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虚無の檻

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 暗黒世界で授業を始めて、一週間が経っていた。

 やっていることは変わらない。
 魔力が枯渇するまで授業をやり、枯渇したら回復するまで外に出る。
 それを繰り返していく内に、レーナは暗黒世界で最大一日は滞在出来るようになっていた。
 それでも意識は時々薄れ、自分が何をしているのか判断出来ないことがあった。

 だが、シエラはいつもと変わらず、変然とした表情で持参してきた本を読んでいる。

「五大属性の中で、どれが好きですか?」

 視線を本から外さないまま、シエラは唐突にそう言った。

「は? なんだいきなり……」
「どれが好きですか?」
「……そうだな。強いて言うなら、火、だろうか?」
「その心は?」

 謎かけのような質問だと、レーナは思った。

「そうだな……単純にかっこいいからか? やはり、迫力があるものは憧れる」
「なるほど、子供ですか?」
「う、うるさい!」

 真面目な口調から間違えられることが多いが、これでもレーナはまだ17歳だ。
 そういう派手なことに憧れはあるし、やってみたいとも思う。

「ま、火魔法が一番派手だというのは否定しません。闇魔法はどうです? 戦闘では意外と役に立ちますよ?」
「唐突な宣伝やめろ。……だが、確かに闇魔法は地味だが、使いこなせると便利だな」
「そうですよ。馬鹿が付くほど地味で、魔法使っている気分にはならず、というか本当に効いているのかわからない魔法が多いですけど、使いこなせば強いですよ。使いこなせるのならですけど」
「宣伝したいのか貶したいのかどっちかにしろ!」

 シエラの言う通りだ。
 闇魔法は五大属性の中で一番人気がない。
 その理由は、使っている感触がないからだ。
 効果も地味で、一見してみると本当に魔法が発動したのかもわからない。

 だが、やはり戦闘での面を考えると便利だ。
 敵を束縛や相手の弱体化等、他にも色々あるが、敵よりも有利に立ち回れる魔法が沢山ある。

「ということは、この空間も闇魔法なのか? ほら、シエラから聞いたこの部屋の効果から考えて、闇魔法と酷似しているだろう?」
「半分正解で、半分不正解ですね」
「……どういうことだ?」
「うーん、闇魔法って言われれば闇魔法ですし、闇魔法じゃないって言われればそれも間違いではありません」
「他属性との融合魔法だということか?」

 シエラから教材として渡された本の中には、複数の属性を組み合わせて放つ『融合魔法』または『複合魔法』というものがあると記されていた。

 半分正解で半分不正解。
 それは闇魔法だけで作られている空間ではない、という意味なのではないか。そう思ったレーナだが、シエラは首を振る。

「それは違います。他の魔法は一切使っていません」
「だったら、どうしてそんな曖昧な返答をするのだ?」
「これは闇魔法であって、闇魔法を超越した魔法だからです。私はこの魔法を──暗黒魔法と呼んでいます」
「暗黒、魔法……」

 どの書物にも載っていない未知の魔法。
 それがシエラの口から平然と飛び出した。

「私は考えました。闇魔法はこれで完成ではないと。もっと効率良く敵を弱体化し、敵を確実に殺せる魔法が眠っているのではないか、と」
「それで生み出したのが、その暗黒魔法だというのか?」
「はい。闇魔法を研究し、こうして私は、闇魔法の真なる力を手に入れました」

 ですが、これは闇魔法であって闇魔法ではない。とシエラは言う。

「この空間、本当の名前は『虚無の檻』と言うのですが、これは闇魔法にしては歪でした」
「だが、効果は闇魔法とは変わらないと思うが? 現に私は、今も魔力と精神を削られているのだろう?」
「それは私がこの魔法を抑えているだけにすぎません」
「……もし、本来の力を出したら、どうなる?」
「レーナさんは一分も経たずに消滅するでしょうね」
「──!?」

 死ぬのではなく、消滅。
 虚無の檻は全てを吸い取り、シエラの力として吸収される。
 それは魔力だけではない。対象の力も能力も、魂や肉体さえも奪われる。これが晴れた時には、死体すら残っていない。
 だからなのだ。

 それをシエラは当然のように言う。
 だからなのか。レーナはより、そのことに恐怖した。

「そんな危険な魔法だとは……!」
「大丈夫ですって。抑えているって言ったではないですか。吸収しているのも魔力だけですし、精神が削られているのは、そのついでです」
「……そうか、それを聞いて、安心した」
「はい……ということで、私の作り出した魔法は、闇魔法と呼ぶには異常でした。なので、新たに暗黒魔法と名付けたのです」
「魔法とは凄いな。こんなことまで編み出せてしまうとは」

 だが、それは簡単なことではないのは、魔法を使ったことのないレーナでも理解している。

「お勧めはしませんよ……あなたが人でありたいのなら、ね」
「……? おかしなことを言うのだな。確かにシエラは人間離れしているが、人なのには変わりないだろう」
「…………そう、ですね。そうだといいですね」

 そう呟くシエラの声は、どこか寂しげだった。

「っと、それはそうとして、魔法はある程度覚えましたか?」
「ああ、基本的な部分は覚えられたと思う」
「……ふむ、では軽いテストをしましょう」

 こうしてテストが行われることになった。
 と言っても、テスト用紙を使ったようなお堅いものではない。
 シエラが質問して、レーナが答える。それの繰り返しだ。

「一番適性の少ない五大属性は? 理由も述べてください」
「聖魔法だ。理由は、聖職者の血筋がある者のみにしか適性がないからだ」
「正解です。では、五大属性の中で一番扱いが難しい魔法は?」
「火魔法だ。理由は、単純に危険だからだ」
「正解です。……ふむ、最後の質問です。というか、これがわかれば後は知っていようが、そうでなかろうがどうでもいいです」
「…………じゃあ、どうして大量の本を読ませたのだ? さっさとそれを教えてくれれば、もっと早く次の段階へと行けたのではないのか?」
「レーナさんの魔力量を増やす。大量の情報を読む集中力。その中から必要な情報を探る判断力。虚無の檻で克服する恐怖心。それを一気に鍛えるため、わざと遠回しなことをやりました」
「そうか……そこまで考えて私を……」

 シエラはいつも思い付きで行動しているのだと思っていた。
 しかし、それが勘違いだとわかって、今一度見直したレーナ。

「ま、今適当に理由付けただけですけど」

 ガンッ! と何かを激しくぶつける音が、暗闇に聞こえた。
 それはレーナが拳を机に打ち付けた音だった。

「っ、~~~~!」

 予想外に力を込め過ぎて痛かったのか、声にならない声で痛みに耐えるレーナ。

「大丈夫ですか?」
「…………だい、じょうぶだ!」
「そうですか。では、最後の質問です。魔法を扱う上で、一番必要なことは?」
「……イメージだ。固定概念に捉われない想像力が、魔法を上手く扱うコツとなる」

 全ては想像力だ。
 頭の中に炎を思い浮かべて魔力を込めれば、現実に炎は出現する。
 これを鍛えることが出来れば、無駄に長ったらしい魔法詠唱を省略することが可能となる。

「正解です。しっかりと覚えられているようですね」
「…………」
「どうしました? 何か不満そうですね」
「……いや、その質問はズルいと思う」

 その事実が露見していれば、今頃詠唱をする人はいない。わざわざ詠唱をする理由がなくなるのだ。そんな面倒なこと、誰もしなくなる。
 だが魔法使いは、今も面倒な詠唱を唱えているのがほとんどだ。

 それは何故か?

「それは本に載っていない情報だ。休憩中シエラとの会話で、ふとした時に出た言葉のはずだ」
「本に載っていることの全てが正しいとは限りません。基本の知識は本で補えますが、それだけでは不十分です。それを判断するのも大切ということですね」
「……なるほど、よくわかった。つまり、それについて深く追求するのであれば、外の情報だけではなく、時には自分で考えろということだな?」

 レーナの結論に、パチパチと拍手が鳴る。

「お見事、その通りです。このイメージの力は、特にレーナさんに必要なものです。絶対に忘れないでくださいね」
「私に必要なもの? それは、この後教えてもらえる特殊な魔法に関係していると判断していいのか?」
「はい、とても重要です。むしろ、イメージ以外でやるのは、ほぼほぼ不可能ですね」
「ふむ……」
「──さて、これでレーナさんは十分な知識を得られました」

 シエラは徐に立ち上がる。

「次の段階に移りましょう」

 パチンッと指を鳴らす。
 その瞬間、全てが消え失せた。
 まずは物がなくなった。座っていた椅子さえもなくなり、支えがなくなったレーナは尻餅を付く。
 次にシエラが消えた。霞のように消えて、気配すらも感じられなくなった。

「これから私は適当な魔法をレーナさんに打ち込みます」

 魔法を打ち込む。
 そう聞いたレーナは咄嗟に身構え、すぐに異変に気付き、慌てた声を上げる。

「ま、待ってくれ! 剣が、剣がないんだ!」
「没収しました」
「はっ!?」
「剣で防ごうとしても、意味はないじゃないですか。なので没収しました」
「だ、だがっ! 私はまだ魔法を使ったことが──」
「では行ってみましょー」
「聞いて!?」

 レーナは抗議したかった。
 だが、言えなかった。

 そんな暇もなく、シエラの放った魔法が容赦なく、剣を奪われた無力な少女に降り注いだ。
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