恋する嘘つき霊能者

灰羽アリス

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 『楽しいショー』の本番は、それからほどなくしてやってきた。
 花子さんに話をつけて、二日後のことだった。

 4時限目と5時限目の境にある、15分休憩。階段裏で休むおれのところに花子さんが現れて、「来たよ」と告げた。

「いつもの子たち。リンって子もいる。でも、なんか、今日はいつもより、いじめ方が激しいみたい」 

 おれと花子さんは、瞬時に三階女子トイレに移動した。

 女子トイレに入る抵抗など、まったくなかった。誰に見られるとしても、それはリンだけだし、変態行為のために入ったのではないと、リンならわかってくれる。たぶん。そこのところ、誤解される前にしっかり伝えなければ。
 てことで、

「リン、助けに来たぞ!」

 おれは大声を出しながら女子トイレに飛び込んだ。ドン、という衝撃音が響いたのは、それとほぼ同時だった。

 リンが、壁からずり落ちるようにして、床に倒れていた。乱れた髪が顔を隠し、表情が見えない。でも、気絶しているように見えた。

 それは何の前触れもなく。
 おれは一瞬で怒りに支配された。

 いつもの数倍の威力のブリザードが吹き荒れていたことだけは、かろうじて覚えている。
 でも、それだけだ。気づいたときには、いじめっ子の女子どもが、気を失って床に倒れていた。

「これ、おれがやったの……?」

 呆然とつぶやくおれに、花子さんは興奮しきった様子で「うん」と肯定する。

「最高のショーだった。久しぶりに、すっごく興奮しちゃった」

 めまいがする。ちょっとこらしめてやろうって思ってただけなのに、これは明らかにやりすぎだ。

 太郎くん。

 呼ばれ、振り向く。リンが目を覚ましていた。声をかけようとすると、何かを思い出したようにハッとして、汚い床に這いつくばる。

「ちょっと、何やってるの」
「探してるの!」

 乱れた髪をそのままに、目を皿のようにして床を探す。あまりに必死の形相に、おれは声がかけられなかった。やがて、リンは小さな子どものように、声をあげて泣きだす。

「ない、ないよぉ」
「何がないの?」
「ひまわりのピン」
 ぐすっと鼻をすする合間につぶやく。
「とられたの。返してっていうのに、返してくれなくて」

 ひまわりのピン。ああ、いつもしてるやつか。
 ていうか、たかがピンを取り返すために、こんなにボロボロになってまで戦ったの?
 リンの膝はすりむけ、血が滲んでいる。強く打ったはずの頭だって、特大のたんこぶができているに違いない。

 たかがピン。だけど、リンがここまで必死になるのなら、大切なピンなのだろう。
 おれも床に這いつくばってピンを探した。いじめっ子たちに取られたなら、彼女たちの誰かが握り締めているかもしれない。そう当たりをつけて順に手の中を見ていき、ビンゴ。

「リン、あったよ。これじゃない?」

 ピンに触れられないおれは、指をさして知らせる。
 リンはその女子からむしり取るようにピンを取り上げ、大事そうに胸元に引き寄せた。

「よかったよぉ……」

 そしてまた、おいおい泣く。
 おれと花子さんは対応にこまって、おろおろしながらリンが泣き止むのを待った。

 その間に花子さんは去り(たぶん、『祓い屋』であるリンに恐れをなして)、リンのしもべのカラスがやってきて、それからおれは、あることに気がついた。

 いつもは前髪で隠れているリンの額、右側に古い傷の跡がある。縦に亀裂が入ったようなそれは、女の子の顔に刻まれるには、ワイルドすぎる傷だった。リンはひまわりのピンで前髪をとめることで、この傷を隠していたのか。

「この傷を見て、どう思う?」

 涙の枯れたリンが、唐突に聞いた。
 怯えたような瞳が、おれをうかがう。

 どう答えるのが正解だろう。ワイルドだねって褒める? 別に、目立つ傷じゃないよと慰める? あまり答えを待たせるのも失礼だと思い、おれは瞬時に考える。それでも結局、気の利いたことは言えないんだけど。

「隠すほど気にすることは無いと思う」
 ふっと笑ったリンは一言。
「へたね」
 言わずもがな、慰めるのが下手って意味だ。
 本当にその通りで、ぐうの音も出ない。

「どうしたの、その傷」

 聞いても良いものか迷ったけど、好奇心が勝って、結局、聞いてしまった。

「昔、誘拐されかけたことがあって」
「えっ」

 出てきたのが予想外に重い話で、おれは言葉を失った。

「されかけたって言ったでしょ。未遂よ、未遂。逃げたときについたのが、この傷。そんな悲痛な顔しないで。処女を奪われなかっただけ、マシよ」

 昔がどれだけ前のことかわからないけど、たぶん、中学生とか、小学生のときだろう。
 中学生っぽい女の子に手を出していた御手洗さんが、リンの目にどれだけ汚らわしいものに映ったか、容易に想像できた。失恋で受けた傷も、昔のトラウマと相まって、より深いものになっただろう。

「どうしましょうか、この人たち」

 タイルの床に転がるいじめっ子の女子たちを見下ろし、リンが言う。

「このまま放っておけばいいよ。そのうち目が覚める」

『カーッ。ほっとけ、ほっとけ』

 カラスがおれの意見に追随つきずいした。
 この意地悪カラスの場合、「ほっとけ」は「掘っとけ」の意味だな。いじめっ子たちの体を鋭いくちばしでキツツキのようにつついてる。けっこう痛そうだ。それでも起きないいじめっ子たちって……まだ数時間は眠ったままだろう。

 結局、いじめっ子たちは放置したまま、おれたちは女子トイレを出た。5限目開始の鐘が鳴る。どうせ遅刻よ、とリンは急ぐことなく、ゆっくり廊下を歩いた。

「聞かないの?」
 リンが言う。
「何を?」
「なんでいじめられてるんだって」
「なんでいじめられてるんだ?」

 ちらとこちらを向いたリンの顔が呆れている。
 だって、聞いてほしいのかなって思って。なのに、聞いたら睨まれて、理不尽だ。
 まあ、いいわ。と、リンは話し出す。なんだよ、やっぱり聞いてほしかったんじゃん。

「私ね、外部受験で入学したの」
「中学までは別の学校だったってこと?」
「そう。普通の、公立中学校」
「高校からうちに入る人って少ないし、外部受験生って、けっこう浮くんじゃない?」

 そう! と、リンは力強く肯定する。大きなため息。

「まさにそれなの。クラスの中で、私は完全にアウェイ。ただでさえ、『祓い屋』の能力のせいで浮きやすいのに、それに加え、外部受験生。変なふうに目立っちゃって、一挙手一投足に文句をつけられるようになって、気づけばいじめの的になってたってわけ。笑えるでしょ」
「『祓い屋』のこと、みんなに言ったの?」
「まさか。でもね、みんな本能的に感じ取るみたい。『リンって雰囲気が独特でちょっと怖い』って、前に言われたことあるもの」
「人間にとっては、『祓い屋』は味方のはずなのに、不思議だな」
「ね。みんな魂レベルで、幽霊になったあとのことを心配してるのよ」
「それだって、幽霊のみんながみんな『祓い屋』の厄介になるわけじゃないのにな」
「そうね。ほとんどの霊は、私たちが何もしなくても、勝手に昇天するわ」

 そこで、リンは歩みを止めた。リンの教室の前についたのだ。
 1年2組。英語を話す教師の声が、くぐもって聞こえてくる。

「ねぇ、太郎くん」
「ん?」

 リンはまだ何か話したいらしい。だけどおれは気が気じゃなかった。クラスメイトには、おれの姿が見えない。立ち止まって誰かと話しているふうのリンは、不自然極まりないだろう。また、いじめのネタが増えてしまう。
 おれの心配に気づいたのか、

「いまさらネタがひとつふたつ増えたところで変わらないわ。もうじゅうぶん、悪目立ちしてるんだから」

 特に悲観するふうもなく、リンはそう言った。

 前髪をきれいに整え、迷いのない手さばきで、ひまわりのピンをとめる。
 傷はすっかり隠れてしまった。

 ねぇ、太郎くん。と、リンはまた俺を呼ぶ。

「太郎くんは、本当は誰で、なんで死んだのかしらね」

 ひどく透明な声だった。

「どうしてこの学校に憑いてるの?」

 少しの間、考える。何か、引っかかるものがある。でも、捕まえられない。小さい頃、はしの練習で豆つかみをしたのを思い出した。つかめそうになるのに、豆はするりと箸の間から落ちてしまう。そのときのもどかしさに似ている。

「さあ、どうしてだろう」

 おれが答えたとき、リンはもう、そこにいなかった。

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