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[8]ミッション②コンプリート?《あと43日》
しおりを挟む大きな鏡の前に立たされる。
そこに映る自分を見て目を見開いた。
腰まで届く真っ直ぐだったはずの銀の髪は全体的にウェーブがかかっている。目元──幼い印象になるのが嫌でいつもきつく引いていたアイラインはなく、桃色のシャドーが乗せられるのみ。まつ毛がしっかりカールされ、ばさりと重たい。頬や唇を染めるのは赤ではなく薄桃色。──服は純白のネグリジェのまま。
全身に優しげな雰囲気を纏う私がいた。
「可愛いじゃないか」
死神が鏡を覗き込み、満足げに言った。
「か、可愛い……?」
そんなの、初めて言われた。
これまで、『綺麗』や『美しい』と言われることはあっても『可愛い』と形容されたことはない。『可愛い』というのは、ルルのような女の子に向けられる言葉だと、私には無縁のものだと思っていた。ルル──ストロベリーブロンドの髪を揺らす弾ける笑顔の少女が浮かぶ。
「『氷の女神』」
言われ、ドキリと心臓が跳ねた。
『氷の女神』はアレクの取り巻きの男たちが私を形容していた言葉。氷の女神のように美しい。そう言いながら、実は私の冷たい印象や態度を揶揄していたのだと知っている。
「──ではなく、お前は『花の妖精』だ」
死神は仕上げとばかりに桃色の薔薇を私の髪に飾った。
ネグリジェのせいか、妖精と呼ばれるとそんなふうにも見える。
「さ、呆けてないでさっさと次に行こう!」
死神はまた私を抱える。
「急に抱き上げるのやめてくれない? 心臓が止まるのよ」
「お伺いをたてればいいのか?」
「答えはもちろん『ノー』だけど」
「ふん。だろうな」
びゅん、と風が舞う。
「ちょっと!まっ、きゃーーーー!!!」
屋根を走る。死神が笑う。
叫べば叫ぶほど死神を楽しませてしまうだけだと気づいて、唇を固く引き結ぶ。
「泣けよ」
いやいやと頭を振る。風が強すぎる。怖い。涙で視界がぼやける。
こつん、と死神のお面が私の額を打った。
じっと見つめられている気がする。
「なに……?」
「………いや───」
とん、と死神が地面に降り立つ。また怪しげな店に連れられ、ドレスを与えられる。薄桃色の、花弁のような生地が幾重にも重ねられたドレス───
「これ着るの!?」
普段絶対に選ばないドレス。桃色なんて、小さな頃でも着たことがないわ。やだ、子供っぽいわ!
「いいからおとなしく着てろ」
店の従業員?に囲まれ、断る間もなく着せられてしまった。白いパンプスも履かされる。
「はは、こりゃすごい。まじで花の妖精さんだ」
死神は私の手を取り、ダンスをするようにくるくる回る。
店員さんたちが見てる。私、おかしくないかしら?
「は、恥ずかしいわ………」
「───可愛い」
「なに?」
「……おっと、忘れるところだった。これをやる」
死神がローブの中から取出した小さな箱。開けると───ピアスだ。白い石に銀の細工。取り出すと、白い石が紫や青に輝く。あまりに美しくてため息が出る。
「綺麗……」
「月光の石だ。幸せを運んでくれる」
これを、私に……?
死神から息を詰めるような気配が伝わってくる。緊張してるの? 私が、気にいるかどうか、不安で? まさか。慇懃無礼なこの人に限ってそんな……
死神は表情のわからぬお面で、じっとこちらを伺っている。
「あ、貴方も、私の魂を美味しくしようと必死ね。こんなものまで用意して」
違う。少しは嬉しかったのに。お礼を言うつもりだったのに。
すぅ、と死神が息を吸い、吐き出す。
「まぁな。お前には何が何でも"幸福の絶頂"に上り詰めてもらわねばならんからな」
死神はピアスを取り上げ、私の耳につけた。石の重みが伝わる。鏡に映るピアスは光を受けてキラキラと輝いた。
「さぁ、次だ」
「まだ続くの?」
「せっかく可愛くしたんだ。皆に見せつけに行かなくては」
死神はいたずらっ子のように笑い、私を街へと連れ出した。
城下町は、たくさんの人と物で溢れかえっている。客引きの声と、馬車の音、怒鳴り声に笑い声。どこを見ればいいのかわからない。
一度だけ、アレクが私をここに連れて来てくれたことがあったわ。髪飾りを買ってあげると。
毎日付けていたあの月のモチーフの髪飾りは今、小物入れの奥深くに入れてある。
「見てみろ、皆お前を見てる」
見渡せば、熱のこもった視線をいくつも感じる。なに、これ。今まで、こんな風に誰かに見つめられたことなんてない。道行く男と目が合う。どうしよう。とりあえず、微笑む。男が固まる。
「あーあ。可哀想」
「なに……?」
死神の手が伸びてきて、私の頬から顎にかけてをするりと撫でる。くすぐったくて身をよじった。
「その"感じてる"顔を見ちまったせいで、今、13人の男の心臓が止まった」
「何言って───」
うっと、周囲からうめき声が上がる。いくつもの視線と目が合う。
「──大丈夫、無事に動き出した」
「何の話よ?」
死神は質問には答えず、私の背に出を添えて歩く。
死神は歌を歌っていた。知らない言葉。どこの国の言葉だろう。ただ彼は楽しげで、当てられた私も何だか楽しくなってくる。知らず、笑みが溢れた。
「フィオ────?」
その声に、ひゅっと息を呑む。
蜂蜜色の髪に空を映しこんだような青い目、すっと通った鼻筋、微笑みを称える口元は今、困惑を表していた。太陽の光を受けて神々しいほどに美しい、私の最愛の人。
「アレク……」
どうしてここに? そう問おうとした時、明るい声がアレクの背後から上がる。
ストロベリーブロンドの髪を肩口で揺らして跳ねる──ルルがひょっこりと顔を覗かせた。
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