7 / 42
5. 孤独
しおりを挟む「今日は侍女達とお庭で遊んだの!」
「おおそうか! メアリは元気なのだな」
「ええ、本当に……将来が楽しみだわ」
夕食どきのカステル家の食卓には、賑やかな声が響き渡っていた。
そんな中、私は一人……出された料理を口に運ぶ。
(味を、感じないわね……)
カストル家が雇っている料理長は、一人でレストランを開けるほどの腕を持っている素晴らしい人だと聞いている。
そんな人が作った料理なのに、不思議と味を感じなかった。
味は……付いているはずなのだ。
おかしいのは、私の味覚。
──きっと、味を感じられないほど感情を押し殺しているのだろう。
帰宅してから出してくれたルディの紅茶は美味しかったというのに、こんなにも家族と取る食事は不味くなるのかと、私は感情を顔に出さず、そう思っていた。
そんな私を視界にも入れず、他の三人は柔らかな雰囲気を纏い、『家族の団欒』というものを楽しんでいた。
……今更、羨ましいとは思わない。それは必要無いと先程決めた、邪魔な感情だ。
「ねぇ! お姉様もそう思うでしょう?」
急に向けられた明るい声。
それは三人の中心に居た私の妹、メアリーのものだった。
彼女は純粋なのだろう。
だから、私がこうして一人で黙々と食事を取り、会話に参加してこないのを不思議に思う。そんな純粋な子供が抱くのは『仲間外れは可哀想』だ。
──余計なお節介よ!
と言いたくなる衝動を抑える。今言ってしまったら、妹を溺愛している両親から何を言われるかわかったものではない。
「ええ、メアリーの言う通りね」
私は笑顔の仮面を被り、頷く。
そして意識を料理に向けたところで、冷酷な声が食卓の場に響いた。
「お前の妹が話しかけてきたのだ。もっと愛想よくできないのか」
父は、メアリーに向けるような優しい笑顔を掻き消し、無能を見るかのような軽蔑の眼差しを私に向けていた。彼の横に座る母もまた同じで、食事中だというのに口を扇子で隠し、目元は嫌なものを見ているかのように歪んでいる。
……こうなることなら、最初から私に構わないでくれと、切にそう願う。
「……申し訳ありません」
「お父様! お姉様が困っているでしょう? そんなことを言うのはダメです!」
「おお、そうかそうか。すまなかったな、メアリー」
父は一瞬にして表情を切り替え、妹に謝罪した。
もちろん、私への謝罪は皆無。
だが、妹はそれで満足したように、大きく頷いた。
──ああ、なるほど。
私はその茶番を眺め、一人納得していた。
彼女の笑顔は、何一つも憂いを帯びていなかった。きっと彼女はどうしようもないほど純粋な心を持っているのだろう。
だから、甘い。
自分の理想が常にこの屋敷にあると思い、それを決して疑わない。美しい花畑の中で育ち、周囲からは甘い言葉を吐かれて育ち、全ての人を平等に思う優しき心が、彼女に芽生えてしまった。
それは一種の狂気だ。
皆はそんな妹を褒めるのだろう。なんて心優しき令嬢なのだと、心打たれるのだろう。でもそれはただの幻想でしかない。そんな甘い言葉だけで生きていけるような世の中だったのであれば、カリーナはあの程度で死んでいなかった。
ルディの言う通り、この屋敷は異常だ。狂っている。父も母も、妹も。それを傍観するだけの使用人達も、全てが等しく──狂っている。
そんな中、自我を保てている私もまた、狂っているのだろう。
甘い幻想の中でしか生きられない愚直な妹と、それを心から支持する両親。そんな無能の傀儡になる使用人。呆れるほどの、茶番だ。
(ああ、確かに……ここで幸せになれないわ)
私は静かに、溜め息を洩らしたのだった。
それから三人は再び私を蚊帳の外に追い出し、ぺちゃくちゃと会話を弾ませていた。料理が少しも減っていないのは、喋ってばかりだからだ。
食事の場では会話は最低限しか話さない。それはマナーとして常識のことであり、あの時代から何年も経った今でも、変わらないはずだ。目の前の三人はそれができていないのだから、私の中で彼らの価値が暴落していくのは、当然の結果だった。
それとは逆に、私は出されたコース料理のほとんどを食べ終わるところだった。
これ以上、この場に留まるのは拷問でしかない。
「……失礼します」
私はゆっくりと頭を下げる。
反応は誰からも帰ってこない。彼らの中に、すでに私の存在自体が消失しているように、三人は会話を途切らせることはなかった。
「ほんと、可愛げの無い子……」
食堂を離れる時、それだけが耳にこびりついて離れなかった。
「お嬢様」
声が聞こえる。
私は立ち止まることなく、広い廊下を静かに歩き続けた。
「お嬢様……」
いつにも増して優しげで、こちらを心配してくれるただ一人の従者の声。
「なぁに、ルデ、ィ……?」
部屋に戻り、後ろを振り向いた私は言葉を失った。
先程まで私を呼んでいた優しき声とは裏腹に、ルディの表情は今にも爆発しそうなほど、憤怒に燃え上がっていた。苦虫を噛み潰した程度のことではない。この世の地獄を見てきたかのようなそれは、私を以ってしても恐ろしいと思ってしまう。
「……ルディ、折角の顔が台無しよ?」
彼が私のために怒ってくれるのは、ありがたいと思う。でも、私は何とも思っていないのだ。この程度のことでルディが怒りを覚える必要は、何一つ無い。
頬に触れ、優しく撫でる。
「ルディ。私は大丈夫よ」
「お嬢、さま……っ、申し訳、ありません」
「ルディが謝る必要は無いわ。私が無理を言って晩食に出席すると言ったのよ。だからルディは何も悪くない。悪いのはあの三人。そうでしょう?」
ヴィオラはこのことを知っていて、普段は家族と夕食を共にすることは無かったらしい。いつも私室に料理を運んでもらい、体調不良を理由にして一人で食べていた。
なんて悲しいことだと思いながらも、あの空間で食べるのに比べたら、一人で食べたほうが料理も美味しく味わえるだろう。
でも、私はそのことを何も知らなかった。
だからルディの反対を押し切って、現状を理解するため、あの夕食に参加した。
結果は、まぁ……最悪だ。
私も二度とあんな奴らとは食を共にしたくない。
「貴方の謝罪はわかった。だからっていつまでもメソメソしないの。男でしょう?」
「……なんか、お母さんみたいですね」
「あら、母性でも出ていたかしら?」
「いいえ、全く」
素直に「この野郎」と思った。純粋無垢な笑顔でハッキリ言われたのだ。そう思うのも当然だった。
「ふんっ、冗談を言えるくらいには回復したようね。……まぁ、いいわ。そろそろ眠くなってきちゃった。ホット」
「ホットミルクですね。すぐに用意します」
「……まだ完全に言ってなかったけど」
「お嬢様はいつも寝る前にホットミルクを飲まれるので、どうせ同じことを言うのだろうと……その様子を見るに、当たりですね」
「ぐぬぬぅ……わ、わかっているなら早く持ってきてちょうだい!」
「はいはい。わかりましたよ。お嬢様」
ルディは一礼して部屋を出ていく。
途端に、私室が寂しくなったような気がした。
「はぁ……」
私は溜め息を漏らす。
今後、我が身に降りかかる災いを予想したら、自然とそれが出てしまった。
──本当に面倒なことになった。
いっそ、平民に生まれ変わることができたら……と思う。そうすれば最悪な両親を持ったとしても、自由に動くことができた。
我慢できなくなったら家出してしまえばいい。それだけのことで、私は本当の意味で自由になれただろう。
なのに、公爵家の長女として生まれ変わってしまった私の現状は、最悪の一言だった。次女だけを愛する両親と、それをスポンジのように吸収して甘く育ってしまった我が妹。到底味方してくれなさそうな使用人達。
味方はただ一人、ルディ。
でも、彼もいつ私を見限るかわかったものではない。
彼は絶対に私から離れないと言っているけれど、本心は誰にだって見抜けないのだ。裏ではどうやって私を裏切ろうとか思っているかもしれない。
彼を信用するほど慣れ親しんだ覚えは無いし、友情程度で心を許すほど私は甘くない。
まだルディは信じない。
でも、利用はさせてもらう。
今後は公爵家という重荷が足を引っ張る時が出てくるだろう。対処するとしても、私一人の行動では限界がある。
「はぁ……嫌な女ね」
利益と不利益でしか人を判断できない。
そこまで人への信頼を失ってしまった私自身に、私は呆れていた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。
そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる