生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第6章 変遷する世界

172.連休の過ごし方(11)

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「これ、一番上を10G、一番下を50Gで、だんだんと重くしていった方が通路を開ける仕組みが単純にならないか?」
「同感。ついでにこの通路を瓶の太さぎりぎりにした方がいいと思う。ガラスだから中で割れたりしたら大変だもの」
「取り出し口に落とす時もそうね。クッション材を詰めるだけじゃ心配だから、瓶を落とす筒も真っ直ぐに落ちるよう調整した方がいいと思うわ」

 船室に戻ると、隣の談話室から活発な意見交換が聞こえて来る。
 それに重なって鋼材を切断する音だったり、硬貨が落ちる音だったり。

「……順調ですね?」

 遠慮がちに声を掛けたら、皆が一斉に此方を向く。

「どうした」
「お帰り、でいいのかな。随分早かったね」
「えと、はい。り……主神様から許可が出たので……というか、うん。盛り上がっているところを申し訳ないんですが、少しお話がしたいです」

 言って、俺がつい神具『住居兼用移動車両』Ex.で過ごしている時の癖で床に正座したら、みんな驚いた顔で手を止めた。
 床に直接座ること自体は野営でもそうだから違和感ないんだけど、正座は失敗だったかもしれない。
 まぁいいか。

「さっき主神様にお伺いしてくるって言った件ですが、許可が出ました。……というか、既に持っている物が転用……違う。新しい使い方を教えてもらった? とにかく、ものすごく簡単に出来てしまって、いますぐお披露目出来ます」
「……レン、もう少し判り易く」

 レイナルドさんが警戒した顔で言う。
 他の皆も固唾を飲んで待っている。
 俺は深呼吸を一つしてから話を再開する。いざ説明するとなると難しいな。

「神具については、もう説明は要らないと思うんですが」
「……あの野営用のテントや、おまえの部屋の扉だろ?」
「そうです。その扉が……えっと……あ、ダンジョンの転移陣って、主神様の術式なんですが」
「うん?」
「話が飛びまくってるぞ」
「いえ、そうでもなくて……その。俺の部屋になっている神具の扉って、設置出来るのは一ヵ所って決まってなくて、設置してある扉には、俺の部屋から行先を指定出来るって、いま、主神様が教えてくれたんです」

 それは例えばダンジョンの第1階層から転移の術式が敷かれているどこかの階層を指定して飛ぶのと同じ。
 俺の部屋の玄関が第1階層と仮定すれば判り易い気がする。
 そして、それを最初に呑み込んだのはレイナルドさんだった。

「待て。それは……いや、レンの、あの扉が設置してある場所って……」
「この、隣の寝室と、……クランハウスの俺の部屋です」

 ざわって、誰が声を出したわけでもないのにいま確かに空気が騒いだ。
 魔力が驚いたとでも表現したら良いのか。
 間違いないのは、言いたい事が伝わったんだろうってこと。
 そしてゲンジャルさんやアッシュさん達の目が大きく見開かれたこと。

「ただ、主神様曰く広く知られるのはダメなので、あっちに行っても皆さんはクランハウスからは絶対に出ちゃダメで、家族の皆さんにも他言しないよう約束してもらわなきゃいけないんですけど、……その、ご家族に、会いに行きませんか?」
「っ……」

 ゲンジャルさんの唇が震えて、でも、レイナルドさんが制した。

「他には?」
「え?」
「条件や、制約……おまえにどれだけの負担が掛かるんだ?」
「俺の負担なんてないです。行先を指定して扉を開けるだけなので……あ、そっか。出入口を繋げられるのは俺だけだから、皆さんが行きたい時に自由に行き来出来るわけではないです。指定した日時を守ってもらう必要はあります」
「そんなものは問題にならん。本当におまえ自身に負担はないのか?」
「ありません」
「本当だな?」

 ものすごく疑われている。
 違う。
 心配、されているんだろうか。

「あの、本当に……俺は扉を開けるだけなんです。負担なんて何もなくて……あえて条件って言うなら、玄関より向こうには入って欲しくないのと……あ」
「なんだ?」
「……その、明日、明後日は、俺が自分の部屋から出られないこと……たぶん……?」

 言っていたら顔が熱くなってくる。
 それでウーガさんに「惚気?」って突っ込まれ、皆の目が細くなった。

「判った、これ以上は聞かん」
「主神様がレンくんに負担掛かるような方法を教えるわけないもんね」

 レイナルドさん、クルトさんと続く言葉に他の皆も納得してくれたらしい。

「レン」

 声を上げたのはゲンジャルさん。
 眉間にものすごく深い縦皺が刻まれていて、一見すると怒っている顔みたいだったけど、声が震えて、目が潤んでいるのに気付いたら、泣くのを堪えているのは明らかだ。

「それは、いつだ?」
「いつ?」
「移動はいつ出来る? 一番早くて」
「いまです」

 かぶせるように言ったらゲンジャルさんが跳ねた。

「レイ!」
「判ってる。人数の制限はないのか?」
「ありません。此処に居る全員でも行こうと思えば一回で行けます」
「だったら」
「待って! ごふ……ううん、10分待って! せめて着替えさせて!」

 立ち上がって要求するミッシェルさん。

「着替えなんか要らんだろ!」
「男は黙ってなさいっ、一年以上も会ってなかったあの人に会うのにこの格好はダメ!」
「お先に」
「アッシュ⁈」

 慌てて出ていく二人に、ゲンジャルさんは歯軋り。

「女性陣には敵わない……」

 ウォーカーさんは悟りきった顔で目を伏せた。

「あー……すまん。この『自動販売機』は今すぐにでも完成させたいが」
「番に会いに行くのに遠慮は要らないわ」
「そうそう」
「俺たちだけでも進められるよ」

 謝るゲンジャルさんに、師匠セルリー、ディゼルさん、エニスさんが返す。

「あ……レイナルドさん」
「ん?」
「クランハウスから出ないのが条件なので、……その」
「ああ、俺の事は気にしなくていい。戻るつもりもないし」
「へ?」

 ビックリして変な声が出たが、レイナルドさんは俺達が連休中でもプラーントゥ大陸の代表者の一人としてやることが山積みなんだそうだ。

「それって……大丈夫なんですか?」

 何をとは言わない俺に、レイナルドさんは苦笑する。

「ああ。心配だけ、ありがたく受け取っておく」


 その後、女性陣の準備が整うまでは『自動販売機』の話で盛り上がり、その合間に他のメンバーに確認したら、トゥルヌソルや、それ以外の地域に特定の相手がいるメンバーはいなかった。
 師匠セルリーは旦那さんと既に死別で、子ども達はグロット大陸で独立。
 グランツェさんはモーガンさんと番っていて、エレインちゃんがいる。
 ディゼルさんとオクティバさんは、やっぱりそうだったというか、とっくに番で、判ってなかったのは俺だけ。みんなは匂いですぐに判るからだ。

 俺も獣人族の鼻が欲しい!

 ヒユナさんは恋人募集中だけどしばらくは僧侶として成長する事に邁進したいらしいし、バルドルパーティは言わずもがな。
 10分を少し過ぎて戻って来たミッシェルさんとアッシュさんは、普段の迫力……いえ、頼れる戦うお姉さんというイメージから一転、可愛い女の子そのもので、旦那さん達は幸せ者だなって思った。

「じゃあ行きますよ!」

 新しい魔導具も、神具も要らない。
 うちの玄関扉がどこでも〇ア。
 寝室のそれを一端消して、わざわざ談話室に設置し直したのは、初めての試み、複数の扉があると俺自身が動揺しそうだったからだ。
 今後も不定期に移動するなら、寝室、ベッドの横にあるより談話室の方が皆も気が楽だろう。

「向こうでは俺の部屋に出るので、中央館まではご一緒します。その後、中央館1階の談話室に扉を設置するので、明後日の朝6時半にその扉前で集合。どうですか?」
「異議なし!」
「判った」

 緊張しているレイナルドパーティの皆を、残る彼らが笑顔で見送る。

「ゆっくりしてらっしゃい」と師匠セルリー
「久々だからって嵌め外すなよ」はディゼルさん。
「行ってらっしゃーい」

 皆の笑顔を背に、扉を潜る。
 最初だけは、ってレイナルドさんも同行しているから大人5人プラス俺が入った時点で扉を閉める。普段なら振り返るとリーデン様がいるんだけど、……さすがに今はいなかった。
 そりゃそうだっていう安堵と顔が見えないことへの淋しさ。
 複雑な気持ちを抱えながら「トゥルヌソルのクランハウスへ」と念じて再び扉を開いた。

「――……マジか」

 掠れた声は誰のものだっただろう。
 さっきと同じ静まり返った部屋は久しく主を迎えていない詫びしい冷気に包まれている。

「……本当にトゥルヌソルのクランハウスだ」
「そうです」

 応えながら、一度、扉を消す。

「さぁ移動しましょー!」

 このフロアは俺とクルトさん、バルドルパーティが権利を譲られているため、俺にしか扉が開かない仕様になっている。
 だから先頭に立って部屋を出て、談話室を過ぎ、渡り廊下へ。
 中央館への扉。
 そして、階段。

「っ……」
 我先にと駆け出したゲンジャルさんが中央館1階の談話室に駆け込んだ直後「え……、パパ⁈」って双子の声が上がった。

「うわっ、パパだ!」
「パパだ!!」
「ただいま!!」
「きゃーーー!!」

 歓喜の声に思わず涙ぐみそうになるが、子どもはそれで済んでも、部屋にいたゲンジャルさんの奥さんや、ウォーカーさんの奥さんは目を丸くして固まっているし。
 ミッシェルさんとアッシュさんは「じゃあ明後日ね」ってそれぞれの部屋に速足で向かってしまう。

「説明と、約束は、各自でしっかりな」
「判ってるわ」
「もちろん!」

 レイナルドさんが注意すると、喜色の滲んだ声が返って来る。
 まぁ大丈夫だろう。

「おまえたちも説明は各自でな」
「ああ」
「任せろ」
「じゃあ……レン、扉の設置場所だが」
「はい」

 レイナルドさんと談話室の家具の配置なんかを相談し、暖炉の横に設置するのを決めた頃には、既に談話室には誰もいなくなっていて。

「少し待ってろ」

 そう言い置いたレイナルドさんは自分の部屋に行き、しばらくして術式の記載された紙の束を持って帰って来た。

「これが鍵の術式だ。おまえの魔力にだけ反応して開閉が出来るようになるから『自動販売機』に刻めば管理が出来るだろう」
「え……わっ、ありがとうございます!」
「それから使うかは判らんが、余っている術式がいろいろある。使えそうなら自由に使え」

 言って渡されたそれを見ると、鍵の他に照明、温度保存、開閉などなど。

「購入したはいいが余って使い道に困ったものばかりだ。不要だと思えば捨てても構わん」
「捨てませんよ、使い道を考えるのも楽しいですもん」
「そうか。……なら戻るか」
「はい!」

 もう誰もここには下りて来ないだろうという判断で暖炉の火が安全に消えるよう囲い、照明を落として扉を潜り、閉める間際。

 どうぞごゆっくり。

 人気のなくなった談話室に、心の中でそう声を掛けた。
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