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第十五章
指先に残る言葉、胸に隠す想い
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外はいつの間にか夕暮れに沈み、商店街の灯りがぽつり、ぽつりと点り始めていた。
店の中にはまだ夜の気配は薄い。それでも昼間とは違う、少しだけ静かな空気が落ちている。
霧弥はカウンターの内側に戻り、龍二は店の奥でコートを軽く払っていた。
「……走って戻ってきたのか?」
何気なく投げた一言に、龍二は少し照れたように笑う。
「いや……ただ、早く戻りたかっただけだよ」
それだけの言葉なのに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
霧弥は咳払いで、その感覚をごまかした。
「そういやさ。由紀ちゃんの親父が、“いい彼氏ですね”って言ってたぞ」
霧弥の思わぬ話題に、龍二は盛大にむせた。
「なっ……なんで今そんな話!?」
「知らねぇよ。由紀ちゃんが“けっこんするー!”って泣き出したらしい」
龍二は顔を真っ赤にして、額に指先を当てる。「……勘弁してほしい……」
その様子を見て、霧弥は思わず小さく笑った。
胸に残っていたささくれた感情が、少しだけ薄れる。
ふと、ポケットの中の感触に意識が向く。
指先で、そっと確かめる。
――付箋。
龍二の部屋に置き忘れられていた、小さな紙切れ。
『霧弥が読んだら怒るかな。でも、読んでくれたら嬉しい。少しだけ話したいことがある。――龍二』
胸の奥が、きゅっと鳴った。
(読んだって言えば、余計な気を遣うだろ。……でも、捨てるなんて、できるわけねぇ)
霧弥は、誰にも見られないように付箋を軽く握り込んだ。
「……で。話ってなんだよ」
「え?」
「付箋に書いてたやつ」
龍二の肩がびくりと跳ねる。
「よ、読んだんだ……?」
「机のど真ん中に置いとくな。嫌でも目に入る」
龍二は耳まで赤くして視線を逸らした。
「……言いにくくてさ。文字にした方が楽だと思って」
「手紙派かよ」
「文章なら……ちゃんと伝えられるから」
霧弥は肩をすくめる。「で、何だ」
龍二は一度息を整え、霧弥の前に立った。
「昨日……霧弥が言ってくれたこと。あれ、すごく嬉しかった」
「……改まるな。照れるだろ」
「俺だって照れてる。でも、言わなきゃと思った」
声に、迷いはなかった。
幼馴染としてではない距離が、ほんの少しだけ近づいている。
霧弥は喉の奥が詰まり、視線を逸らす。
「……わかった。ありがと」
「それでさ、南雲さんが――」
その瞬間、ドアが静かに開いた。
カラン、と鈴が鳴る。
「こんばんは。赤城さん」
南雲が控えめな笑顔で立っていた。
霧弥の胸が、小さく跳ねる。
「先生、先ほど渡しそびれた資料がありまして」
南雲は封筒を差し出す。
指先が、ほんの一瞬だけ龍二に触れた。
それだけで、胸の奥がひりつく。
(……仕事だ。わかってる)
そう言い聞かせても、感情は追いつかない。
南雲は霧弥に向き直り、穏やかに言った。
「先生、こちらにいらっしゃる方がリラックスされているようで」
龍二が目を瞬かせる。
「え?」
「あ、すみません。編集の勝手な印象ですけど……」南雲は苦笑し、「ここで原稿を書いている時の方が、表情が柔らかいので」ありのまま伝えた。
そう云われるや否や、龍二の顔は一気に茹で蛸になり、片や霧弥は棚の煙草を直すふりをした。
「……お二人、いい関係ですね」
その言葉だけが、静かに残った。
南雲が帰ると、店内の空気がふっと緩む。
「……んだよ」
霧弥は煙草の箱を握りしめる。
「どうしたの?」
「なんでもねぇ。……仕事だろ」
「うん、仕事だよ」
少し沈黙してから、龍二が近づく。
「霧弥、もしかして……」
「言うな」
「でも――」
「言うなって言ってんだろ!」
声が荒れる。
すぐに後悔が押し寄せ、霧弥は煙草に火をつけた。「……悪い。ただ、ムカついただけだ」
「南雲さんと居たから?」
「……昨日の今日で、あんな距離だったら……嫌だろ」
龍二は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「嫉妬?」
「うるせぇ!」
「でも、嬉しい」
「殴るぞ」
「冗談。……でも本気で言うと、俺の気持ちは霧弥だけだよ」
煙が消える。
霧弥はゆっくり灰皿に押しつけた。
「……そうかよ」
「信じて。大事にしたいって言ったの、本心だから」
霧弥は視線を逸らし、小さく言った。
「……ありがと」
しばらく、何も言わない時間が続く。
けれど、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。
霧弥はポケットの付箋を思い出し、そっとレジ下の引き出しにしまう。
誰も触らない場所に。
(……捨てるわけねぇ)
「ねえ、霧弥」
「ん?」
「隣、座っていい?」
「勝手にしろ」
龍二が隣に腰掛ける。
肩は触れない。でも、触れられる距離。
夕暮れが夜に溶ける店内で、二人の間には、昨日より少しだけ確かな温度があった。
店の中にはまだ夜の気配は薄い。それでも昼間とは違う、少しだけ静かな空気が落ちている。
霧弥はカウンターの内側に戻り、龍二は店の奥でコートを軽く払っていた。
「……走って戻ってきたのか?」
何気なく投げた一言に、龍二は少し照れたように笑う。
「いや……ただ、早く戻りたかっただけだよ」
それだけの言葉なのに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
霧弥は咳払いで、その感覚をごまかした。
「そういやさ。由紀ちゃんの親父が、“いい彼氏ですね”って言ってたぞ」
霧弥の思わぬ話題に、龍二は盛大にむせた。
「なっ……なんで今そんな話!?」
「知らねぇよ。由紀ちゃんが“けっこんするー!”って泣き出したらしい」
龍二は顔を真っ赤にして、額に指先を当てる。「……勘弁してほしい……」
その様子を見て、霧弥は思わず小さく笑った。
胸に残っていたささくれた感情が、少しだけ薄れる。
ふと、ポケットの中の感触に意識が向く。
指先で、そっと確かめる。
――付箋。
龍二の部屋に置き忘れられていた、小さな紙切れ。
『霧弥が読んだら怒るかな。でも、読んでくれたら嬉しい。少しだけ話したいことがある。――龍二』
胸の奥が、きゅっと鳴った。
(読んだって言えば、余計な気を遣うだろ。……でも、捨てるなんて、できるわけねぇ)
霧弥は、誰にも見られないように付箋を軽く握り込んだ。
「……で。話ってなんだよ」
「え?」
「付箋に書いてたやつ」
龍二の肩がびくりと跳ねる。
「よ、読んだんだ……?」
「机のど真ん中に置いとくな。嫌でも目に入る」
龍二は耳まで赤くして視線を逸らした。
「……言いにくくてさ。文字にした方が楽だと思って」
「手紙派かよ」
「文章なら……ちゃんと伝えられるから」
霧弥は肩をすくめる。「で、何だ」
龍二は一度息を整え、霧弥の前に立った。
「昨日……霧弥が言ってくれたこと。あれ、すごく嬉しかった」
「……改まるな。照れるだろ」
「俺だって照れてる。でも、言わなきゃと思った」
声に、迷いはなかった。
幼馴染としてではない距離が、ほんの少しだけ近づいている。
霧弥は喉の奥が詰まり、視線を逸らす。
「……わかった。ありがと」
「それでさ、南雲さんが――」
その瞬間、ドアが静かに開いた。
カラン、と鈴が鳴る。
「こんばんは。赤城さん」
南雲が控えめな笑顔で立っていた。
霧弥の胸が、小さく跳ねる。
「先生、先ほど渡しそびれた資料がありまして」
南雲は封筒を差し出す。
指先が、ほんの一瞬だけ龍二に触れた。
それだけで、胸の奥がひりつく。
(……仕事だ。わかってる)
そう言い聞かせても、感情は追いつかない。
南雲は霧弥に向き直り、穏やかに言った。
「先生、こちらにいらっしゃる方がリラックスされているようで」
龍二が目を瞬かせる。
「え?」
「あ、すみません。編集の勝手な印象ですけど……」南雲は苦笑し、「ここで原稿を書いている時の方が、表情が柔らかいので」ありのまま伝えた。
そう云われるや否や、龍二の顔は一気に茹で蛸になり、片や霧弥は棚の煙草を直すふりをした。
「……お二人、いい関係ですね」
その言葉だけが、静かに残った。
南雲が帰ると、店内の空気がふっと緩む。
「……んだよ」
霧弥は煙草の箱を握りしめる。
「どうしたの?」
「なんでもねぇ。……仕事だろ」
「うん、仕事だよ」
少し沈黙してから、龍二が近づく。
「霧弥、もしかして……」
「言うな」
「でも――」
「言うなって言ってんだろ!」
声が荒れる。
すぐに後悔が押し寄せ、霧弥は煙草に火をつけた。「……悪い。ただ、ムカついただけだ」
「南雲さんと居たから?」
「……昨日の今日で、あんな距離だったら……嫌だろ」
龍二は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「嫉妬?」
「うるせぇ!」
「でも、嬉しい」
「殴るぞ」
「冗談。……でも本気で言うと、俺の気持ちは霧弥だけだよ」
煙が消える。
霧弥はゆっくり灰皿に押しつけた。
「……そうかよ」
「信じて。大事にしたいって言ったの、本心だから」
霧弥は視線を逸らし、小さく言った。
「……ありがと」
しばらく、何も言わない時間が続く。
けれど、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。
霧弥はポケットの付箋を思い出し、そっとレジ下の引き出しにしまう。
誰も触らない場所に。
(……捨てるわけねぇ)
「ねえ、霧弥」
「ん?」
「隣、座っていい?」
「勝手にしろ」
龍二が隣に腰掛ける。
肩は触れない。でも、触れられる距離。
夕暮れが夜に溶ける店内で、二人の間には、昨日より少しだけ確かな温度があった。
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