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第2章

不穏の残る最後

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 ダインさんによって放たれた風の刃。
 それは正確に私の喉元を狙い、凄まじい速度で飛来します。

 ……連れ帰れないのであれば殺すですか。

 まぁ、そんなことだろうと思っていましたが、案外私を殺すのに迷いがありませんね。

 なのにエルフは魔女を必要としている。
 彼らの言葉に一貫性がありませんが、本当に何を考えているのでしょうか。

 ……にしても、まずはあの刃をどうするかですね。
 今から魔力を練り上げても遅いですし、仕方ないので受け止めましょうかね。

 幸いにも私の魔法耐性はカンストしています。
 人を殺せる程度の魔法ならば、全てを無効化出来ます。

 だからってわざわざ攻撃を受けるのは気持ち的に嫌ですが、今回ばかりは仕方がないでしょう。

 そう諦めて目を瞑った時のことです。


『リーフィア!』


 ウンディーネには珍しい、大きくてはっきりとした声。

 その直後、閉じていた視界から僅かに漏れていて光が完全に塞がれ、ひやりと冷たい感触が私を包みました。
 予想していた衝撃とは全く異なる事態に、私はゆっくりと目を開きます。

「……ウンディーネ?」

 視界を埋め尽くすのは、鮮やかな半透明の水色。

 私は、ウンディーネに覆われていました。
 ダインさんの攻撃から身を呈して庇ってくれたのだと、その時になってようやく理解しました。

『うちの大切な人に、手を出さないで!』

 ウンディーネは明らかな敵意をダインさんに向け、叫びます。

『エルフの管理者とか魔女とか……そんな難しいこと、うちにはわからない。でも、リーフィアに手を出すのだけは許せない!』

「精霊が、我々エルフを邪魔するのか」

 精霊とエルフは、大昔から手を取り合って共存していたと書物に残されています。
 森を住処として大切にするエルフと、森を守る精霊とで利害の一致があったため、二つは互いに手を取り合ってきたのでしょう。

 ダインさんは、精霊が自分達の邪魔をするのは予想していなかったのでしょう。
 ほとんど表情を表にしない彼も、不快そうに眉を寄せてウンディーネを睨みました。

「退け、精霊」

『退かない』

「これ以上は精霊だとしても容赦しない」

『それはこっちの台詞』

 二人は視線を交えます。
 その間には、どちらも引けない意志を感じました。

『うちの大切な契約者に被害を加えようとするなら、今後うちの眷属はエルフと協力しない』

 その言葉に、ダインさんの眉がピクリと動きました。

「ただの精霊如きが、大層な口を開く。確かにこの森は広いが、ここの精霊が使えなくなった程度、どうとでも──」

『うちの眷属はこの世に存在する水精霊、その全て』

「…………なんだと?」

 世界が創られたと同時に生み出された『原初の精霊』は火、水、風の三体。

 その内の水を司る最高精霊が、ウンディーネです。

 私もそれを知った時は驚きましたが、今となってはどうでもいいと思っています。
 原初の精霊だろうと、どんなに凄い存在だろうと、ウンディーネは私と共にあることを選んでくれた。

 それで十分だと思ったからです。

『原初の精霊ウンディーネが宣言する。リーフィアにこれ以上の害を加えれば……うちはあなた達を許さない』

 それは原初の精霊からの最終通達でもありました。

「…………」

 ダインさんは黙り込みました。

 彼女の言葉を「馬鹿馬鹿しい」と一周することは出来ます。
 ウンディーネが原初の精霊であるという証拠は、今の所ありません。

 でも、そう決めつけるには規模が大きすぎる。
 もし本当にウンディーネが『原初の精霊』だったのなら、エルフはかなり厳しい状況に晒されるでしょう。

 道端の水溜まりにも精霊は存在します。
 それは勿論水に関係のある精霊であり、ウンディーネの眷属です。

 エルフが水に手を付けようとすれば、眷属達はウンディーネの宣言通り動き、エルフに水を与えないでしょう。

 つまり、エルフは今後一切水を扱えなくなる。
 それはかなり痛手……というか種族ごと滅ぶ未来を想像するのは容易です。

 どの種族においても水は必須。
 何も飲めないのであれば、絶対に生存なんて出来ません。
 火や風以上に生活になくてはならないのが『水』と言っても過言ではないでしょう。

 だからダインさんは、エルフの管理者としていい加減な判断は許されない。
 彼もウンディーネの魔力を間近で感じているので、それなりに上位の存在だということは理解しているはずです。

 一概に嘘だと断定することは出来ない。

 今、ダインさんの脳内では、様々な考えが巡っていることでしょう。

「…………話はした。同胞を解放してもらう」

 考えに考えた末に、ダインさんはそんなことを要求してきました。
 解放した瞬間、一斉に私達に襲いかかるという作戦を警戒して、私は彼の真意を探ります。

「彼らには手を出させない。それはこの場で約束する」

「その程度の口約束を信じるとでも?」

「ならば契約魔法を使ってもいい」

 …………本気、ですね。

 未だ縛られているエルフを横目に見ますが、彼らも静かに瞠目して降参の意を示しています。
 ダインさんの中で何を思い、急に解放しろと要求してきたのかは知りませんが、彼らから嘘の気配はしませんでした。

「…………わかりました」

 私はエルフを解放しました。

 ですが、警戒心は解かないまま、彼らの動向を注意深く眺めます。

「今日のところは我らが退くとしよう」

 と、ダインさんはそう口にしました。

「…………案外、素直に下がるのですね」

「損得を考えただけだ」

 彼は変わらず無表情のまま、私に背を向けます。

「だが、これだけは覚えておくといい」

 最後に一度だけ振り向き、ダインさんは強き意思を持った瞳で私を見つめます。

「お前は必ず自分の意思で我々の元に来る──必ずだ」

 彼はそれだけを言い、エルフを連れてこの森を去りました。

 残されたのは私とウンディーネの二人と、後引く不穏な空気だけでした。
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