた鍵なんです。自分の領域を少しでも護るための、ちっぽけな防壁なんです」
ユティさんの話を聞けば聞くほどに怒りが湧き上がる。今すぐそのメリッサやアイギス、レインとかいう連中を害したいと思うほどに、俺の頭は沸騰寸前だった。
ユティさんは何度も息を吐いて心を落ち着かせて、そして再び語り始める。
「そして事態はさらに悪化します。あの子が生まれてから6年後、オーラが生まれました。オーラは生まれながらにして素晴らしい才能を持っていて、しかもあの子のように暴走の心配もなかった。お母様がもっとも目をかけていたのは明らかでした。
……まあ、オーラからしたらたまったものではないでしょう」
ふと横を見れば、オーロラちゃんも苦しそうな表情でユティさんの話を聞いていた。
「ですがオーラが期待されていることはメリッサお姉様の目にも明らかだった。オーラが生まれたことで、これまで二つだったアークゲート家は三つに分裂しました。それまでの最大派閥のメリッサお姉様、お母さまが目をかけているオーラ、そして私の三つです。
覚えている限りでは、次期当主にメリッサお姉様を推す声とオーラを推す声が同じくらいになります。
メリッサお姉様は次第に焦るようになり、苛烈な言動も目立つようになりました。ここまで来て、私は完全にあの子に手を差し伸べることが出来なくなった。もしも差し伸べれば苛立つお姉様にあの子が何をされるか分からない……それに末の妹であるオーラは絶対者であるお母様の命令で会うことすらできない。
私……小さい頃からずっと姉妹で仲良くしたかったんです。でもメリッサお姉様とは確執があるし、あの子には手を差し伸べられない、オーラには会うことすらできない。どうすれば良かったのかって……今でも思います。私は……私は……どうすれば……良かったんでしょうね?」
「ユティさん……」
今になってユティさんの気持ちがよく分かる。彼女はただ姉妹で仲良くしたかっただけだ。けど生まれてすぐに暴君のような姉の対抗馬にさせられ、その後に生まれた妹達とも距離が出来てしまった。精神的な距離と物理的な距離が。
その中でユティさんは何とか妹達を守ろうとしたけど、ただの子供の彼女に出来ることはなかった。相手はユティさん以上に力を持った子供に、絶対者、それに力が全てのアークゲート家だったから。
だから彼女は今、それをしている。シアやオーロラちゃんに対して過剰と言えるほど気にかけるのも、シアから言われた仕事に対して言われた以上取り組むのも、彼女にとっての終わらない償いなのかもしれない。
息を大きく吐いて気持ちを少し落ち着けたユティさんは、再び口を開く。
「ただ、よくよく考えるとこの時にはもうすでにあの子はノヴァさんと出会い、力の制御に乗り出していたんだと思います。このときのあの子は、どこか違う場所を見ているような、そんな目をしていましたから。
一方でメリッサお姉様は成長し、十分な力をつけて北との戦争に参加します。私もしばらくしてそれに参加しました。私はノクターン先生の補佐が主でしたが、メリッサお姉様は一部隊を率いる程で、内部ではメリッサお姉様が次期当主だ、という声も大きくなっていきました。
メリッサお姉様とオーラの年齢差が12もあるのも大きな理由ですね」
12年という歳月は大きい。いくらオーロラちゃんが才能に満ち溢れていたとしても、経験でメリッサが評価では上を行ったってことは、なんとなく分かった。
「そして忘れもしないあの日、私が20歳の時です。
メリッサお姉様は北との戦争でダリア将軍に邂逅し、一騎打ちの末に命を落としました。享年23歳。あまりにも早すぎる死でした」
「……え?」
突然の死に、俺は声を上げる。視界の隅ではオーロラちゃんが目を見開いているのも分かった。
ユティさんはまっすぐな視線を俺に向けたままで、口を開く。
「その戦いの事は知りませんし、その前後でお姉様と会っていないので正確なところは分かりません。ですがメリッサお姉様はダリア将軍に勝てなくても、敗死するような人ではなかった。少なくとも逃げることくらいは出来たはずだと今でも思っています。だから」
そこで一回言葉を切って、ユティさんは衝撃的な一言を口にする。
「私は当主様がメリッサお姉様を殺害したのではないかと、考えています」
部屋の空気が、時間が、一瞬だけ止まったような気がした。
27
あなたにおすすめの小説
親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語
石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。
本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。
『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。
「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。
カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。
大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる