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第75話 殺して
しおりを挟むシルヴィア様の執務室に案内された私は、すぐにソファに通された。
対峙するように彼が座り、シンシア様が紅茶を淹れてくれる。
いつも通りの流れだったが、部屋を支配する空気がいつも通りではなく、少々気味が悪い。
──緊張感、とでも言えばいいのだろうか。
二人からはそのような雰囲気が漂っているのだ。
「シェラローズ様。この部屋で話すことはまだ、他言無用でお願いします」
「ええ、わかりました」
ゴクリと、生唾を飲み込む。
他言無用ということは、まだ二人にしか知られていないこと……もしくは、国の上層部の人間にだけ伝わっていることなのだろう。
なのに、私に話していいことなのだろうか?
シルヴィア様とシンシア様の判断に文句を言うつもりはない。
そんなつもりは無いのだが、二人の雰囲気に呑まれてしまい、私も少しばかり緊張してしまう。
「魔王が誕生したようです」
──キュッと、心臓が掴まれたような気がした。
魔王が誕生した。
それはすでに知っていたことだ。
なぜなら、私こそが魔王グラムヴァーダなのだから。
「そ、れは……本当なのですか?」
困惑しきった私の問いかけに、シルヴィア様は頷いた。
「先日、教会の方に勇者が現れました」
──魔王が世を支配する時、勇者は必ず現れる。
その伝承の通り、勇者は新たに誕生した。
つまり、魔王が誕生したことの証明である。
「な、ぜ……私に、それを……?」
呂律が上手く回らない。
それだけ動揺を隠せていないということだ。
だって、おかしいのだ。
普通は貴族の令嬢に話すような内容ではない。
しかも私は、まだ6歳の小娘だ。
まだ出回っていない重要機密を告げられるような者ではない。
──なぜ彼らは、わざわざ私にこれを話した?
「貴女が無関係の人間ではないと、判断したのです」
全身の毛が逆立つのを感じた。
無関係ではない。
つまり私は『関係者』だと見られている。
「そう、ですか……」
私は力無く、項垂れる。
一度疑われては、もう巻き返すことはできない。
ただ魔法に恵まれているだけの少女を演じていたのに、まさかこんなに早くバレるとはな……。
「どうなさるおつもりですか?」
どうにもならないことは理解している。
だが、それでも最後くらいは、自分の死に方くらいは選ばせてほしい。
いや、無理であろうな。
私は内心、薄く笑った。
『魔王』は人間にとっての最大の仇敵だ。
それが目の前にいるのだから、騎士として容赦はしないだろう。
──ああ、でも……この人になら殺されてもいいな。
私は不思議と、そう思ってしまっていた。
「シェラローズ様」
シルヴィア様は悲しそうに表情を曇らせる。
迷ってくれているのだろう。
私の正体を知っても、まだ迷ってくれているのだと思うと、少しだけ嬉しくなる。
「シェラローズ様」
彼は立ち上がり、ゆっくりと私の近くまで歩いてきた。
「……シェラローズ様」
三度名を呼ばれ、私は静かに目を閉じた。
その瞼の裏に、私の家族が映る。
仲直りした両親が手を繋ぎ、微笑んでいる。
ティアとティナが、こちらに向かって元気に手を振っている。
家族の後ろには、侍女達も立っていた。
エルシアが先頭に立っていて、なぜかその横にはサイレスも居た。
ああ、終われない。
まだ──終わりたくない。
私はカッと目を開き、立ち上がる。
「まだ私は、こんなところで──」
「どうかお力添えをお願いいたします!」
────ん?
「情けないことを言っているとは十分承知しています。ですが、シェラローズ様の魔法の知識を、騎士団の皆に教えていただきたいのです!」
「……………………はい?」
シルヴィア様が土下座をする勢いで頭を下げている。
何が起きているのかわからずに横を振り向けば、シンシア様も同じようにしていた。
「えっと? どういうことですか?」
「魔王軍と戦争になる前に、少しでも準備を整えたい。そのための助力をお願い申し上げたいのです」
ちょっと混乱してきた。
意味がわからない。
──え?
私が魔王だと思ったから呼びつけたのではなく、魔王に対抗する準備のために呼びだされた?
──え?
「あの、魔王はどこに?」
そんな疑問を聞いたシルヴィア様は、不思議そうに首を傾げた。
「魔族が住む地、魔大陸では?」
「……………………」
「シェラローズ様?」
──誰か私を殺してぇえええええええ!!!!
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