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4. ごり押しで告白された

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 こうして唐突に始まった朝比奈さんとの同居生活。

 彼女の住んでいるところは、東京で一番高いと言われている高層マンションの最上階。
 部屋はとても広くて、リビングにはとても大きなテレビやスピーカー、ふっかふかなソファーも沢山設置されている。他の部屋も全部広くて、本当にここがマンションなのかと疑問に思って、混乱して、嘘のような世界の変わりように頭が痛くなった。



「お買い物に行きましょう!」
「…………はい?」

 百万円を手渡され、まだ現実が追いついていない私が以前に借りていた部屋よりも広いリビングで寛いでいたところ、朝比奈さんは唐突にそう言ってきた。

「梓ちゃんは学校が休みで、どうせ暇でしょう? 私も会社をサボ──急に休みになったから、暇で暇で仕方がないの」
「今、サボったと言いかけましたよね?」
「折角の休みの日だし、一緒にお買い物に行きましょう!」

 無視ですか。そうですか。
 ツッコミたいことは山ほどあるけれど、友好を深めたいと言う彼女の言い分は間違っていないのかもしれない。
 私達はまだお互いのことを何も知らない。……朝比奈さんは私の情報をいくつか知っているみたいだけど、私は彼女が何者かすらわかっていないんだ。

 お互いのことを理解して仲良くなるためには、一緒に行動をするのが手っ取り早い。
 でも、私は自分のためのお買い物に行ったことがないから、急に「行こう」と言われても、どうすればいいか困ってしまう。

「あの、二人で……ですか?」
「私達以外に誰が──ハッ! まさか浮気!?」
「どうしてそうなるのでしょう?」

 まだ朝比奈さんとは会ったばかりだし、意識が戻ってからはこのマンションを出ていない。逆にどうやって浮気するのか、その方法を問いただしたいくらいだ。

「というか浮気って……彼氏彼女の関係じゃあるまいし」
「え?」
「え?」

 お互いに気まずい空気が流れた。

 何その「え?」は。意外なことを言われたみたいな顔をされたけど、それはこっちの台詞ですよ? 意外だと思われたことが意外ですよ?

「私、梓ちゃんのことが好きよ?」
「さよですか」
「だったら、もう恋人でしょう?」
「待ってください?」

 どうしてそうなる? どうしてそうなる?
 大切なことだから二回言った。

「私の記憶が正しければ、私達は会ったばかりですよね?」
「ええ、その通りよ。梓ちゃんと恋人になりたいと思ったから、恋人になるの。だから、これは最早デートよね。お互いを知るためのデートよ!」

 言い切った。包み隠さず『デート』って言い切ったよ、この人。
 ……あれ、おかしいな。私の知っている『恋人』は、お互いに惹かれあって気持ちが通じた時、初めてそういう関係になれるものだったはずだ。

 お互いのことを何も知らないのに恋人? 会って初日でデート?
 色々な情報が渋滞していて、処理しきれない。

 とりあえず私の意見を聞いてもらおう。そうすれば朝比奈さんも、自分が変なことを言っていると気が付いてくれるはず──。

「はぁ、ピュア……尊い……」
「その反応は予想していなかったなぁ」

 これでは話にならない。
 もう朝比奈さんの中では、私は恋人のポジションにいるらしい。

「あの、朝比奈さんは社会人ですよね?」
「社長だからね」

 社長だったのか。
 まぁ、百万円を私なんかのために捨てるし、高層マンションの最上階に住んでいるのだから、それなりのお金持ちなのだろうとは思っていたけれど。

 ……いや、いくら社長でもポンッと百万円は出さないよね。
 つまり、朝比奈さんがおかしいのか。そうなのか。

「私、高校生ですよね?」
「そうでしょう?」
「……朝比奈さんは、年の差ってご存知ですか?」
「私、そんなに馬鹿だと思われているのかしら?」

 いや、突拍子も無いことを言うあんたが悪い。
 とは流石に言えず、大人しくすいませんと謝罪する。

「でも、私達、女同士で……」
「外国では同性愛も認められているのよ」
「いや、ここ日本」
「世間の目なんて、私は気にしないわよ」

 ──私が気にするんです!
 咄嗟に大声を上げようとして、ギリギリのところで押しとどまる。

「同居するのは別に構いません。百万円で買われたので、そこは受け入れます。……でも、どうして恋人に?」
「私が梓ちゃんに惚れちゃったのよ」

 さも当然のように、朝比奈さんはそう言った。

「そもそも、好きじゃなければ毎日キスしようだなんて言わないでしょう?」
「…………確かに」

 ってことは、キスは唇同士?
 海外っぽいノリだなと思っていたけれど、まさかガチだったなんて。

「私は、朝比奈さんのことを信じられません。確かに一夜の間違いで体を重ねたのかもしれませんが、それでもほぼ初対面の相手です。……こう言うのは申し訳ないですが、私は貴女のことを好きになれません」
「それでもいいわよ。急に好きになれと迫るほうがおかしいもの。だから、私が一方的に『好き』だと言うわ」

 ──でも、と朝比奈さんは言葉を続けた。

「これだけは信じてほしい。私は梓ちゃんを不幸にしない。絶対に」
「……不幸に、しない?」
「もう一人にしない。──誓う」

 朝比奈さんは私を見つめた。
 恥ずかしくなって目を逸らしてしまうほど真っ直ぐで、強い。

「……私は面倒臭い女です。お金欲しさに、一度は自分の体を売ろうとしました。そのことに一切の抵抗はありませんでした。自分のことですらどうでもいいと思って、自分で自分を利用しました。最低な女です」

 ──私は、貴女の側にいる資格があるのでしょうか?
 そんな質問に対し、朝比奈さんは呆れたように「馬鹿ね」と笑った。

「そんなの、どうでもいいわよ。私が貴女を欲しいと思ったから、お金で貴女を買った。私が貴女に惚れたから、恋人にしたくなった。それだけの話。……あ、でも。また売春しようとしたら本気で怒るから、二度とやらないことだけは約束してね」

 それが養ってあげる最低条件と言い、朝比奈さんはパチンッと片目を閉じた。

「…………はぁ、わかりました」

 ここまで正直に言われたら、もう何も言えない。
 元々、彼女に『買われた身』だ。私に拒否権はないし、同居するのだから変に拒むことはせずに受け入れたほうが、心も体も楽になれるから。

「やっぱり、まだ朝比奈さんを信じられません」

 でも、私を大切に思ってくれることだけは理解した。
 好きだと、惚れたと言ってくれるのは嬉しい。嫌われていないのだとわかっただけでも、安心している私がいる。
 相手がどのような人であれ、こちらに危害を加えないのなら、それでいい。

 私は、とても面倒な女だ。

 朝比奈さんを信じることができないし、この先もその考えは変わらないと思う。
 そんな私でも受け入れてくれると言うのなら、私は────。

「貴女の恋人になります」


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