8 / 31
初夜を迎えまして②
しおりを挟む温かな家庭を築くとなれば、当然そこには自分たちの子供も含まれる。初夜にそういった発言をすれば、そのために必要な行為が連想されるのはごく自然なことだった。
セレナ自身がそれを意図して言ったことではなかったが、前向きに受け止めようとする気持ちがないわけではない。身体を見られるのは恥ずかしいが、行為そのものを拒みたいわけではないのだ。
おずおずと、けれど確かな動きで、こくりと首を縦に振る。
すると即座に、温かな胸に抱き込まれた。
「ありがとう……大切にする」
耳の上あたりで発せられた声は語尾がわずかに震えて、セレナは胸が詰まるほどのときめきを覚えた。
優しい動作で顎を持ち上げられ、エミリオとしばし見つめ合う。
その瞳の奥にどこか焦がれるような色を見つけた気がして、セレナは勘違いしそうになってしまう。もしかしたら彼も、ずっとセレナのことを想ってくれていたのではないか、などと。
己の妄想が恥ずかしくなって目を閉じると、エミリオの唇がセレナのそれにゆっくりと重ねられる。
結婚式のときと同じく、軽やかな羽のようなかすかな触れ合いだ。
しかしそれは徐々に深まっていく。焦れったくなるような速さで何度も触れては離れてを繰り返しているうちに、次第に互いの唇はしっかりと重なり合い、交わるような角度へと形を変えていく。
どれほど二人でそうしていただろうか。セレナがようやくキスに慣れてきた頃合いのことだった。不意に唇の合わせ目を舐められたセレナは、ぴくんと身体を震わせた。
「……っ」
エミリオがなにを求めているかがすぐさま理解できて、じわりと肌の温度が高まる。
それでも、閨では夫に身を任せなさいという教育係の言葉に忠実に従おうとしたセレナは、すぐに唇を開こうとした。が、その直前でふと思う。
――こんなに即座に応じては、まるで待ち構えていたみたいで慎みなく思われないかしら。
だが、口を開けるタイミングを見計らってもったいぶるのも違うだろう。
どうするのが正解かセレナがぐるぐると悩んでいるうちに、エミリオは妻が嫌がっているのだと勘違いしたらしい。
口付けをやめようとする気配を感じ取って、セレナは慌てて彼の首に腕を回した。自ら口を開いておそるおそる舌を出し、先ほど彼にされたように相手の唇を舐めてみる。
「――ッ、セレ……っ」
急に抱き上げられたかと思ったら、次の瞬間には寝台の上に身体を横たえられていた。
目を開けて状況をよく確認する間もなく、覆いかぶさってきた夫によってまた唇が塞がれる。口内に舌を迎え入れると同時に彼の唾液が流れ込んできて、その生々しさにくらくらした。
舌を絡め取られ、ぴちゃ、ぴちゃ、という水音が頭の中に大きく響く。エミリオの舌はセレナの反応を逐一窺うようにゆっくりと動いて、決して乱暴にすることはなかった。そのせいで、今彼としている行為をよりはっきりと認識させられてしまい、セレナは頬を熱くした。
「……んっ……ふ……エミリオさま……はぁ」
口が離れた瞬間に大きく息を吸う。不慣れで不格好になってしまうのがものすごく恥ずかしい。最初はエミリオも同じようにしていたのだが、彼のほうは早々にコツを掴んでしまったらしい。それでもセレナのために息継ぎのタイミングを与えてくれている。ありがたくはあるものの、内情を完璧に把握されているということでもあって、羞恥がいっそう降り積もる。
「……ん、ふ……んっ……」
再び彼の温かい舌で口内をくすぐられて、セレナは戸惑いながらも懸命に応えようとした。しかしそこで全く別の部位をまさぐられる感覚があって、びくんと身をよじらせる。
「ふ、ぁ……っ」
口付けを続けたまま、エミリオの右手がセレナの腰を布越しにゆるゆると撫でていた。尻から胸の下あたりまでを数度往復したその手は、思い切ったように裾をめくり上げ、直接肌の感触を堪能しはじめる。
「ぁ……っ、ぁっ」
こんなふうに、ただ愛撫することだけを目的に、そんなところに触れられたことなどない。脇腹からおへそまでを指先でくすぐられると、慣れぬ刺激にセレナの吐息は激しく乱れた。
もしかすると自分は敏感なたちなのかもしれない。エミリオの男らしい無骨な手が少し肌の上を這うだけで簡単に呼吸を震わせてしまう。それだけでなく弱々しい声までこぼれてしまうので、セレナは恥ずかしくてたまらなかった。
彼の手は徐々に頭のほうへ進んでくる。その腕に引き上げられるように寝間着の裾も持ち上げられ、肌があらわになっていく。
そうしてその手が胸元に差し掛かったときのことだった。エミリオの動きがぴたりと止まった。
セレナは思わず首を傾げて、すぐにそのわけを悟った。途端、かぁぁっと顔全体に熱をのぼらせる。
「……かなり、着痩せ、するんだな」
唇を離し、上体を起こした彼が、ものすごく硬い声でそんなことを言った。
36
あなたにおすすめの小説
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる