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第3章
僅かな手掛かりを
しおりを挟むアカネの姿がどこにもない。
一緒に居るはずのミリアさんの姿も、どこにも。
『リーフィア!』
と、そこでウンディーネが合流しました。
押さえきれなくなった私の感情が流れてしまったのでしょう。彼女は慌てたように入ってきて、全てが消え失せた室内を見て信じられないと驚愕に目を開きました。
「ウンディーネ。すぐに私を感覚を共有し、限界まで領域を広げてください。些細なことでもいい。アカネとミリアさんのことを探してください」
なるべく冷静に言ったつもりでした。
しかし、私が思っていた以上に喉から漏れ出た声は低く、心の中で荒れに荒れた激情は──刃の嵐となって室内に無数の傷跡を残します。
「私、やっぱり今回ばかりは我慢なりません」
──ふざけるな。
どこまで人を馬鹿にすれば、気が済むのですか。
『リーフィア……』
背中に伝わる、冷たい感触。
ウンディーネは何も言わず、ただ静かに私を抱きしめました。
『うちは、どうしたらいいのか、わからない。でも、リーフィアが、苦しんでいることだけはわかるよ』
締め付けが、僅かに強くなります。
私の感情を共有しているから、思うことも同じなのでしょう。
『だからね? 今は冷静になるしかないと思う。うちは、頭が良くないから、偉そうなことは言えないけれど……リーフィアが怒る姿は見たくない、から……』
ウンディーネから流れてくるものは、温もりでした。
こちらの冷え切った心をゆっくりと溶かすような、穏やかな癒しの心。
最悪な状況だからこそ、落ち着かなければならない。
焦ったら見えるものも見えなくなり、助けられるものも助けられなくなる。
ウンディーネは、そう言いたいのでしょう。
「私は、彼を許すことはできません」
確証はありませんが、お二人を攫ったのは間違いなく──あの時の少年でしょう。
部屋の中には家具や調度品すらも消え去っている。
おそらく魔法による干渉があり、部屋に待機していた二人はどこかへ連れ去られてしまった。
「相手は私を苛々させることが好きなようです」
ならば、すぐにお二人が殺されるようなことはないと思います。
彼の性根が腐りきっていると仮定するならば、私の見ている前で大切な人を甚振ろうとするでしょう。
──まだ本当に最悪の事態には陥っていない。
そのように思うと、不思議と強張っていた顔は和らいだような気がしました。
ウンディーネには感謝しなければいけません。
私一人だったら、後先考えずに暴走していた。
私は、リーフィア・ウィンド。
どこまでも自由奔放で、いつでも惰眠を優先する自堕落なエルフ。それが私です。この程度の嫌がらせで冷静さを欠き、己を見失うようなキャラではありません。
これは一種の暗示です。
私が私であるための、自分を強く保つため。
「ウンディーネ。私の力を貸します。……お二人を」
私が持つスキル【精霊の加護】。
これを意識して使うのは、初めてかもしれません。
このスキルは、私と繋がる精霊の力をそのまま扱えるだけではなく、私から精霊に力を分け与えることも可能です。私と契約した精霊とが深く繋がれば繋がるほど、その効果は増していく。
今や、ウンディーネは私にとって最愛の存在。
その気持ちは力になり、ウンディーネへと流れ込みます。
『……すごい。こんな力……うち、初めて……』
彼女が体験している感覚は、私にも共有されます。
少しの違和感も見逃してたまるかと精神を集中させ────
「っ、ウンディーネ!」
『わかってる。行こう!』
言うより早く、私は窓から飛び出します。
その後ろをウンディーネは追いかけ、私達は風よりも速く、ただ一点のみを目指して大地を駆けました。
『ねぇ、リーフィア……あの場所って、もしかして……』
ウンディーネは気がついているようでした。
巧妙に隠された魔力反応があったのは、私達にとっても無関係ではない場所にありました。
「彼の考えていることは、わかりません。──ですが、わざわざあの場所を指定したのは、何か意図があるのでしょう」
気になりますが、今はそれどころではありません。
まずはアカネさんとミリアさんの救出を優先しましょう。
────やがてお前は全てを失うことになる────
「そうはさせませんよ」
誰からも奪わせません。
私は強く、そう誓いました。
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