恋する嘘つき霊能者

灰羽アリス

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 放課後、体育館裏に来てください。待ってます。

 ハートたっぷりの、愛の告白をちらつかせた手紙を松岡くんの下駄箱に入れるリンを見て、おれは呆れかえっていた。

 とり憑いた霊は、対象の心に影響を与えることができる。きっと、秋尾も、松岡くんの心に警戒を促すはずだ。それなのに、松岡くんがこんな安っぽい罠にかかるとは思えなかった。

「童貞のピュアさをなめてはいけないわ。まあ、見てなさい。松岡くんは絶対に釣れるから」

 リンの言葉は、おれの胸をちくりと刺した。もしかして俺、童貞のまま死んだのかな。悲しくなってきた。童貞と決めつけられた松岡くんに深く同情する。

 放課後、体育館裏に呼び出されて愛の告白をされるのなんて、アニメの中だけ。松岡くんだって、きっとわかってる。

 そう、そのはずだった。

 けれど、松岡くんは来てしまった。

 いつもの陰気臭い雰囲気をやわらげ、顔を真っ赤に染めて。これは、本気で愛の告白を期待していそうだ。これから起こる惨劇を思い、おれは切なくなる。ポン、とその震える細い肩に手をかけたくなった。

 松岡くんの背後には、秋尾もちゃんといた。とり憑いているうちは、対象の半径三メートル以内を離れることができないらしい。秋尾は嫌でも、ここへ来ざるを得なかったということだ。
 
「お前、やっぱり売りやがったか」
「さあ、どうだろう」
「チッ。やっぱりいけ好かねぇ野郎だ」

 じっとりと、秋尾がおれを睨んでくる。絶対に逃すまいという執念を感じさせる黒い瞳は、蛇を思わせた。消してやる、とその瞳が脅している。
 だけど、怖くないもんね。俺には、最強の『祓い屋』がついている。まだ見習いだけど、佐久間の見習いはプロの10人分の強さなんだからな。と余裕を見せつつ、おれはリンの後方に待機。

 赤い札を指に挟んだリンが、松岡くんと距離を詰める。一瞬だった。リンの手がびゅんと風を切ったと思うと、松岡くんが地面に倒れていた。手刀で沈めたらしい。まったく見えなかったぞ。すごい、人間の動きじゃないぞ。

 驚いたようにのけぞる秋尾。

 ちょっと興奮しているうちに、リンが何やらお経めいた呪文を唱えだした。おれは慌てて耳を塞ぐ。この呪文は秋尾に向けたものだから、おれが消滅することはないけれど、気持ちが悪い音には違いなかった。

「お前の名前は、秋尾芳次。生前の住所は───。死因は、脳内血腫による、病死!」

 思い出したか!

 リンが叫ぶ。

「松岡康平をいじめた日々、許すまじ。なにゆえ死してなお、松岡を苦しめるか!」

 呪文を唱えるというより、説教をしているのに近い。そんな印象った。
 秋尾のカラダに異変が起こる。ただでさえ定かでない輪郭がぼやけ、急速に崩れていく。

 両手で頭を押さえ、キンと耳に響く絶叫をあげる。痛そうだと思った。かなり、苦しんでいる。

「俺は、秋尾芳次。秋尾芳次。秋尾芳次───」

 よだれをまき散らし手自分の名前を叫ぶたび、秋尾の瞳からは涙が溢れた。心なしか、瞳には輝きが増し、ないはずの生気が溢れていくようだった。

 おれは呆気に取られて、一部始終を見ていた。

 他人事のはずだった。消されるのは秋尾で、おれじゃない。

 しかし、苦しむ秋尾を見て、近い将来、あれがおれの姿になるという確信が生まれた。

 気づけばおれも泣いていた。おれと秋尾の思いは、このときたしかに通じ合っていた。

 悲しみが、後悔が、懺悔が、おれの心に沁み込んでくる。これはぜんぶ、秋尾の心だ。

 おれは、気づいてしまった。

「だめだ、リン! いったん中止しろ!」

 一瞬でリンの背後に移動し、そう叫ぶ。

「は? 何言ってるの?」

「秋尾は松岡くんを呪うためにとり憑いていたんじゃない。謝りたくて、側にいただけなんだ。いじめてごめんって、言いたかったんだよ!」

 ハッとしたリンの顔が、次には泣きそうに歪む。どうしよう、と途方に暮れたように呟く。

「呪文が完成しちゃった。いまさら止まれない」

「松岡くんを起こすぞ。リン、お前なら秋尾の言葉を仲介して伝えられるだろ。秋尾が消える前に、急げ」

 リンは泣く。その顔はとっくに諦めている。松岡くんを手刀で沈めた張本人であるリンは、松岡くんがしばらく目を覚まさないことを知っていたのだ。

「伝えてくれ」

 震える泣き声で、秋尾は言った。

「ほんとに、ごめん。死ねとか、簡単に言ってごめん。いまさらだけど、謝るまで、俺、逝けなくて。自己満足だってわかってる。それでも、病気して、少しは命のありがたさとか、わかって。頭とか、腹の痛み、味わって。俺が殴ったり蹴ったりしたとき、松岡はこれ以上痛かったのかもって思ったらたまらなくなった。ほんとに、ごめん」

 こいつが起きたら───

「ええ、伝えるわ」

 涙を拭ったリンは、強く頷いた。

 最後にふっと笑って、秋尾は消えた。
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