煙草屋さんと小説家

男鹿七海

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第二十七章

空瓶の数と、朝の気配

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 卓の上には、すでに空になった小瓶が二本転がっていた。
 背の低い瓶と、細長い瓶。どちらも軽く振ると、乾いた音しかしない。

「……もう二本か」
 霧弥が呟くと、龍臣は肩をすくめた。
「まだ半分だな」

「……感覚がおかしい」

 残っているのは、丸みのある中瓶が二本と、ひときわ存在感のある一升瓶。
 霧弥は中瓶を手に取り、残量を確かめるように持ち上げた。
「これは……終わりそうだな」

「じゃあ、それ片付けるか」

 栓を抜くと、甘い香りがふわりと広がる。
 霧弥は猪口に注がれた酒を一度見つめてから、口に運んだ。
「……やっぱ飲みやすい」

「だから、最後が危ねぇって言っただろ」

「今さらだ」

 二人は言葉少なに、だが確実に杯を重ねていく。
 龍二はその様子を眺めながら、徳利に残った酒を一口だけ飲み、そっと置いた。
「……俺は、もういいかな」

「無理すんな」
 霧弥はそう言いながらも、視線は瓶から離さない。

「先、休むね」

「おう」

 龍二は布団を敷き、静かに横になった。
 その背中を一度だけ確認してから、霧弥は再び卓へ視線を戻す。

「……静かになったな」

「いつもは二人だろ」

「まぁな」

 残っていた中瓶が、最後の一滴まで注がれる。
 猪口に落ちる音が、妙に大きく響いた。

「……四本目、終了」

「あと二本」

 視線は自然と一升瓶へ向かう。
 霧弥はその瓶を見上げ、軽く息を吐いた。
「……でけぇな」
「主役だからな」

「誰が決めた」

「俺」

 龍臣は笑いながら栓を抜いた。
 ずしりとした瓶が傾き、酒が注がれる。
 霧弥は一口飲み、少しだけ間を置いた。
「……効いてきた」

「顔、赤いぞ」

「お前が言うな」

 視界が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
 畳の感触が、いつもより近い。
 それでも、杯は止まらなかった。
 気づけば、一升瓶も半分を切っている。

「……これ、二人で空くな」

「空けるだろ」

「……だな」

 言葉の数は減り、動作もゆっくりになる。
 だが、不思議と気分は悪くない。
 最後の一杯。
 霧弥は瓶を傾け、残りを猪口に注いだ。
「……終わりだ」
「六本目」

「……やりすぎだな」

「今さらだ」

 二人はほぼ同時に飲み干した。
 霧弥は猪口を置こうとして、少しだけ手元がぶれた。
「……っと」

「限界か」

「……否定しねぇ」

 身体が重い。
 頭の奥が、ふわりとする。
 霧弥はそのまま畳に手をつき、胡坐を崩した。

「……ちょっと、休む」

「それ、もう寝るやつだ」

「うるせぇ」

 龍臣も壁にもたれるように座り直した。

「……まあ、いい夜だな」

「……ああ」

 そのまま二人は言葉を続けなかった。
 灯りはまだ点いている。

 卓の上には、大小さまざまな空瓶が並び、酒の匂いが静かに残っている。

 霧弥は畳に横になったまま、目を閉じた。
 返事はない。
 呼吸だけが、ゆっくりと揃っていく。
 先に休んでいる龍二の寝息と、その少し後から、霧弥と龍臣の深い眠りが、部屋を満たしていた。
 夜は、静かに更けていった。
 


 1

 朝の光は、障子越しにやわらかく差し込んでいた。
 部屋の空気は澄み、昨夜の酒の匂いだけが、かすかに残っている。

 しばらくして、布団がわずかに動いた。
 龍二は静かに目を覚まし、天井を見上げてから、ゆっくりと身を起こした。
 頭は冴えているが、身体にはまだ夜の名残がある。
 視線を巡らせ、状況を理解する。

 ――空瓶、多いな。

 卓の周りには、昨夜飲み干された瓶がそのまま並んでいる。
 倒れた一升瓶と、形の違う中瓶、小瓶。

 霧弥は畳に横になったまま、完全に眠りきっていた。
 龍臣もまた、畳にうつ伏せの状態のまま、微動だにしない。

 龍二は小さく息を吐き、スマホを取り出す。
 音を立てないように気をつけながら、二人の姿を一枚だけ撮った。

 それから身支度を整え、静かに部屋を出る。
 朝の空気は冷たく、宿の周囲はまだ人が少ない。
 少し歩いてから戻る頃には、時刻はすでに午前十時を回っていた。
 部屋の前で一度だけ立ち止まり、龍二は障子に手をかける。

 ――起きたら、きっと文句を言う。

 そう思いながらも、口元はわずかに緩んでいた。



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