59 / 78
第57話 ここが地獄
しおりを挟む誰からの憧れでもある第二師団の団長と副団長に剣術を教わることが出来る。
そんな私は今、幸せの絶頂に立っている。
──と、思っていた時期が私にもあった。
「まずは体力を鍛えましょう。訓練場の端を10周走ってください」
「では、次にこの重りを付けてもう10周走ってください」
「次は全力疾走で10しゅ──」
「まだ走り込みから抜け出せないのですか!?」
淡々と「走れ」と言ってくるシンシア様に、流石の私も限界を迎えて吠えました。
「まだ話せるということは、余力が残っているということですね。追加10周です」
「──コフッ」
地雷を踏んでしまったことに、私は内心吐血した。
稽古が始まったと同士にシンシア様が言い出したのは、とても単純なことだった。
『剣を振り続けるには体力が必要です。なので、シェラローズ様にはまず初めに体力を付けてもらいます』
その理屈は納得するものだった。
剣は種類で異なるものもあるが、基本は重い鉄で出来ている。ずっと振り続けるには筋力だけではなく、体力も重要になってくる。その程度の知識はしっていたので、私もその時はまだ何も疑問に感じていなかった。
だが蓋を開けてみると、どうだ。
走り込みばかりが続き、100周を超えた辺りから数えるのも面倒になった。
──あれ!? もしかして心とプライドをズタズタに引き裂こうとしてます!?
と思ったが、彼女の真剣な表情を見てその考えは間違いだとわかり、そして同時に私は悟った。
彼女は──ただのスパルタなのだと。
思い返せば、バルクを含めた騎士達の反応が微妙だった。
私がシンシアに教わると知った瞬間から、彼らはおかしくなっていた。その理由は、彼女が『超』が付くほどのスパルタだと知っていたからこその反応だったのだろう。
では、シルヴィア様は?
どうした彼は平然とシンシア様を指南役に任命したのか?
それを考えた時、答えはすぐに出た。
彼らは『化け物』だ。化け物の考えは、常人には理解出来ない。シンシア様の提示する地獄のような稽古は、同じ化け物からしたら普通なのだ。だから彼は平然と、シンシア様を私に任せたのだろう。
「次は剣を持ってください。とりあえず素振り100回」
「う、ぅおおおおおおおおお!」
「脇が甘い。もっと引き締めて」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「素振りが終わっても休憩しない。グランド30周」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおりゃあああああああああああ!!!」
私はもう気合いに任せて言われること全てを忠実にやっていた。
──そこに考えは不要。
次々と襲いかかる地獄を受け止め、ただ終わらすことのみを考えて突き進む。
私の考えが入った瞬間、心がポキッといってしまう。そんな気がしたため、私は私を必死に抑え込んで稽古に没頭した。
「…………………………………………」
騎士が次々と訓練場を後にする中、私は何一つ動くことなく地面に横たわっていた。
体を動かそうとは思わない。そう思うことすら無駄だ。地に大の字になって横たわり、汗が身体中から滝のように流れ、自分が公爵令嬢として相応しくない、荒々しい呼吸をしていることをどうでもいいと思えるくらい、私の中では全てが虚無と化していた。
「──まさかこれを乗り越えるとは、シェラローズ様には素質があります」
パチパチと、拍手をしながら褒め言葉を口にするシンシア様に、私は反応を返すことはなかった。ジッと空を見つめ、悟ったように一言。
「空は青いのですね」
とても美しい雲一つない青空。
心を洗い流してくれるかのような、透き通った空。
ああ、素晴らしい…………、────。
◆◇◆
気が付けば私は、見知らぬソファの上で横になっていた。
「──気が付きましたか?」
投げ掛けられた言葉に振り返った私は、思わず小さな悲鳴をあげそうになった。出来るのであれば恐怖で転げ回りたいところだったが、少し動いた程度で声ではなく身体が悲鳴をあげ、私は動くことをやめた。
「シンシア、さま……」
私に声を掛けたのは、鬼──こほんっ、シンシア様だった。
「私、どうなっていました?」
「意味不明な言葉を呟いたかと思ったら、気絶していました」
「気絶……そうですか……」
1日目の稽古が終わったことに安堵して意識を失ってしまうとは、私も情けない──とは言わないぞ流石に。
あれは大人でもきつい試練だったと思うし、まず6歳の少女にやらせるようなことでもなかった。だが、私はやりきったのだ。その代償に気絶する程度、軽いものだろう。
「汗で酷かったので、眠っている間に湯浴みをさせていただきました。勿論、女性だけで行ったので心配なさらず。シェラローズ様のお召し物は現在洗濯中です。乾くまではこちらにあったもので我慢してください」
汗が乾いたような不快感を感じないと思ったら、湯浴みをしてくれたのか。どうりで洗剤の良い匂いがするわけだ。
しかも、服まで洗ってくれているとは、汗でびっしょりになった服を着たまま帰るのは嫌だったので、とても助かる。
「ありがとうございます……」
私は動けないまま、言葉だけで感謝を伝えた。
今は体の疲労で動けないが、明日になれば筋肉痛で動けなくなるだろうな。
稽古が週一で良かったと、本気で思う。
「……シェラローズ様、申し訳ありませんでした」
と、突然シンシア様が頭を下げ、謝罪した。
「いつもならば大抵の者はすぐに根を上げ脱落するのですが、シェラローズ様は次々とクリアしていく。それが嬉しく、そして楽しくなってしまい、つい色々と課題を与えてしまいました。そのせいで気絶までさせてしまい……本当に申し訳ありません」
シンシア様はスパルタではあるが、それ以上に真剣にこちらのことを考えてくれている。彼女は全ての物事に手を抜けないのだ。だから稽古中、常に真剣な表情で私の行動を観察し、限界を見極めていた。
きっと彼女の中では、私が力を付けるための道のりが、様々なビジョンとして浮かび上がっていることだろう。……それで誰もが根を上げるような試練になってしまうのは、彼女の性格が関係しているので仕方ない。
──だが、それで問題ない。
「私は感謝していますよ」
「……え?」
「最悪、接待のような剣術指南になるのではないかと心配していました」
公爵家の令嬢に傷を作ったら問題になってしまう……とかなんとか言って、終始手を抜かれる方が嫌だった。地獄のような稽古の方が、まだ彼女の本気が伝わってきて、挑んでいるこちらもやる気が出るというものだ。
「これからも、私にご指導の方お願いしてもいいでしょうか?」
「っ、私で、よろしいのですか?」
「はい。シンシア様でなければ、もう満足出来ません」
おそらく、彼女以上に私と本気で向き合ってくれる人はいない。
だから私は、彼女を指名する。
「よろしくお願いしますね、シンシア様」
「はいっ……こちらこそ、よろしくお願いいたします。シェラローズ様」
1
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?
山咲莉亜
ファンタジー
ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。
だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。
趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?
ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。
※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!
没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました
藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。
逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、
“立て直す”以外の選択肢を持たなかった。
領地経営、改革、そして予想外の縁。
没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。
※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる