完結済み『愛されぬお飾りの聖女ですが、どうやら私、捨てられた方が幸せになれるみたいです』

干し芋さん

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番外編 氷血公爵の、甘すぎる日常

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【ある晴れた日の午後、執務室にて】

コンコン、と控えめなノックの音。
山積みの書類から顔を上げた俺――アレクシス・ガルヴァニアの眉間の皺が、その音だけでふっと和らぐ。

「入れ」

扉の向こうにいるのが誰かなど、分かりきっている。
案の定、おずおずと顔を覗かせたのは、俺の愛しい妻、アリアだった。

「アレクシス様、お仕事中に申し訳ありません。お茶をお持ちしました」

銀の盆に、湯気の立つティーカップと、彼女が焼いたクッキーが乗っている。
健気なその姿に、俺の口元が緩むのを止められない。

「ああ。ちょうど一休みしようと思っていたところだ」

そう言って手招きすると、アリアは嬉しそうに微笑んで、俺の机のそばまでやってきた。
紅茶を置き、クッキーを並べる、その小さな白い手を、俺は不意に掴む。

「ひゃっ……!?」

驚いて顔を上げるアリア。
その手を取り、俺は甲にそっと口づけを落とした。

「茶よりも、お前の方が欲しい」
「あ、アレクシス様……! 執務室ですよ……っ」

顔を真っ赤にして狼狽える妻が、たまらなく愛おしい。
俺は彼女の手を引いて、抵抗する間も与えず、自分の膝の上に座らせた。

「なっ……! だ、ダメです! 誰か来たら……!」
「誰も来ん。俺の執務室に、許可なく入れる者などいない」

俺はアリアの細い腰を抱き、その首筋に顔をうずめる。
花の蜜のように甘い香りが、俺の理性をぐらつかせた。

「……だが、お前が焼いたクッキーは食ってやろう」
「え……?」

俺はアリアの膝からクッキーを一つ取ると、自分で口には運ばず、アリアの唇にそっと押し当てた。

「あーん、だ」
「……!?」

アリアが、信じられないものを見る目で俺を見ている。
あの冷酷非情な氷血公爵が、まさか「あーん」を要求してくるなど、夢にも思わなかったのだろう。

「……早くしろ。口を開けて待っているのは、あまり得意ではない」

俺が少しだけ不機嫌な声で促すと、アリアは観念したように、恥ずかしそうに小さな口を開けた。
俺がその口にクッキーを運んでやると、彼女はもぐもぐと、リスのように頬を動かす。

可愛い。
可愛すぎる。
こんな生き物が、俺の妻だという事実だけで、国の一つや二つ、くれてやってもいい。

「……美味しいか?」
「……はい。とても……」

上目遣いで、涙目になりながら頷くアリア。
俺は、その頬についたクッキーの欠片を、指で拭ってやると、そのまま自分の口へと運んだ。

「……ああ。確かに、美味いな」

「~~~っ!!」

アリアが、声にならない悲鳴を上げて、俺の胸に顔をうずめてしまった。
その真っ赤になった耳たぶを、俺は甘く噛む。

執務室の窓から差し込む午後の光が、幸せな二人を優しく照らしていた。
ちなみに、この後、お茶がすっかり冷めるまでアリアが執務室から出られなかったこと、そして、翌日から「公爵様の執務室には、夫人の淹れたお茶以外の差し入れを禁ず」という新しいお触れが出たことを、まだ誰も知らない。
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