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しおりを挟むトイレ事件から数日、例のいじめっ子たちはリンにちょっかいをかけてくることはなくなったらしい。彼女たちは、おれや花子さんの姿は見ていないはずだけど、「なんかやばい」とリンを避けるようになったとか。これが、本能的に察するというやつか。
まあでも、リンがいじめられなくなったのなら、よかった。
「無視されるのも、立派にいじめのうちだと思うけどね」
やっぱり、特に悲観するふうもなくリンは言う。
別に、おれがいじめられてるわけでもないのに、心が痛い。
リンは相変わらず、昼休みと放課後をおれと過ごす。クラスメイトとのコミュニケーションをおろそかにしないほうがいい。そう思うのに、会うのをやめようとは、おれの口からは絶対に言えない。だって、誰より、おれがリンといっしょにいたいんだ。リンと会えなくなったらショックで悪霊に……本当に、冗談でなく、そうなると思う。で、人間を呪いまくって、最後にはリンじゃない『祓い屋』に苦痛を伴う『その二』の方法で除霊されてしまうんだ。
なんて、卑屈になりながらも、その実、リンと離れる日がくるなんて、本気で信じてはいなかった。ずっといっしょにいられると、なんの根拠もないのに思っていた。
でも。
その日は突然やってくる。
きっかけは、御手洗さんだった。
リンが御手洗さんと接触することはもうないだろうと思っていた。
リンは図書室通いをやめたし、絶対に出くわさないよう、気をつけて生活していた。
それなのに、
この日、リンは正門脇の駐車場で、車に乗った御手洗さんと出くわしてしまった。
ここは教員用駐車場で、一応外部の人間って扱いの御手洗さんは、来客用の駐車場に車を停めている。だから、リンが毎日通る正門の方には現れない、そのはずだった。
けれど、この日は来客用の駐車場が工事のために使用禁止になっていて、御手洗さんは学校側の指示で、教員用の駐車場を使っていたのだった。
「佐久間さん、ひさしぶりだね」
運転席の窓から顔を出した御手洗さんは、人好きする笑顔で言った。こんないい人そうな人が、援助交際してるなんて。一瞬、あのとき見たことは全部嘘だったんじゃないかと思える。だけど、違う。おれたちは、御手洗さんの本性を、はっきり見た。
リンは御手洗さんを無視して素通り……すると思っていた。だけど、
「こんにちは」
普通に挨拶を返してしまった。
普通、一刻も早く退散するところだ。なのに、どうして立ち止まってるんだよ。
「リン、おい、リン」
呼びかける。しかし、リンはじっと御手洗さんに顔を向けたまま、おれを見ない。
「帰るぞ、リン。こんなやつ、相手にするな」
リンは、まるでおれの声が聞こえていないみたいに突っ立っている。
不安が掻き立てられる。
まさか、本当におれの声が聞こえていないんじゃ?
『祓い屋』が突然能力を失い、幽霊を認識できなくなる、なんてことはあるのだろうか。
「リン!」
肩をつかんで揺さぶれないことがもどかしい。
そうこうしているうちに、御手洗さんが車をリンの間近によせ、車から降りてきた。低いエンジン音が続いている。
「さいきん図書室に来てくれなくて寂しかったよ。忙しかったの?」
あれ?と思う。かすかな違和感が、不安となって胸に溜まる。
ああ、そうか。御手洗さんが、いつもの敬語じゃない。違和感の正体はこれか。
放課後遅くまであの階段裏でおれと談笑していたリン。オレンジ色の夕焼けは、もうすっかり闇に埋没している。薄闇の中、昇降口の白い光が御手洗さんのメガネに反射し、鈍く光った。
車体によりかかる御手洗さんの雰囲気は、いつものほんわかした感じが嘘のように、研ぎ澄まされたものへと変わっている。
「こんな遅くまで、委員の仕事?」
「いいえ」
答えるリンの声が微かに震えていた。
周囲に人影はない。
おれの頭の中では、危険信号がこれでもかと鳴り響いている。
「危ないな」
つぶやく御手洗さんの声は、角砂糖をそのまま口に入れたかのように甘く、胸焼けする。
「こんなに遅く、可愛い女の子をひとりで帰らせるなんて、危なくてできないな。ね、佐久間さん、ぼくがお家まで送って行ってあげるよ」
御手洗さんの車は、大きくて黒いワゴン車だった。スライド式のドアを、御手洗さんが開く。あらわになった車内、その広々とした座席に、大きなクマのぬいぐるみが座っている。おれに匂いはわからないけど、きっと甘ったるい匂いがするのだろうと思った。リンがわずかに顔をしかめたからだ。
「どうしたの? 乗らないの?」
エスコートするようにドアを押さえた御手洗さんが、視線でリンを促す。
「ほかの生徒たちは、乗せてってうるさく言うのに。やっぱり、佐久間さんは他の子と違う」
夢を見るように、御手洗さんの顔がうっとりする。
乗るわけないだろ、とおれは御手洗さんに詰めよった。もちろん、おれの声は聞こえない。
御手洗さんはうっすら笑みを浮かべて、リンを見据えている。
「リン、帰ろう」
瞳を覗き込むように、もう一度言う。懇願に近かった。
リンの暗い瞳はおれを見ない。
そして、
「お気遣い、ありがとうございます。お願いします」
にっと笑った御手洗さんの瞳には、欲望の炎がありありと浮かんでいるのに、それに気づかないリンではないはずなのに、どうして。
リンは御手洗さんの車に乗ってしまった。
その瞬間だった。
目の中で花火が弾けた。
花火の光は筋をなして、頭の中を音速で走る。
たどりついたのは、あの日の記憶。
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