恋する嘘つき霊能者

灰羽アリス

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 街中の景色は、何を見ても懐かしい気がした。
 駅前のパン屋を見て、ショッピングモールの看板を見て、コンビニを見て、いちいち泣きそうな気持ちになる。このメインストリートはたぶん、生前、おれがよく来た場所なのだろう。記憶はないけれど、心が覚えている。

「ちょっと太郎くん、ぼうっとしないで、ちゃんとついてきてよ。見失っちゃうわ」
「はいはい、スミマセンね」

 前方10メートル先には、御手洗さんがいる。チェックのシャツに、春用ニットを着こみ、下はシンプルなジーパン。デートにしては地味だ。どうせ、大学時代の友達と飲みに行くとか、そんなのだろ。

 おれの予想を裏付けるように、御手洗さんは、どんどん飲み屋街へと入って行く。

 尾行するなんてバカバカしいと思いつつも、探偵ごっこをしているみたいでちょっと楽しかったのは認める。
 トランシーバーがあればよかったのに、と言うリンも、純粋に尾行を楽しんでいるようだった。
 もしかすると、御手洗さんがどこに出かけるかなんて本当はどうでもよくて、おれと遊ぶ口実がほしかったのかもしれない。なんて、それはうぬぼれすぎか。

 17時半をすぎ、あたりがだいぶ暗くなってきたころ、街の様子が少しおかしな方向に変わっていた。
 ひわいなネオンがきらめく繁華街。水商売系の店や、ホテルの看板が目立ってきた。

「なんか、これって……」

 顔色を悪くしたリンが、おろおろと辺りを見渡す。そっちの知識がどれだけあるか知らないが、ここが危険だという認識は持っているようだった。

 おれは落ち着かなかった。さっきから嫌な予感がするのは、気のせいじゃないと思う。このまま尾行を続けてはいけない。何か、リンが傷つくようなことがこの先に待っている気がした。

 だから、言った。

「ねぇ、尾行とか、やっぱり悪趣味だよ。帰ろう」

 立ち止まって迷いを示したリン。そのとき、
 女の子がリンにぶつかった。すみません、と明るく笑うその子は、どこかの制服を着ていた。着崩して、色々と手が加えられていることから、コスプレだと言われればそうなのかと思うけど、女の子の顔があまりにも若い。現役で制服を着るような、それも、中学生くらいに見える。おとなっぽい青いラメが浮いていて、逆にその子を子どもに見せている。

 その派手な女の子を何の気なく目で追うと、なんと、その子は御手洗さんの腕に、親し気に腕を絡めた。ごめん、待った? と幼い声が言う。その様子を、リンも見ていた。

「たぶん、兄妹よ」

 おれが何か言う前に、リンが被せるように言う。

 尾行は再開された。リンの瞳の色が、真剣なものに変わった。このままじゃ帰れない、か。

 止めるべきだ。リンの腕をを引いて、この場から引き離したい。けれど、人に触れられないおれに、そんなことはできない。言葉を尽くして、それでもだめならついて行くしかない。
 御手洗さんと派手な女の子は、どんどん暗い方に進んでいく。そして、一軒のラブホテルの前で足を止めた。

「休憩よ!」

 またしても、リンが被せて言う。

「御手洗さんか、あの女の子、どっちかの具合が悪くなったのよ」
「いや、それは……」

 女の子はきゃぴきゃぴ元気そうだし、御手洗さんも、なんというか、やる気に満ち溢れてる。具合が悪くなった説には無理がある。まあ、でも、20パーセントくらいの可能性ならある、のか……?

 しかし、そのわずかな可能性も、女の子の発言に打ち砕かれる。

「今日は何のプレイがいい? いつものように、兄妹プレイ?」

 それに対する御手洗さんの答えも、最悪だった。

「いや、教師と生徒って設定でいこう」
「やーん、エッチ。ちょっと難しい設定だから、今日はお給金はずんでよ」

 御手洗さんが何と答えたのかは聞いていない。リンが回れ右して走り出してしまったからだ。慌てて追いかける。
 混雑する怪しい夜街を、リンは突っ走る。泣いているのか、その背からはわからない。人にぶつかりまくって、変な目で見られている。その視線の中には、ねっとりとした気持ちの悪いものもある。おれは舌打ちした。リンは優等生然とした高校の制服姿で、あまり場違い。目立ちすぎる。何か、犯罪に巻き込まれてしまう危険だって。

 やっぱり、もっと早い段階で、リンを連れ帰るべきだった。もっと強く説得すべきだった。
 後悔しても、もう遅い。
 御手洗さんは、中学生くらいの女の子を金で買って変態プレイを楽しむような最低の男だと、リンは知ってしまった。
 リンの恋は残酷な形で、壊れた。

 そのとき、ぐらりと視界が傾いた。見ると、おれのカラダが消えかけている。学校に強制送還されるのだとわかった。
 リンのうしろ姿がどんどん遠く離れていく。

「リン……」

 一度閉じたまぶたを開けた時、おれの前には見慣れた窓枠がおりのように立ちはだかっていた。

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