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第47話 気付き
しおりを挟む屋敷に戻った私は、まず一番に父親へ報告するため執務室を訪れていた。
「まずはご苦労だったな、シエラ」
「……はい、お父様」
父親が労うように言ってくるが、私は表情を暗くさせたままだ。負の感情をその身に宿した今の私を、彼は神通な面持ちで見つめる。
「大丈夫か?」
「…………申し訳、ありません」
父親を心配させないよう、「私は大丈夫です」と笑顔を作って安心させるべきなのだろう。
しかし、今回の失態。笑顔になれるはずが無かった。
「何があった。教えてくれ」
「はい、お父様……」
私は全て話した。
ベッケン及び、その部下の制圧には成功。全て騎士団本部に搬送済み。
奴らがこれまでに手を出していた犯罪の数々。予定していた今後の計画。全てが記された書類を入手したこと。
「こちらになります」
父親に分厚い紙の束を差し出す。
ペラペラと紙をめくる父親の表情が、徐々に険しいものとなっていく。
やがて全てを読み終わった時、彼は眉間を指で押さえながら椅子にもたれ掛かり、大きくゆっくりと息を吐いた。
どうやら、父親ですら把握していなかった悪事の計画書があったらしい。彼が把握していないのだから、他も勿論把握していない。貴重な資料になるのであれば、集めた甲斐があったというものだ。
「これは……思わぬ収穫だ。シエラが集めてくれたのか?」
「私と、私の協力者で……。今回の強行手段。これだけの証拠を見せれば反対意見も出ないでしょう」
「そこまで考えてくれていたのか。ありがとうシエラ」
「いえ、私は…………っ、……説明を、続けます」
シルヴィア様と合流した私達は、今回の黒幕と思われる人物と遭遇したこと。
即座にシルヴィア様が一刀で斬り伏せたが、男は『不死者』だったため死ぬことはなく、油断したところを突かれたシルヴィア様は、男の放った呪術に蝕まれて重傷。王宮に運ぶよりも屋敷に運んだ方が早いということで、現在、我が屋敷にて治療を行なっていること。
「あのシルヴィア殿が重傷か……これは痛いな」
「──っ、申し訳ありません」
「いや、シエラが謝ることでは──」
「私が悪いんです!」
「……シエラ」
私は俯き、ワンピースの裾をぎゅっと握った。
「私が油断していたのが悪いんです。私がもっと慎重に動いていれば、シルヴィア様はあのような怪我を負わずに済んだかもしれない。もっと早く気づいていれば、あの攻撃を躱せたかもしれない。余計な収穫を望まなければ、安全に帰還出来ていたかもしれない……!」
全てあり得たかもしれないという予想の範疇でしかない。
だが、それでも私は、もしかしたら安全にあの最悪な場面を乗り越える手段があったのではないかと、後悔してしまうのだ。
「お父様は私のために騎士団までも動かしてくれました。騎士団の皆様も、こんな私を認めて従ってくれました。……なのに、私は……その期待を裏切ってしまった」
全て私の思い通りに事が進んでいた。
だから油断してしまったのだ。
私ならば何でも出来るという傲慢が、この結果を引き起こした。
二度と間違わないと決めたばかりなのに、このザマだ。
「私は、皆に合わせる顔がありません」
震える声を抑えようとしているのに、体が言うことを聞いてくれない。
「シルヴィア様を傷付けてしまった……私、なんて謝ったら……あの方に、どのような顔をすれば! ……わからない。わからないのです!」
必死に塞き止めていた感情が、濁流のように溢れ出す。
涙は何度拭っても止まらず、言葉を並べようと口を開けば嗚咽が邪魔をする。こんな酷い顔、父親にも見せられない。誰にも──見せられない。
「すいませっ、ん……わたしは、失礼しま──っ」
「シエラ」
背を向けた私の背中から、柔らかな感触が全身を包み込むんだ。
それは温かくて、優しかった。
「お前はよく頑張った。一度の失敗で挫けるなとは言わん。折れたのなら休めばいい。十分に休んで、元気なお前を見せてくれ。シエラは私の、自慢の子供なのだから」
「──っ! ……、……は、ぃ……!」
私は泣いた。
それは悔しさの涙だ。
平民の上に立つ気高い貴族が流すには醜く、情けない涙。
父親はそれを、何も言わずにただ見守ってくれた。
──もう、流さない。
こんな情けない涙は、今日で最後だ。
「お父様……もう大丈夫です」
「そうか。無理はしていないな?」
「はい。もう間違わないと、心に決めました」
最後の涙を、拭う。
「お父様。もう少しだけでいいのです。もう少しだけ、私のわがままをお許しください」
私は父親を正面に見据え、お願いをした。
「ダメだと言ってやりたいところだが、それではシエラは不満だろう?」
「ええ、その通りです」
「……全く、その活発なところは誰に似たんだか……その親は苦労しているだろうな」
「苦労をお掛けしているでしょうか?」
「いいや、全然。むしろ生き生きしてくれていた方が、私は嬉しい」
父親は諦めたように溜め息を一つ。
「私が許可する。好きにやるといい。だが危険なことはするな。何かやる時は誰かを連れて行くこと。それだけは約束してくれ」
◆◇◆
赤く燃えるような、鮮やかな髪。
恐ろしいほどに美しいと思ってしまう整った顔付き。
常に笑いかけてくれるその顔は、今は苦痛に歪められている。
「シルヴィア様……」
屋敷に開けられている一室。
シルヴィア様は、そこで深い眠りに落ちていた。
時々彼が発する声は苦しそうで、今にも消えてしまいそうなくらい弱々しいものだった。
「シルヴィア様」
私はもう一度彼の名を呼び、雪のように真っ白な手を握る。
「必ず、帰ってきます。だから、もう暫しの我慢をお願いします」
その声で、私の名を呼んでほしい。
その優しい瞳で、私に笑いかけてほしい。
たとえそれを与えられなくても、私はあなたに元気でいてほしい。
彼が傷付いた時、彼が呪われたと知った時。
私は表で冷静を保ちながらも、内心パニックに陥っていた。
胸が張り裂けるような感情を知った時、私は気付いてしまったのだ。
「シルヴィア様。私は、あなたをお慕い申し上げています」
この気持ちは最初から気付いていた。
だが、これはシェラローズの気持ちなのだと思い、気付かないようにしていたのだ。
「……でも、ダメでした」
彼が重傷を負った時、この気持ちはシェラローズだけのものではなかったのだと知ってしまった。
私はシェラローズと全てを共有している。
魔王としての私は違えど、今は女なのだ。たった一人の恋する乙女なのだと、痛いほどに理解してしまった。
愛しい人を、傷つけさせた罪は重い。
だからって泣くことはしない。
醜い涙は流さないと、そう決めたのだから。
「……謝罪は、目覚めた時に言います」
私は彼の頬にキスを落と──すのは流石に恥ずかしくなり、代わりに眠るその姿に微笑んだ。
「行ってきます。シルヴィア様」
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