28 / 29
ただの授業
しおりを挟む
「無理ですよ」
静かに、だがはっきりと口にされて言葉は、どうしようもなく非情な現実だった。
「神器に取り込まれた人は、絶対に助かりません。まだ最初の段階であれば希望はありましたが……」
「これはほぼ完全に融合している。剥がすのは無理」
「しかも、体は見るからにぐちゃぐちゃ。万が一に助けられたとしても、すぐに死にます」
──だったら、殺した方が救いになりますよ。
シエラはそう言い、漆黒の大剣を肉塊に突き刺した。
ぐちゅり、と気味が悪い音が鳴り、漂う悪臭が更に酷くなる。
「うーん、ここですかね……いや、ここ? 違うなぁ、ここですか? ……うむむ……」
まるで粘土をこねくり回すように、シエラは大剣の先で肉塊を掻き分ける。
レーナの目には、それが異常に映った。
今は肉塊だとしても、元は人間だったものだ。
漂う悪臭に対して何一つ表情を変えず、ぶつぶつと何かを呟きながら剣で弄るその姿は、誰がどう見ても異質にしか映らない。
「何を、しているのだ……?」
「何って……探しているのですよ」
「探す? 一体何を?」
「うーん、核って言えば良いのですかね?」
核と言われて思いつくのは、首領だったものの腹にある神器だ。
しかし、シエラはそれとは反対にある場所から剣を突き刺している。
「神器と一番深く繋がっている場所。それが核。シエラはそれを探している」
「し、しかし、これでわかるのか?」
レーナの問いに、ミシェルは首を横に振った。
ではどうやって探るのだ? そう言いたげな視線を向けるレーナに、ミシェルは一言。
「勘」
「……勘、だと?」
「そう、ただの勘。ここかな、ここじゃないな。それだけで判断している」
「それでは何もわからないのと一緒だ」
「……まぁ、見ていればわかる」
ミシェルは意味深にそれだけを言い、シエラの行いをただジッと見つめた。
これ以上は何も言っても教えてくれない。それを悟ったレーナも、シエラの核探しが終わるのを待つことにした。
──人の慣れとは恐ろしい。
あれほど鼻を刺激していた悪臭も、慣れた今ではどうとも思わない。
きっと、二人も同じように慣れたのだろう。自分が考えられないほどの場数を踏んだことで、この酷い有様に慣れてしまったのだろう。
レーナがそう思うのと、シエラが「あっ」と声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「……やっと見つかったか」
「はい、お待たせしました」
「それで、その核とやらをどうするのだ?」
シエラとミシェルの二人は、神器を絶対に壊せないと断言した。
それでいてわざわざ核を探すのだから、何か他に神器をどうにかする手段があるのだろう。そう思ったレーナだったが、シエラはあっけらかんとした様子で、一言。
「何もしませんよ?」
「…………はぁ?」
「……あ、説明不足でしたね。私は、何もしません。おいで、ミシェル」
「わかった」
シエラに手招きされ、ミシェルは肉塊の近くに歩み寄る。
「ここ、この嫌ぁな感覚がするところに、核があります。わかりますか?」
「その説明でわかると思うのなら、一度死ぬことをおすすめする」
「……うーむ、なんか、ゾワッとしません?」
ミシェルに大剣を渡し、「ほら、ここ。ここです」とぐちゃぐちゃ掻き乱す。
「…………確かに、なんかゾワッとするけれど……」
「ほらっ、やっぱりわかるでしょう?」
「でも、とても小さい。これを見つけるのは、一日掛かる」
「そこは慣れですよ。……さ、学習したところで次ですよ」
「…………わかった」
ミシェルは短剣を構え、レーナには認識出来ないほどの速さでそれを振り下ろす。
──ガキンッ! と金属同士がぶつかるような音が辺りに響き渡る。思わず耳を塞ぐレーナに対して、シエラはひどく真剣な表情で肉塊を眺めていた。
「やはり、壊せませんか」
「いけると思った……」
「筋は悪くありません。ですが、まだ甘いですね」
ミシェルは悔しそうに顔を歪め、シエラがその頭をそっと優しく撫でる。
それは本当の姉妹のように見えたレーナだったが、すぐに我に返って二人に質問する。
「一体、今のはなんだったのだ?」
「ただの授業ですよ」
「は?」
「だからただの授業です。ミシェルが、どうしても自分も神器を破壊出来るようになりたいと言うので、特別に教えてあげているのです」
今のところ成功はしていませんけれどね、とシエラは笑った。
「だが、神器は壊せないと、そう言っていたではないか」
「……まぁ、そうですね。普通は出来ませんよ。ミシェルの本気でも出来ないのですから、不可能と言っても過言ではないでしょう」
「…………だがその口ぶり。シエラには出来るのか」
もしかしたらシエラならばそれが出来るのではないか。そう思っての発言だったが、やはりシエラはあっけらかんと答えた。
「流石の私もやれませんよ。出来ていたら不可能とは言いませんって」
──ガクッとその場でコケるレーナ。
「し、しかし……それでは何故核を刺せばいけると思っているのだ?」
「ただの実験です。確かに神器は人の手では壊せませんが、それと繋がっている人の部位を攻撃すれば、もしかしたら出来るのでは? と考えた結果、ミシェルと協力して授業兼実験をしているのです」
その言葉に、ミシェルはコクンッと頷いて肯定する。
なるほど、理由はわかった。
だが、問題はまだ残っているとレーナは思う。
「それでは何の解決にもなっていない。この領地が救われない」
「だから大丈夫ですって」
ピンッと人差し指を立て、シエラはレーナを安心させようと笑顔を浮かべる。
「壊せないのであれば別の方法で。ですよ」
「……ちなみに、どうやって?」
どうにも嫌な予感がする。
レーナは警戒したように、その方法とやらを質問した。
そして返ってきたのは、レーナの予想もしないことだった。
「喰います」
静かに、だがはっきりと口にされて言葉は、どうしようもなく非情な現実だった。
「神器に取り込まれた人は、絶対に助かりません。まだ最初の段階であれば希望はありましたが……」
「これはほぼ完全に融合している。剥がすのは無理」
「しかも、体は見るからにぐちゃぐちゃ。万が一に助けられたとしても、すぐに死にます」
──だったら、殺した方が救いになりますよ。
シエラはそう言い、漆黒の大剣を肉塊に突き刺した。
ぐちゅり、と気味が悪い音が鳴り、漂う悪臭が更に酷くなる。
「うーん、ここですかね……いや、ここ? 違うなぁ、ここですか? ……うむむ……」
まるで粘土をこねくり回すように、シエラは大剣の先で肉塊を掻き分ける。
レーナの目には、それが異常に映った。
今は肉塊だとしても、元は人間だったものだ。
漂う悪臭に対して何一つ表情を変えず、ぶつぶつと何かを呟きながら剣で弄るその姿は、誰がどう見ても異質にしか映らない。
「何を、しているのだ……?」
「何って……探しているのですよ」
「探す? 一体何を?」
「うーん、核って言えば良いのですかね?」
核と言われて思いつくのは、首領だったものの腹にある神器だ。
しかし、シエラはそれとは反対にある場所から剣を突き刺している。
「神器と一番深く繋がっている場所。それが核。シエラはそれを探している」
「し、しかし、これでわかるのか?」
レーナの問いに、ミシェルは首を横に振った。
ではどうやって探るのだ? そう言いたげな視線を向けるレーナに、ミシェルは一言。
「勘」
「……勘、だと?」
「そう、ただの勘。ここかな、ここじゃないな。それだけで判断している」
「それでは何もわからないのと一緒だ」
「……まぁ、見ていればわかる」
ミシェルは意味深にそれだけを言い、シエラの行いをただジッと見つめた。
これ以上は何も言っても教えてくれない。それを悟ったレーナも、シエラの核探しが終わるのを待つことにした。
──人の慣れとは恐ろしい。
あれほど鼻を刺激していた悪臭も、慣れた今ではどうとも思わない。
きっと、二人も同じように慣れたのだろう。自分が考えられないほどの場数を踏んだことで、この酷い有様に慣れてしまったのだろう。
レーナがそう思うのと、シエラが「あっ」と声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「……やっと見つかったか」
「はい、お待たせしました」
「それで、その核とやらをどうするのだ?」
シエラとミシェルの二人は、神器を絶対に壊せないと断言した。
それでいてわざわざ核を探すのだから、何か他に神器をどうにかする手段があるのだろう。そう思ったレーナだったが、シエラはあっけらかんとした様子で、一言。
「何もしませんよ?」
「…………はぁ?」
「……あ、説明不足でしたね。私は、何もしません。おいで、ミシェル」
「わかった」
シエラに手招きされ、ミシェルは肉塊の近くに歩み寄る。
「ここ、この嫌ぁな感覚がするところに、核があります。わかりますか?」
「その説明でわかると思うのなら、一度死ぬことをおすすめする」
「……うーむ、なんか、ゾワッとしません?」
ミシェルに大剣を渡し、「ほら、ここ。ここです」とぐちゃぐちゃ掻き乱す。
「…………確かに、なんかゾワッとするけれど……」
「ほらっ、やっぱりわかるでしょう?」
「でも、とても小さい。これを見つけるのは、一日掛かる」
「そこは慣れですよ。……さ、学習したところで次ですよ」
「…………わかった」
ミシェルは短剣を構え、レーナには認識出来ないほどの速さでそれを振り下ろす。
──ガキンッ! と金属同士がぶつかるような音が辺りに響き渡る。思わず耳を塞ぐレーナに対して、シエラはひどく真剣な表情で肉塊を眺めていた。
「やはり、壊せませんか」
「いけると思った……」
「筋は悪くありません。ですが、まだ甘いですね」
ミシェルは悔しそうに顔を歪め、シエラがその頭をそっと優しく撫でる。
それは本当の姉妹のように見えたレーナだったが、すぐに我に返って二人に質問する。
「一体、今のはなんだったのだ?」
「ただの授業ですよ」
「は?」
「だからただの授業です。ミシェルが、どうしても自分も神器を破壊出来るようになりたいと言うので、特別に教えてあげているのです」
今のところ成功はしていませんけれどね、とシエラは笑った。
「だが、神器は壊せないと、そう言っていたではないか」
「……まぁ、そうですね。普通は出来ませんよ。ミシェルの本気でも出来ないのですから、不可能と言っても過言ではないでしょう」
「…………だがその口ぶり。シエラには出来るのか」
もしかしたらシエラならばそれが出来るのではないか。そう思っての発言だったが、やはりシエラはあっけらかんと答えた。
「流石の私もやれませんよ。出来ていたら不可能とは言いませんって」
──ガクッとその場でコケるレーナ。
「し、しかし……それでは何故核を刺せばいけると思っているのだ?」
「ただの実験です。確かに神器は人の手では壊せませんが、それと繋がっている人の部位を攻撃すれば、もしかしたら出来るのでは? と考えた結果、ミシェルと協力して授業兼実験をしているのです」
その言葉に、ミシェルはコクンッと頷いて肯定する。
なるほど、理由はわかった。
だが、問題はまだ残っているとレーナは思う。
「それでは何の解決にもなっていない。この領地が救われない」
「だから大丈夫ですって」
ピンッと人差し指を立て、シエラはレーナを安心させようと笑顔を浮かべる。
「壊せないのであれば別の方法で。ですよ」
「……ちなみに、どうやって?」
どうにも嫌な予感がする。
レーナは警戒したように、その方法とやらを質問した。
そして返ってきたのは、レーナの予想もしないことだった。
「喰います」
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる