死神は悪役令嬢を幸せにしたい

灰羽アリス

文字の大きさ
19 / 80

[19]ミッション⑤デートしろ!

しおりを挟む

「嫌よ!!!」

 死神から下された5つ目の命令に対し、私は声を荒げた。
 だって、こんなの、あまりにも、

「なぜそんな頑なに嫌がる? 帰りの馬車の中で何かされたか? 無理やりキス? それとも押し倒された?」

「いいえ、彼はとても紳士的に接してくださったわ」

「だろうな。あの男にそれほどの度胸はない。うぶなお姫様のデート相手として何も問題ないわけだ」

「でも、だけど、……こんなの間違ってる。私の勝手な事情に、彼を巻き込みたくないの!」

「ほう……? 今日はやけに反抗するじゃないか」

「な、何よ………」

 すっと目をそらす。
 
「『愛しいフィオリア様。あの夜からずっと、ぼくの心は君の下にあるようだ。どこにいても、貴女のことを考えてしまう──』」

 ビクリと肩が震える。
 まさか、まさか、

「お熱いこった」

 死神は指先に挟んだ白い紙を揺らした。

「返して!」

 飛びかかると、ひょいと腕を上げられてしまう。ジャンプして、なんとか紙を掴もうと試みる。取れそうで取れない高さで、ひらひらと紙が舞う。

「いいじゃないか。ちょうどデートのお誘いが来てるんだ」

「は? そんなの───」

 知らない。少なくとも、私が目を通した手紙にはお誘いの文句なんてなかった。

 死神が、どこからか封筒を取り出す。

「まだ私が目を通していないものまで、勝手に読んだのね」

「どうせ読むんだ。遅いか早いかの違いでしかないだろう?」

「貴方って、つくづくデリカシーのない男」

「お褒めに預かり光栄だ」

「褒めてないわよ!!」

「おお、定番のツッコミいただきました」

 死神が下した命令。
 それは、"エンデ伯爵とデートしろ"というものだった。
 伯爵とデートすることが、どうしてアレクの心を取り戻すことに繋がるのかさっぱりわからない。疑問を口にすると死神は、

「いいことを教えてやろう」
 と、お決まりの台詞を吐いた。

「男はな、"手に入らないものほど欲しくなる"んだ」

「……そうなの?」

「ああ。苦労すればするほど、手に入れた時の快感が大きいことを知っているからな。狩猟本能ってやつで」

「それで、そのことが伯爵とのデートにどう繋がるわけ?」

「王子には、もう一度"不安"になったもらう。『フィオリアを取られちゃう!』」

「それアレクの真似?」

「似てるだろう?」

「いいえ、全然」

 わざとらしく甲高い声は、馬鹿にした響きしかない。
 死神はまったく悪気はないというように肩をすくめる。

「伯爵とデートすることで、お前が王子にまったく未練がないことを示すんだ。ああ、わかってる。実際未練たらたらなのは置いといて。いつでも手を伸ばせば届いた女が、別の男のものになるかもしれない事実に気づかせる。しかも、その男は地位もそれなりに高く、なかなかにいい男ときた。そうするとあら不思議。別にいらないと思っていた女が、実はとても価値のあるものだったんじゃないかと思えてくる。惜しいことをしたんじゃないか、不安になる。自分を安心させるために、その女が欲しくなる。だけどもう、手に入らないかもしれない。なんとしても、手に入れてやる。王子は熱意に燃える」

「そんなに上手く行くかしら」

「絶対に、上手く行く。他でもない、男の俺が言うのだからな」

「そこが一番不安なのだけど」

 死神は気にせず続ける。

「特に王子は、望んだものが手に入らなかった経験などしたことがないだろうからな。初めて手に入らないかもしれないものを前に、簡単に熱くなるさ」

 穏やかなアレクが熱くなるところなど、あまり想像できないけど。

「それともう一つ」
 と、死神は人差し指を立てる。

「大抵の男は、"女が自分の預かり知らぬところで楽しんでる状況"に嫉妬する。そこでだ。デートを思いっきり楽しめ!"王子がいなくとも楽しめてる私"を演出するんだ。『私が幸せになるのに、貴方なんて必要ない』そう示せれば、王子の嫉妬心を煽ることができる。いいな?」

「ええ……」

 気のない返事に、死神がため息をついた。

「あのな、こっちは前回のお前の失敗を挽回しようと必死なんだ。お前も必死になれ。王子の心を取り戻したいんだろう?」

「───わかってるわよ。ちゃんとやるわ」

「よし、ではまず、当日の服装だが───」

 なんだか、死神が妙に張り切っている。開き直ったのか、ローブのフードは外し、黒髪を顕にしたまま部屋中を歩き回っている。ご機嫌にあの外国の歌まで口ずさみだす始末。

 一方で、私の気分は沈んでいく。どうしても、頑張る気になれない。エンデ伯爵の好意を利用するというのも、気分が乗らない要因ではあるけれど、たぶん、一番の理由は、心の中に渦巻く疑念のせい。
 先日、王城でアレクに会ってからというもの、心がずっとモヤモヤしている。

『来週、ルルとの婚約を発表するんだ。それで、パーティーを開こうと思ってるんだけど。フィオも来るよね?』

 自分が捨てたばかりの女に、よくもそんなことが言えたわね。
 あんなに、考えの足りない人発言をする人だったかしら。賢く思慮深いアレクはどこへ行ったの?

 それとも────


 そんな彼は、元々どこにもいなかったの?



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

処理中です...