元最強騎士とスライムのよろず屋経営

白波ハクア

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魔法の特訓

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「魔法の勉強をしましょう」

 次の日の朝、いつも通りよろず屋を訪れたレーナを待っていたのは、そんな言葉だった。

「魔法か?」
「はい、魔法です。今日からはそれを覚えましょう」
「だが、私には魔法適性がないぞ? ……まさか、無理矢理適性させるとか言うのではないだろうな?」

 シエラならばそう言い出しそうだ。
 身構えて警戒するレーナに、店主はそんなまさかと笑う。

「流石に適性がないのを無理矢理改変させると、レーナさんの体が保たないかもしれないですね。あれ、結構痛いんですよ」
「…………やったのか」
「ええ、三日三晩床を転げ回っていました。やってみます?」
「いや、それは遠慮しておこう」

 適性を無理矢理改変する。
 そのことに興味が湧かなかった訳ではない。
 しかし、あのシエルが三日三晩激痛で床を転げ回ったと聞いて、絶対に知りたくないと思った。

「でも、今は無理でしょうけど、特訓して耐久力が上がったなら、改変した方がいいですよ。色々な魔法を使えるようになると、生活をする上で便利です」

 シエラは元々、五大属性の一つ『闇魔法』のみに適性があった。
 闇魔法は敵を弱らせたり、隠密行動したりするのに特化した魔法だ。
 五大属性の中でも特殊な部類に入るその魔法は、日常生活で使うには不便だった。

 火魔法と水魔法は言わずもがな。
 風魔法は洗濯物を乾かすのに使えるし、火魔法を合わせた熱風で髪を乾かすことも出来る。
 聖魔法は暗い場所を照らすのに便利で、傷を癒すことも可能だ。
 だが、闇魔法は日常生活で使い所がない。

 ──なら、他の属性も使えるようにしてしまおう。

 そう思ったシエラは、自分をした。
 一気に他の四属性を適性にし、その代償で全身を針で貫かれるような体験をした。発狂し、床を転がり、気絶することも出来ない生活が三日続いた。
 相棒のスライムに手助けをしてもらいながらも、それだけ過酷な出来事だった。

 そのおかげで今は、全ての適性を獲得している。
 シエラはその時のことを後悔していない。
 そのおかげで生活しやすくなったし、強くなった。

 きっとあれは、一気に四属性も改変しようとしたから、あのような激痛を味わったのだろう。
 そう思ったシエラは、一つずつならば体への負担は軽減出来るだろうと予想した。

 それならば、一般人のレーナでも耐えられる。
 だから改変をお勧めしたのだが、首を振られて拒否されてしまった。

「そうですか。残念です。……ま、今回レーナさんに覚えてもらうのは、五大属性の魔法ではありませから、別に改変は
どうでもいいです」
「五大属性ではない? では、どんな魔法だというのだ?」
「それは聞いてからのお楽しみです」

 全ては魔力の扱いを覚えさせてからだ。
 魔法を扱ったことがない者は、体内で魔力が暴走してしまう可能性がある。
 もしそうなってしまえば、抑えきれなくなった魔力が高まり、最終的に体が爆発四散する。

 実際にそういう人がいた。
 シエラはその場面を見ていたので、悲惨な光景を今でも鮮明に覚えている。

 レーナはそのことを聞き、顔を顰めた。
 人間の体が四散する光景を想像してしまったのだ。

 魔法は便利だが、危険を伴う。
 それを改めて理解した少女に、シエラは笑いかける。

「大丈夫です。確かに魔法は便利ですが、操作を覚えれば誰でも簡単に扱うことが出来ます。なので、頑張って勉強してください」
「勉強とは、どんなことをするのだ?」
「私が持ってきた魔法に関して書かれた本を読むだけです。とにかく脳に叩き込んでください。わからないことがあったら、私に質問していただければ教えますので。……簡単でしょう?」
「あ、ああ……」

 自信なさげにレーナは頷く。

 それだけで済むとは思わなかった。
 あのシエラだ。絶対に何かあると信じて疑わない。
 だが、今それを問い詰めても適当にはぐらかされるだけだと、レーナはわかっていた。

「では、行きましょう」
「行くって何処へだ?」
「私が作った勉強部屋ですよ」
「シエラが作った部屋? それはどういう……?」
「来てみればわかりますよ。さ、行きましょ」

 シエラが作った部屋。
 変な言い回しが気になったレーナは、どういうことだと問いかける。しかし、説明するよりも見てもらったほうが早いと判断したシエラは、こっちですと言って歩いて行く。

 そして──

「なんだここは!?」

 レーナが案内されたのは、何もない部屋だった。
 否、何があるのかわからないと言った方が正しい。
 その部屋だけ、世界が切り取られたかのように暗黒が広がっている。見るだけで深淵に引き込まれるのではないかという錯覚が、レーナを支配する。

 灯りを照らしても意味はない。

 一目見ただけで恐怖を感じたのは、生まれて初めてのことだった。
 全身に悪寒が走り、膝が笑っていうことを聞かない。吐き気を催すも、廊下で吐瀉物を撒き散らす訳にはいかないと、必死に堪える。人としての気をしっかり保とうと剣を握るが、その手が震えていた。歯がカチカチと鳴り止まない。

 シエラはその中に臆せず入る。いつものニコニコとした表情で、何事もなく深淵の世界に足を踏み入れた。
 彼女は、この部屋を自分で作ったと言った。
 何をどうやったら、こんなにも恐ろしい部屋を作り出すことが出来るのか。

 レーナはそのことに恐怖した。
 とてもではないが、正常な感覚を持った人間がこんな世界を作り出せる訳がない。

 以前、シエラに何者だと問いかけた時は、ただの興味本位だった。
 これほどの者がただの平民であるはずがない。そう思って質問をした。

 だが、今回は違う。
 これほどの物を作り出す者が、人間であるはずがない。

「……どうしたのですか? ほら、早く入ってください」
「い、いあ……いや、ぁ……」
「何が嫌なんです? 大丈夫ですよ。死にはしません。剣を振らせる代わりに、どんな厳しい特訓でも耐えると言ったではないですか」

 ね? だから頑張りましょう?

 シエラは手を伸ばす。
 その手は、地獄に引き摺り下ろそうとしている亡者の手にしか見えなかった。

 レーナは必死に首を振る。
 目元からは大粒の涙を流し、嗚咽を漏らす。でも、気を強く持とうと頑張って笑顔を作る。
 それを見て、シエラは嬉しそうに微笑んだ。

「そんな笑って泣くほど嬉しいですか?」
「あは、あはは……」
「そうですかそうですか。それは良かったです。さ、後は勇気を出して踏み出すだけです」
「あはははは」
「大丈夫ですって。死にそうになったら、この暗黒を解除しますから」
「あはは、えへっ……」

 レーナは笑う。
 それにつられて、シエラも笑った。心から楽しそうに、無邪気な笑顔で。

「えへ、えへへへっ、えへ……」

 シエラが手招きをしている。
 そうだ。あっちに行かなくては。
 私も彼女の後を追わなければ……。

 レーナは、一歩を踏み出した。

「──っ、──!!」

 一秒も経たずにレーナは発狂し、よろず屋全体に断末魔の叫びが響き渡った。
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