このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃

文字の大きさ
30 / 31

妻が居眠りをしておりまして②

しおりを挟む

 身を焦がすような衝動を全力で抑え込み、静かに告げると、彼女は素直に従った。その唇に、エミリオは極力優しく、慎重に、自身のそれに触れさせる。

 妻の唇の柔らかさを感じ取った瞬間、じんと痺れるような高揚に全身が包まれる。

 セレナの前では常に理知的な夫として振る舞っていたエミリオだが、実際のところは、初夜の翌日からずっと、彼女と再びこうすることばかり考えていた。

 だが、それも仕方がないことだろう。愛する人と触れ合いたいというのは人間の根源的な欲求だ。それは、いくら自慰などしても誤魔化せるものではないのだ。

 こうして結婚して、なにに阻まれることなくセレナに触れていい権利を手にしてしまったからこそ、エミリオは戸惑っていた。歯止めの利かなくなった自身の欲に。

 ――だが、彼女を怖がらせ、無理を強いることは絶対に避けなければ……!

 溢れ出しそうになる愛欲をギリギリで押しとどめているのは、ただその一念だった。

 エミリオはセレナの様子を窺いながら、少しずつ少しずつキスを深め、角度を変え、何度も唇を重ね合わせる。そうするうちに口付けは徐々に舌を絡ませるような濃厚なものになっていき、互いの口内で響く淫らな水音が大きくなっていく。

 セレナは甘い吐息を漏らしながらも懸命にこちらに応えようとしてくれて、その健気さがたまらなく愛おしい。

 妻と情熱的なキスを交わしつつ室内を大股で横切っていったエミリオは、セレナの細い身体をゆっくりと寝台に下ろした。

 そのまま一度キスをやめようとしたが、離れたくないとでもいうように彼女の腕が首の後ろに回されて、エミリオはグッと息を詰めた。

 誘惑されるように、セレナの舌を強く吸い、その柔らかな肢体に手を這わせる。腰骨のあたりから頭のほうへと手を動かし、エミリオを惑わせてやまない膨らみへ――

「――っ、すまない……!」

 一瞬我を忘れて深い行為に進もうとしていたことに気づき、エミリオは慌てて妻から離れようとした。セレナがしたいと言ったのはキスだけであって、その先は受け入れていない。

 なのに、衣服の袖を掴まれたことでエミリオはその場から動けなくなってしまう。ほかならぬ妻の手によって。

 か細い声が耳に届いた。

「やめないで……」

 思わず出てしまった言葉なのか、セレナはハッと息を呑んだあと、遠慮がちに続けた。

「エミリオ様がおいやでないなら……わたくしは……」

 恥じらいからかその先をどうしても口にできないらしく、きゅっと唇をつぐむ。だが、エミリオを引き止めた手はしっかりと袖を握ったままで、彼女の意志の強さが垣間見えた。

 それでもやはりエミリオは躊躇してしまう。それは他者を優先しがちな妻の性格を知っているがゆえだった。

 袖を掴んだ手を上から手で包むようにして指をほどかせながら、セレナの顔を覗き込む。

「本当に? 無理だけはしないでくれ。あなたのためなら私はいくらでも待てるから」

 だが、セレナは小さく首を横に振り、涙目になりながら震えた声を出した。

「……ったら……?」
「え?」
「待たなくても、いいって、言ったら……? エミリオ様のお心の準備ができているのなら、わたくしは、いつでも……っ」

 真っ赤な顔でそんなふうに言われて、エミリオは己の欲求が激しく揺さぶられるのを感じた。だが、すんでのところで踏みとどまる。 

「それ、は……あなたも心から望んでいることなのか……? 義務感に駆られてそう言っているのではないか……?」

 セレナはまたふるふると首を横に振る。それから深く呼吸して、今度はいくぶんしっかりした声で答えた。

「義務だから、だけではなくて、気持ちのうえでも、エミリオ様の妻にきちんとなりたいと望んでいるのです」

 そう言って、涙できらめく目でじっと見つめてくる。
 その瞳は、本心からそれを望んでいるのだと切実に訴えていた。

 慎み深い妻が、こうまでして自身の願望を口にしたことに――しかもそれが、きちんと妻になりたい、だなんて、いじらしく健気なものだったことに、エミリオの心と身体は熱くなった。

「……少しでもいやだと思ったら、必ず言ってくれ。分かったな?」

 こくこく、と妻がはっきり頷いたのを確認して、エミリオはその寝間着に手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...