朱色のおくるみ

だんだん

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プロローグ

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 子どもが生まれた時、何て幸せなんだろうと思った。さっきまであんなに痛かったのに、そんな痛みも忘れて目を瞑って泣く我が子を抱いた時、あまりの愛おしさに死んでしまいそうだった。
「生まれてきてくれてありがとう。」
 その言葉は本当に心から出たものだった。抱き締めてこのまま離したくないと、そう思ったのだ。





「おはよう~。」

 そう言って、カーテンを開けると温かい陽気が部屋に入り込んだ。娘はまだ夢の中にいるのか静かだった。
 そろそろ泣き始めるだろうか…女は時計の針を見て、ミルクを作る。温度を確認して娘を抱き上げその小さな口元に哺乳瓶をあてがった。
 まだ完全に起きていない娘だったが、小さな口をもぞもぞと動かし小さく喉を鳴らして飲み始める。

「今日も可愛い。いっぱい飲んで大きくなるんだよ。」

 ミルクが終わると、ゲップをさせてから哺乳瓶を洗いに洗面台に向かう。ミルクを飲んでまた寝てしまったのか、娘は静かにしていた。
(何て良い子なんだろう。)
 女は幼い娘を見て微笑む。
(あぁ、幸せだ。)

 女の娘が生まれたのは去年の11月。夏の陽気が去り涼しくなった頃だった。もうすぐ生後4カ月になる娘はとても順調に育っているように見えた。この子は長い事不妊治療をしてやっと授かった子だった。女の年齢からしても、もう一人産むことは考えられない。きっとこれが最初で最後の子育てになるのだと思うと、より一層この一瞬一瞬が得難いもののように思える。

「起きたら絵本を読んであげるからね。」

 女は眠っている娘にそう声を掛け、家の中の掃除を始めた。こうして娘が眠っている時にしか家事をする時間がない。いつ起きるか分からない赤ん坊を気にしながらの家事は案外、途中途中で手が止まるものだ。洗濯物を干そうとした所で起きて、濡れたままの洗濯物がそのままになる、なんていうことは良くある事なのだ。
 これでも、新生児期に比べたら楽になった方だ。なかなか寝ない我が子と格闘した日々がもう遥か昔のように思える。
 けれど、これから動き出すだろう娘の事を思うと本当に無事に育てられるのか、と少し不安を覚える。

「ああ、駄目駄目。頑張ろっと!」

 首を振って掃除機をかける。掃除は好きだ。するするとゴミが床から消えていく様は見ていて気持ちが良い。産後、ごっそりと抜けていった髪の毛の束が、所々に落ちているのを見つけては手を止めて粘着テープで取り除く。

 そうこうしているうちに、娘のもぞもぞと起き出す音が聞こえた。女は慌てて手を止めて、娘のそばへと向かうのだった。

「おっきしたのね~。ママと遊ぼうか。」

 赤ちゃん向けの絵本を取り出して、娘を抱えた前に広げる。もう何度も読み聞かせたそれは、内容が短いのもあって暗唱出来るほどだった。赤ちゃんに絵本なんて意味があるのか…そう思う人もいるかもしれないが、言語能力の発達だけに留まらず、親子の絆を深めることによる情緒の安定や、想像力、集中力などの土台を作るのに良いとされている。それらの理由から、絵本の読み聞かせは将来的な学力の向上にも役立つとされているのだ。そう、育児書で読んだ女は娘が産まれてからというもの、毎日のように読み聞かせを行っていた。

「面白かったね。」

 本を読み終えると手持ち無沙汰になる。しばらく頭を撫でたり、話し掛けたりして過ごすと、あっという間に次のミルクの時間になった。

「あ、もうこんな時間…!ちょっとだけ待っててね~。」

 娘を布団の上にそっと降ろすと、女はミルクを作りに向かった。

(なんて…幸せなんだろう。)

 日々の幸せを祝福するかのように明るい夕日が小さなアパートの一室を照らしていた。


 ピンポーン


 インターフォンの音が部屋に木霊した。女は頼んでいたベビー用品が届いたのだろうと玄関へ向かったーーーーー。


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