煙草屋さんと弾丸。─獣になりかけた恋人と、婚姻弾の物語─

男鹿七海

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拾肆

影の訪問者

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 夕暮れどき、街は赤銅色の光に包まれ、煙草屋ツダの店にもまだやわらかな日差しが差し込んでいた。
 棚に並んだ煙草や雑貨から、長年染みついた匂いがほのかに立ちのぼる。戦いの余韻が嘘のように、店内には静かな時間が流れていた。

「今日は、思ったより静かだね」カウンター越しに凛が言い、布巾で棚の埃を軽く拭う。

「ああ……だが、静かすぎるのも気になる」俺はそう答えながら、窓の外へ視線を向けた。
 昨日の昼下がり、通りに落ちていた不自然な影が、胸の奥にまだ引っかかっている。

 そのときだった。

 扉が静かに開いた。古い蝶番が鈍く軋み、フードを深く被った人物が姿を現す。足取りは遅く、慎重で、まるで店の空気を測るようだった。

「……あの人、昨日の影の?」

 凛が声を落とす。

「おそらくな。下がっていろ」

 俺は短く告げ、さりげなく彼女を庇う位置に立つ。

 影の人物は店内を一瞥すると、奥の棚の前で足を止めた。その手には、小さな包みが握られている。言葉はない。ただ、こちらをじっと見つめる視線だけが、妙に重かった。

「何のつもり……?」

 凛の呟きに、龍之介も眉を寄せる。

 次の瞬間、影の人物は無言のまま包みをカウンターに置き、踵を返した。
 引き留める間もなく、扉は再び軋みを立て、その背中は通りの奥へと溶けるように消えていく。まるで、反応を見るためだけに現れたかのようだった。

「……置いていっただけ、だったね」凛は小さく息を吐き、包みを開く。
 中には見慣れない薬草と、符のような紙片が数枚入っていた。用途も意味も分からないが、ただならぬものだということだけは、直感的に伝わってくる。

「用心に越したことはない」

 俺はそう言って包みを受け取り、棚の奥へと慎重に仕舞った。

「今は、余計な動きはしない。それが一番だろう」

 再び、店には日常の音が戻る。夕暮れの光は次第に色を失い、通りには長い影が伸びていった。傷ついた街は、静かに息を整えつつあるようにも見える。

 だが、確かに何かが動き始めている。名も意図も知れぬ、小さな波紋が。

 俺達は言葉を交わさず、互いの顔を見て静かに頷いた。この平穏が束の間のものであることを、どちらも理解している。

 それでも――明日も、その先も。共に立ち向かう覚悟だけは、すでに揺るぎなく胸にあった。

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