9 / 78
第8話 最後のチャンス
しおりを挟む
「いい加減、仲直りしてください」
驚愕に目を見開く両親に一礼した私は、ダッとその場を走り去る。
背後で何か声が聞こえた気がしたが、そんなの知らん。
後のことは全て二人に丸投げだが、それが一番手っ取り早いと判断したのだ。
本音を言うのであれば、近くで見守っていたい。
二人がどのような会話をするのか、どんな思いを胸に秘めているのか。
それを特等席で見ていたかった。
だが、それではダメだということを私は理解していた。
あそこに私が居ては、二人は本音を言い合えない。だから私は、あの場から逃げた。
一番ダメなのは、つまらないミスで全てが台無しになってしまうことだ。
私自身が頑張って築き上げた計画のラストに、私程度のつまらない私欲が入ってはいけない。
こんな面白いものを前にして逃げることは悔しいが、成功のためならばと私は心を鬼にしたのだ。
──これでダメなら諦める。
──これが最後のチャンスだ。
「どうか、上手くいきますように」
私は自室に走りながら、そう願った。
「──お嬢様!」
私室前で待機していたエルシアと合流する。
促されるまま中に入り、冷やされた果実水をごくごくと飲んだ。
「……はぁ……復活した後だと、走るのもやっとね」
「お疲れ様ですお嬢様。……お二人は、どうでしたか?」
「どうかしら……今は、上手くいくことを願うのみよ」
私は作戦実行の前日、エルシアにこのことを話していた。
理由は単純、普通にバレたからだ。彼女は一番近くで私のことを見ていた。だから何かを企んでいると察したのだろう。
でもそれは確信を持ってのことではなく、もしかしたらと思っての質問だったらしい。
ちなみに私は最後まで隠し通せる気でいたので、エルシアの鋭さには驚くばかりだった。
私は私で、もうここまで来れば逆に知ってもらった方が動きやすいと判断した。
その後エルシアにメイド長ローナと父親の秘書コンコッドを呼んで来てもらい、三人に今回の計画の全てを話した。
どうしてエルシアだけではなくメイド長と父親の秘書にまで話したかというと、それもやはりその後の動きやすさを重視した結果だった。
朝、私は強引に動いてしまったがために、母親と手を繋いで中庭に行く様子を数人の使用人に目撃された。
ここまで大きく動くと、使用人は何があったのかと気になってしまい、時間が空き次第中庭へと向かうだろう。
私としては折角作った両親の空間を邪魔して欲しくない。
なので、ローナにはそれを抑えてもらうために協力してもらった。
コンコッドには申し訳ないが、父親の仕事を任せた。
昨晩の夕食時、私は父親に「明日だけ全ての仕事を休んでくれ」とお願いした。
しかし普通に考えれば、一日も全ての仕事を放り投げるのは流石にまずい。だから彼にはその負担を背負ってもらったのだ。
それを聞いた二人は、私のお願いを快く受け入れてくれた。
二人も両親の仲がどうにかならないものかと思っていたらしく、最初は驚いて空いた口が塞がらなくなっていたが、理解したと同時に少しばかりの涙を目元に溜めながら頷いたのだ。
一方その時のエルシアは……凄まじいの一言だった。
涙を鼻水をダバダバと流し、嗚咽まじりに言葉にならない何かを言うその姿は、魔王であったこの私でも戦慄したほどだ。
だが、彼女もそれだけ嬉しかったのだろう。
特に6歳の娘が両親のために奔走する。という点に感動したらしく、めちゃくちゃに褒められて頭を撫で回された。そのせいで彼女の涙や鼻水の犠牲となり、もう一度風呂に入り直したのはちょっとした事件であった。
その後、エルシアは「公爵家のメイドに相応しい言動を」とローナによってこってりと絞られていたが、私が彼女のことを庇ったことで穏便に事は済んだ。
「……私、正直信じられないんです」
走ったことで体の限界が訪れ、椅子にどっかりと座る私に、エルシアが静かに己の本心をポツリポツリと話し始める。
「もう旦那様と奥様の関係は直らないのかと、ここまま悲しく終わってしまうのかと……そう、諦めていたんです。他の同僚達もそうでした。二人の関係を戻すことは私達には出来ない。だからこのまま終わりを迎えるまで、私は身寄りのない私を拾ってくれた二人への感謝を忘れずに働こうって……そう思っていました」
「そうはさせない」
「お嬢様……」
「終わるだなんて、そんな未来は許さない。絶対に」
「…………6歳なのに自分のことをちゃんを考え、本当に実行に移してしまった、お嬢様は、素晴らしいお方です」
「……ありがとう」
だが、これは他ならぬ『私』のために動いているだけだ。
結果的に他の者がどう思おうが、私にとってはどうでもいい。
そう思っていたのだが、な。
「……私も、いつの間にかそれを望んでいたのだな……」
あの温もりを知ってしまった私は、再びそれを望むようになっていた。
全てが終わってしまったら、もう二人の温もりを感じることは出来ない。私は片方ではなく、両方が欲しかった。だからこうして少々無茶なことをしているのだろう。
シェラローズのためだと動いていた私は、いつしか私自身のために動いていたのだ。
以前の、魔王だった頃の私には考えられないことだった。
人の温もりを求めるなど、全種族を恐怖で支配する『魔王』にはあってはならないことなのだ。
……しかし、今の私は魔王ではなく6歳の公爵令嬢だ。こういう甘えた心も、たまには良いだろう。
「お嬢様?」
「…………何でもない。少し休憩するわ。後はよろしく」
「はい! お任せください」
私は服を脱ぎ、エルシアに渡してからベッドに潜り込む。
フローラルの香りが鼻腔をくすぐり、眠気はすぐにやって来た。
驚愕に目を見開く両親に一礼した私は、ダッとその場を走り去る。
背後で何か声が聞こえた気がしたが、そんなの知らん。
後のことは全て二人に丸投げだが、それが一番手っ取り早いと判断したのだ。
本音を言うのであれば、近くで見守っていたい。
二人がどのような会話をするのか、どんな思いを胸に秘めているのか。
それを特等席で見ていたかった。
だが、それではダメだということを私は理解していた。
あそこに私が居ては、二人は本音を言い合えない。だから私は、あの場から逃げた。
一番ダメなのは、つまらないミスで全てが台無しになってしまうことだ。
私自身が頑張って築き上げた計画のラストに、私程度のつまらない私欲が入ってはいけない。
こんな面白いものを前にして逃げることは悔しいが、成功のためならばと私は心を鬼にしたのだ。
──これでダメなら諦める。
──これが最後のチャンスだ。
「どうか、上手くいきますように」
私は自室に走りながら、そう願った。
「──お嬢様!」
私室前で待機していたエルシアと合流する。
促されるまま中に入り、冷やされた果実水をごくごくと飲んだ。
「……はぁ……復活した後だと、走るのもやっとね」
「お疲れ様ですお嬢様。……お二人は、どうでしたか?」
「どうかしら……今は、上手くいくことを願うのみよ」
私は作戦実行の前日、エルシアにこのことを話していた。
理由は単純、普通にバレたからだ。彼女は一番近くで私のことを見ていた。だから何かを企んでいると察したのだろう。
でもそれは確信を持ってのことではなく、もしかしたらと思っての質問だったらしい。
ちなみに私は最後まで隠し通せる気でいたので、エルシアの鋭さには驚くばかりだった。
私は私で、もうここまで来れば逆に知ってもらった方が動きやすいと判断した。
その後エルシアにメイド長ローナと父親の秘書コンコッドを呼んで来てもらい、三人に今回の計画の全てを話した。
どうしてエルシアだけではなくメイド長と父親の秘書にまで話したかというと、それもやはりその後の動きやすさを重視した結果だった。
朝、私は強引に動いてしまったがために、母親と手を繋いで中庭に行く様子を数人の使用人に目撃された。
ここまで大きく動くと、使用人は何があったのかと気になってしまい、時間が空き次第中庭へと向かうだろう。
私としては折角作った両親の空間を邪魔して欲しくない。
なので、ローナにはそれを抑えてもらうために協力してもらった。
コンコッドには申し訳ないが、父親の仕事を任せた。
昨晩の夕食時、私は父親に「明日だけ全ての仕事を休んでくれ」とお願いした。
しかし普通に考えれば、一日も全ての仕事を放り投げるのは流石にまずい。だから彼にはその負担を背負ってもらったのだ。
それを聞いた二人は、私のお願いを快く受け入れてくれた。
二人も両親の仲がどうにかならないものかと思っていたらしく、最初は驚いて空いた口が塞がらなくなっていたが、理解したと同時に少しばかりの涙を目元に溜めながら頷いたのだ。
一方その時のエルシアは……凄まじいの一言だった。
涙を鼻水をダバダバと流し、嗚咽まじりに言葉にならない何かを言うその姿は、魔王であったこの私でも戦慄したほどだ。
だが、彼女もそれだけ嬉しかったのだろう。
特に6歳の娘が両親のために奔走する。という点に感動したらしく、めちゃくちゃに褒められて頭を撫で回された。そのせいで彼女の涙や鼻水の犠牲となり、もう一度風呂に入り直したのはちょっとした事件であった。
その後、エルシアは「公爵家のメイドに相応しい言動を」とローナによってこってりと絞られていたが、私が彼女のことを庇ったことで穏便に事は済んだ。
「……私、正直信じられないんです」
走ったことで体の限界が訪れ、椅子にどっかりと座る私に、エルシアが静かに己の本心をポツリポツリと話し始める。
「もう旦那様と奥様の関係は直らないのかと、ここまま悲しく終わってしまうのかと……そう、諦めていたんです。他の同僚達もそうでした。二人の関係を戻すことは私達には出来ない。だからこのまま終わりを迎えるまで、私は身寄りのない私を拾ってくれた二人への感謝を忘れずに働こうって……そう思っていました」
「そうはさせない」
「お嬢様……」
「終わるだなんて、そんな未来は許さない。絶対に」
「…………6歳なのに自分のことをちゃんを考え、本当に実行に移してしまった、お嬢様は、素晴らしいお方です」
「……ありがとう」
だが、これは他ならぬ『私』のために動いているだけだ。
結果的に他の者がどう思おうが、私にとってはどうでもいい。
そう思っていたのだが、な。
「……私も、いつの間にかそれを望んでいたのだな……」
あの温もりを知ってしまった私は、再びそれを望むようになっていた。
全てが終わってしまったら、もう二人の温もりを感じることは出来ない。私は片方ではなく、両方が欲しかった。だからこうして少々無茶なことをしているのだろう。
シェラローズのためだと動いていた私は、いつしか私自身のために動いていたのだ。
以前の、魔王だった頃の私には考えられないことだった。
人の温もりを求めるなど、全種族を恐怖で支配する『魔王』にはあってはならないことなのだ。
……しかし、今の私は魔王ではなく6歳の公爵令嬢だ。こういう甘えた心も、たまには良いだろう。
「お嬢様?」
「…………何でもない。少し休憩するわ。後はよろしく」
「はい! お任せください」
私は服を脱ぎ、エルシアに渡してからベッドに潜り込む。
フローラルの香りが鼻腔をくすぐり、眠気はすぐにやって来た。
1
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?
山咲莉亜
ファンタジー
ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。
だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。
趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?
ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。
※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!
没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました
藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。
逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、
“立て直す”以外の選択肢を持たなかった。
領地経営、改革、そして予想外の縁。
没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。
※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる