恋する嘘つき霊能者

灰羽アリス

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 ついてきて。そう言って、おれは屋上に上がった。

 夜闇の中、街の光が浮かび上がる。
 風が吹き付ける。もうすぐ梅雨がやってくる、この時期の風はどんな温度だったろう。

 錆びた鉄格子に歩みよる。格子の向こうに立ったあの日のことを思い出す。あまりに遠い地面を見下ろして、股下がひゅっとなった、あの感覚。

「おれは、ここから落ちた」
「うん」
「でも、自殺じゃないよ」

 安心させるように、リンに笑いかける。リンは眉をよせている。怖い顔だ。

「どういうこと?」
「放課後、何の気なしに屋上に来てみたら、自殺しようとしてる女子がいたんだ」

 思い出す。鉄格子の向こうに立つ、震える彼女を。
 名前は知らない。顔も、見たことがなかった。たぶん、先輩だと思う。

「おれ、止めるために、自分も鉄格子の向こうに渡ったんだ。で、説得にはなんとか成功したんだけど。その女子が鉄格子の内側に戻ったのを確認して、おれ、安心しちゃって。気が、緩んだ。足を滑らせて、それで、まっさかさま。あとは、衝撃が」

 一瞬だけ全身を襲った鋭い痛みを思い出し、震える。

「じゃあ、あれは、事故?」
「そういうこと」

 情けなくて、おれはへらりと笑った。

「ごめんね、リン」

 リンが首を振る。何度も、何度も。はらはらと涙を流しながら。

「みんなが自殺って言っても、私は、信じなかった。だって、お兄ちゃんが、私を置いていくはずないもん」
「そうだね。リンを置いていくことになったのは、おれの最大の心残りだ」
「幽霊になって、この学校で私を待っててくれたんだよね?」
「うん」
「私、受験頑張ったよ。お兄ちゃんが死んで、誰も勉強教えてくれなくても、一人で頑張ったんだよ」
「うん」
「なんで死んじゃうんだよぉ」
「うん、ごめん」

 抱きしめたい。その思いでリンに伸ばした手が、むなしく宙をつかむ。

「おれは、染谷春斗そめやはると。死因は、事故死。この世にとどまった理由──この学校に憑いた理由は、リンを待つため。ぜんぶ、思い出した。幽霊が見えるリンなら、きっと、おれのことも見つけ出してくれるって、信じてたよ」
「うん、見つけた」
「富田太郎を好きなお兄ちゃんが、読むように強制してきて嫌だったって?」
 ぷっと、リンが吹き出す。
「いまは好きだよ」
「大人ぶった口調、あれ、なに?」
「私の武装。素のままでしゃべってたら、ボロが出ると思って。お兄ちゃんには、絶対、苦しくない『その二』の方法で昇天してほしかったんだ」

 そこでまた、うっとリンが泣きだす。

「ぜんぶ思いだしちゃったから、もう、行っちゃうの?」
「成仏させようとしたのはリンのくせに、悲しいの?」

 リンが怒った顔をする。

「だって、自分が誰かもわかんないまま、いつまでもこの世をさまよってほしくなかったんだもん」
「わかってるよ」
「でも、記憶を失ってても、お兄ちゃんは、お兄ちゃんだった。だから、記憶を取り戻してほしいのに、ほしくないみたいな、最近はずっと苦しかった」
「思い出させてくれて、感謝してる」

 風が吹く。灰色の雲が割れ、不自然にまばゆい一筋の光が差し込む。きっとこの光は、おれにしか見えない。目を細めて空を見上げていると、

「もう行くの?」

 泣き顔に歪むリンの顔。

「いや、まだだ。心残りが、もう一つある」

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