煙草屋さんと弾丸。─獣になりかけた恋人と、婚姻弾の物語─

男鹿七海

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拾陸

夜の煙と選択

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 夜の帳が下り、煙草屋ツダの二階には、穏やかな生活の匂いが漂っていた。
 炊きたての米と温かい味噌汁、焼き魚の香りが、まだ部屋に残っている。

 凛は食器を片付けながら、ふと俺を見た。

「……今日、静かだったね」

「あぁ。静かすぎるくらいだ」

 俺は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに体を預けた。その姿には、戦いの緊張よりも、長い一日の疲れがにじんでいた。

 凛は最後の器を置き、卓の向かいに座る。

「明日、どうする?」

 その問いは軽い声だったが、重い意味を含んでいた。
 小包、符、そして昼下がりに感じた“見られている気配”。

 俺は黙ったまま包から一本の煙草を取り出す。

 婚姻弾用ではない。
 銃に込めるためのものでもない。

 ただの、いつもの煙草。

 火を点けると、小さな炎が揺れ、煙がゆっくりと立ち上った。

「……調べる」
 俺は煙を吐きながら言う。「派手には動かない。撃たない。追わない」

 凛はその煙を目で追い、静かに頷く。

「普通の調査だね」

「あぁ。俺たちは兵じゃない。店主と、その嫁さんだ」

 少しだけ頬を染め、凛は視線を逸らす。「……まだ、慣れない言い方」

「俺もだ」

 俺は小さく笑い、再び煙草を吸う。
 部屋に漂う煙は、昼の不穏さとは違い、落ち着いた重さを持っていた。

「明日は――」
 凛は指を組む。「私が街の噂を拾う。薬草屋、符売り、占い師……“あぁいう物”を扱う人たち」

「俺は銃の手入れと帳簿の整理」

「撃たない前提?」

「勿論」

 俺は灰皿に灰を落とし、真っ直ぐ凛を見る。

「ただし――」

「うん」

「銃が必要になる状況は、否定しない」

 凛は静かに息を吸った。

「でも、撃つなら……最小限に」

「相手を倒すためじゃない」

「“これ以上踏み込むな”って、伝えるため」

 俺達の考えは自然と一致していた。

 沈黙が落ちる。
 だがそれは不安ではなく、確認の時間だった。

「……龍之介」

「ん?」

「普通の煙草吸ってるときの方が、少し安心する」

 俺は一瞬だけ目を細めた。

「戦いの道具じゃないからな」

「うん。生きてる感じがする」

 煙草の火がゆっくり短くなる。
 それは、“今は戦わない”という選択の象徴のようだった。

 窓の外では、街が静かに眠りにつこうとしている。
 遠くで犬が一声鳴き、風が屋根を撫でていく。

「明日は、静かな一日になるといいね」

 凛の言葉に、俺は最後の煙を吐きながら答えた。

「静かでも、目は逸らさない」

 煙は天井へと消えていく。

 何かが動いている――確かに。
 だが明日、俺達は銃ではなく、言葉と足でそれを確かめに行くつもりだった。

 夜は深く、穏やかに更けていく。
 その静けさの中で、次の日はすでに息を潜め、俺達を待っていた。


 
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