煙草屋さんと小説家

男鹿七海

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第二十四章

行き先と、助手席の余談

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 旅行券は、三枚綴りだった。

 封筒を開けた霧弥は中身を確認し、無言でテーブルに置く。 それを覗き込んだ龍二が、わずかに眉を上げた。

「……三人分だね」

「……あぁ」

 それだけで、十分だった。

 霧弥は煙草を一本取り、ベランダへ出る。冷たい夜気が肺に入った。そのまま、スマホを耳に当てる。

「……神崎か」

『おう。どうした、魔王』

「切るぞ」

 電話越しに、笑いを含んだ息が漏れる。

『冗談だ。で、用件は?』

「旅行券が三枚ある。行くか」

 一拍、間が空いた。

『行く』

 即答だった。

「予定は」

『合わせる』

「……決まりだな」

 短いやり取りで、話は終わった。



 1

 出発は、その週末になった。店の休みと龍二の原稿の区切り、龍臣の都合が、珍しく噛み合った。

 朝は早かったが、空気は澄んでいる。霧弥の車は古いが、余計な音を立てない。

「じゃあ、最初は俺が運転する」

「うん」

「了解」

 助手席に龍二、後部座席に龍臣。エンジンがかかり、車は静かに走り出した。

「相変わらず渋い車だな」

「うるせぇ」

「魔王の私物って感じがする」

「……それ、褒めてんのか」

「多分」

 龍二が小さく笑う。 霧弥は前を見たまま、ハンドルを切った。

 街を抜け、高速に入る。 朝日がフロントガラスに反射し、一瞬だけ視界が白くなる。

「遠出、久しぶりだね」

 龍二の声は、どこか楽しそうだった。

「……まぁな」

 後部座席から、龍臣が思い出したように言う。

「そういえばさ」

「なんだ」

「改めて思ったけど、あの魔王姿」

「言うな」

「いや、言う」

 龍臣は笑いを含んだ声で続けた。

「不機嫌そうな顔で腕組んで、ライト浴びてさ。客席の反応、完全に“ラスボス登場”だったぞ」

「……聞いてねぇ」

「俺は聞いた。『あの人だけ世界観違う』って」

 龍二が、控えめに言葉を添える。

「迫力は、確かにありました」

「お前まで言うな」

 霧弥は、わずかにアクセルを踏んだ。

「煙草吸ってない魔王ってのも新鮮だった」

「……それ以上言うんだったら、今すぐ運転変われ」

「はいはい」

 車内に、軽い笑いが落ちる。 霧弥は黙ったままだったが、耳の奥が少し熱い。



 2

 最初の休憩で、サービスエリアに寄った。

「次、俺運転する」

 龍臣が自然に言い、霧弥も何も言わずに鍵を渡す。

「ぶつけんなよ」

「信用低いな」

 運転席が交代し、霧弥は助手席へ移る。 龍二は後部座席に座り直した。

「この並び、なんか新鮮だね」

「……だな」

 龍臣はルームミラー越しに霧弥を見る。

「助手席の魔王」

「まだ言うか」

「だってさ、似合いすぎなんだよ」

「衣装の話は終わっただろ」

「終わってない」

 龍臣は楽しそうだった。

「魔王って、守るもんがあるから強いんだろ?」

 霧弥は、一瞬だけ黙る。「……知らねぇよ」

「でもさ」龍臣は前を見たまま続けた。「お前、前より柔らかくなった」

 後部座席で、龍二が静かに聞いている気配がする。

「余計なお世話だ」

「否定しないのな」

 霧弥は、窓の外へ視線を逃がした。

「……変わっただけだ」

 それ以上、龍臣は踏み込まなかった。



 3

 山道に入ると、空気が変わる。木々の影が、流れるように車内を横切っていく。

「着くな」

「思ったより早いね」

「運転、交代したからな」

 車を停め、三人は外に出た。 深く息を吸うと、胸の奥まで澄んでいく。

「……悪くねぇな」

 霧弥がそう言うと、龍二が笑った。

「そうだね」

 龍臣は伸びをする。

「三枚入り、正解だったな」

「……あぁ」

 魔王だの、助手席だの、余談だらけの道中だったが、今ここに立つと、それらはどうでもよくなる。

 三人で来た。それだけで、充分だった。

 霧弥はポケットの中の煙草に触れ、まだ火はつけない。

「行くぞ」

「うん」

「おう」

 三人の足音が、同じ方向へ重なっていった。


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