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第八話:氷の鉄槌
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王国の使者が、ガルヴァニア公爵領を訪れたのは、それから数日後のことだった。
応接室には、アレクシス様と、その隣に座る私の姿があった。
使者としてやってきたのは、エドワード殿下の側近である、見覚えのある騎士だった。
騎士は、傲慢な態度でソファにふんぞり返ると、尊大に言い放った。
「アレクシス公爵。我が主、エドワード王太子殿下からの伝言だ。『偽りの聖女アリアを、速やかに王国へ返還せよ』とのことだ」
その言葉に、部屋の空気が、凍りついた。
アレクシス様は、表情一つ変えない。
ただ、その銀色の瞳の奥に、絶対零度の光が宿るのを、私は隣で感じていた。
「……ほう。返還、か」
低い声が、静寂を破る。
「アリアは、物ではない。ましてや、お前たちの所有物でもない。彼女は、俺の妻だ」
「ハッ、妻だと? 厄介払いで押し付けられただけの女ではないか。彼女は本来、我が国の、王太子殿下のものなのだ!」
騎士は、まだ状況が理解できていないらしい。
私がどんな扱いを受けてきたか、まるで知らないかのような口ぶりだ。
アレクシス様は、ゆっくりと立ち上がった。
その姿は、まるで獲物を前にした、黒豹のようだ。
「……一つ、聞こう」
「な、なんだ」
「お前たちの王太子は、アリアを『偽りの聖女』だと断罪し、追放した。そうだな?」
「そ、そうだ! だが、情け深い殿下は、彼女が戻ることをお許しになるというのだ! 感謝するがいい!」
ああ、もう、だめだ。
この男は、もう助からない。
アレクシス様は、ふ、と笑った。
それは、今まで私に見せてくれた、どんな顔とも違う。
心の底から湧き上がるような、冷たい、冷たい嘲笑だった。
「面白いことを言う。ならば、なぜ今更『偽物』が必要になった?」
「そ、それは……」
「答えられまい。……いいだろう、俺が教えてやる。お前たちは、アリアの『価値』に気づかず、自らの手で宝をドブに捨てた。そして今、その宝がなければ国が滅ぶと知り、慌てて取り返しに来た。……違うか?」
騎士の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
図星だったのだ。
「だが、遅い」
アレクシス様は、一歩、また一歩と、騎士に近づいていく。
その威圧感に、騎士は椅子からずり落ちそうになっている。
「アリアは、俺が見つけた。俺が拾った。そして、俺が愛した。彼女は、魂の欠片に至るまで、全てが俺のものだ」
「ひっ……!」
「それを、手荒にでも奪いに来ると? ……面白い。やってみるがいい」
次の瞬間。
アレクシス様は、騎士の胸ぐらを鷲掴みにすると、軽々と持ち上げた。
「王太子に伝えろ。『俺の妻に指一本でも触れてみろ。その時は、貴様の国ごと、この地上から消し去ってやる』と」
床にゴミのように投げ捨てられ、騎士は這うようにして逃げていった。
一人になった部屋で、私は呆然としていた。
私のために、あんなに怒ってくれるなんて。
すると、アレク-シス様は、先程までの冷酷な表情を消し、私を振り返った。
そして、優しく、私の頬を包み込む。
「……すまない。怖い思いをさせたな」
「い、いえ……」
「安心しろ、アリア。俺がいる限り、誰にもお前を傷つけさせはしない」
その言葉が、どんな奇跡よりも、私の心を温かく満たしてくれた。
応接室には、アレクシス様と、その隣に座る私の姿があった。
使者としてやってきたのは、エドワード殿下の側近である、見覚えのある騎士だった。
騎士は、傲慢な態度でソファにふんぞり返ると、尊大に言い放った。
「アレクシス公爵。我が主、エドワード王太子殿下からの伝言だ。『偽りの聖女アリアを、速やかに王国へ返還せよ』とのことだ」
その言葉に、部屋の空気が、凍りついた。
アレクシス様は、表情一つ変えない。
ただ、その銀色の瞳の奥に、絶対零度の光が宿るのを、私は隣で感じていた。
「……ほう。返還、か」
低い声が、静寂を破る。
「アリアは、物ではない。ましてや、お前たちの所有物でもない。彼女は、俺の妻だ」
「ハッ、妻だと? 厄介払いで押し付けられただけの女ではないか。彼女は本来、我が国の、王太子殿下のものなのだ!」
騎士は、まだ状況が理解できていないらしい。
私がどんな扱いを受けてきたか、まるで知らないかのような口ぶりだ。
アレクシス様は、ゆっくりと立ち上がった。
その姿は、まるで獲物を前にした、黒豹のようだ。
「……一つ、聞こう」
「な、なんだ」
「お前たちの王太子は、アリアを『偽りの聖女』だと断罪し、追放した。そうだな?」
「そ、そうだ! だが、情け深い殿下は、彼女が戻ることをお許しになるというのだ! 感謝するがいい!」
ああ、もう、だめだ。
この男は、もう助からない。
アレクシス様は、ふ、と笑った。
それは、今まで私に見せてくれた、どんな顔とも違う。
心の底から湧き上がるような、冷たい、冷たい嘲笑だった。
「面白いことを言う。ならば、なぜ今更『偽物』が必要になった?」
「そ、それは……」
「答えられまい。……いいだろう、俺が教えてやる。お前たちは、アリアの『価値』に気づかず、自らの手で宝をドブに捨てた。そして今、その宝がなければ国が滅ぶと知り、慌てて取り返しに来た。……違うか?」
騎士の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
図星だったのだ。
「だが、遅い」
アレクシス様は、一歩、また一歩と、騎士に近づいていく。
その威圧感に、騎士は椅子からずり落ちそうになっている。
「アリアは、俺が見つけた。俺が拾った。そして、俺が愛した。彼女は、魂の欠片に至るまで、全てが俺のものだ」
「ひっ……!」
「それを、手荒にでも奪いに来ると? ……面白い。やってみるがいい」
次の瞬間。
アレクシス様は、騎士の胸ぐらを鷲掴みにすると、軽々と持ち上げた。
「王太子に伝えろ。『俺の妻に指一本でも触れてみろ。その時は、貴様の国ごと、この地上から消し去ってやる』と」
床にゴミのように投げ捨てられ、騎士は這うようにして逃げていった。
一人になった部屋で、私は呆然としていた。
私のために、あんなに怒ってくれるなんて。
すると、アレク-シス様は、先程までの冷酷な表情を消し、私を振り返った。
そして、優しく、私の頬を包み込む。
「……すまない。怖い思いをさせたな」
「い、いえ……」
「安心しろ、アリア。俺がいる限り、誰にもお前を傷つけさせはしない」
その言葉が、どんな奇跡よりも、私の心を温かく満たしてくれた。
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